14話 サンタの初仕事

 マナちゃんが住む小屋を眼下に捉えた時の私は、ソリで楽々着陸できると思った。その見通しが間違っていたから、いま私は雪に埋もれているのだが。


「これは過去一番のやらかしかも」


 体に付いた雪を振り落としながら一人愚痴る。配達道具持ちのサンタがいるとわかりながら、自分から侵入を知らせるだけでなく、隙まで晒するのは、さすがに頂けない。


 やはり慣れないことはしないほうが身のため、なんて当たり前の教訓を得つつ、マナちゃんがいる小屋を目指す。


 とりあえず服に仕込める武器以外の荷物とソリは雪に埋めておこう。マナちゃんの安全を確保してから荷物はゆっくり回収すればいい。全てはハイサムを退けてからだ。


 ここ数日の豪雪で足を少し取られこそするが、幸い今は吹雪いていないから、視界は確保している。


 これなら視界外から能力不明のカメラで撮影されて、訳も分からず殺される……などという最悪の結末は避けられそうだ。


 それよりも問題はハイサムの部隊が待ち伏せしていた場合だ。その時は相性差も経験値の差もなく、配達道具の数で圧殺される。


 配達道具持ちを私情で動員させるほどの求心力がないことを祈るしかない。




 マナちゃんがいるはずの小屋が目の前に見えてくる。サンタ五感を総動員して周囲の気配を探る。中に一人、女の子がいる。マナちゃんだ。ここでわかる範囲では生命活動に問題はなさそうだ。


 彼女以外の気配はなく、呼吸音もない。だが対サンタ戦特化の懲罰部隊隊長が待ち伏せするとして、気配を察知されるなんてヘマをするはずがない。


 実質情報なしだ。死角になりえる箇所へナイフを投擲して、潜んでいる者がいないかを確かめ、地雷に注意しながら小屋へ駆け寄る。


 ここでの生活を考える必要がないいま、玄関から入る必要もない。問答無用で壁を体当たりで、ぶち抜いて突入する。


「ルシアお姉ちゃん!? なんでそこから」


 マナちゃんは、去年会った時よりも少し大人びていた。体に目立った外傷はなく、大事そうに去年プレゼントしたクマのぬいぐるみを抱えてくれている。


 その姿をみてホッと胸をなでおろす。


 とにかく無事でよかった……でも無傷なのが逆に不気味だ。怪我をさせておくほうが、連れ出して逃げるのがずっと手間になるのに。


 突発的な行動ならそういう不備があるのも理解出来るが、ハイサムは計画的だったはずだ。


「マナちゃんを狙ってるサンタがいるの。早く逃げないと」


「サンタさん? サンタさんはみんな良い人じゃないの?」


「いまは変わっちゃったの……あとで詳しく話すから、私のことを信じて付いてきてくれる?」


「ルシアお姉ちゃんを疑ったりなんかしないよ。助けにきてくれてありがとう!」


 初めて見るマナちゃんの元気そうな笑顔に、胸が高鳴る。


 だが惚けている余裕はない。マナちゃんが無事な理由は、既に敵の能力の術中にあるからだとしか思えない。


 射程がある能力であることに賭けて、早くここを離れるべきだ。


「私が絶対守るから安心して! それじゃ、行こう!」


 マナちゃんの右手を固く握る。辛いだけのいまを抜け出して、外に広がっている希望に胸を踊らせているのがわかる。ここでその夢を潰えさせない。


 それは私の夢でもあるから。子どもたちに夢を、希望を届けることをやめたサンタ協会から抜け出して、本当の意味でサンタになるために。



 二人で一緒に、明るい未来へ向かって、その一歩を踏み出した……はずだった。


 初めの一歩が地面に着いたと同時に、後ろにいたマナちゃんの胸が裂け、夥しい量の血が、私の体を紅く染め上げた。


「ルシア……お姉ちゃん……」


「マナちゃん!」


 後ろに倒れこむマナちゃんを、夢中で抱き寄せる。


「しっかりして! 目を開けて!」


 マナちゃんは突然の大量出血に耐えられず、気を失っていた。それと同時に、氷点下の気温がまだ幼い体から容赦なく温度を奪っていく。


 止まりかける思考を強引に回して、リコがくれた荷物にあったサンタの秘薬をマナちゃんの口に運ぶ。


 前にあげたのより質は劣るが、これくらいの傷ならこれでどうにかなる……ストックも何本かソリに残してある。


 心が絶望で染まりそうになる……私がマナちゃんを救おうとしたせいで、こんな大怪我を……


 悔やんでる暇はない。それでも外科的な処置はしないと、この傷では出血を止められない……だけど、それよりも先にしないといけないことがある。


 この能力を解除しないと……再現性のある能力なら、治療しても無意味なのだから。





「……いるんでしょ……出てきたらどうなの……」


 マナちゃんをリコがくれた、耐刃・耐熱仕様の保護用配達袋に包んで、背負う。


 さっき開けた大穴から、足元の覚束ない雪原に踏み出す。


「そうだ! その顔が見たかった!」


 小屋の屋根からの声に、思考するよりも早く体が動いていた。


 怒りに任せて体を跳躍させ、屋根にめがけて蹴り払いを放つ。


 自分でも驚くほど容赦のない一撃に、屋根どころか小屋全体が跡形もなく吹き飛んでいた。


「そこまで怒ってくれるなんて嬉しいよ。あれこれ準備した甲斐があったな」


 ハイサムは素早い身のこなしで、蹴りの余波さえも回避していた。


 二人同時に着地して、互いに相手を視界に捉える、距離は五メートル……サンタなら瞬きの間もなく詰められる距離にハイサムはいた。


「準備? 何も知らない無抵抗の子ども相手に、配達道具で傷付けることが? 懲罰部隊隊長が聞いてあきれる」


 怒りで体が動き出すのを必死に理性で諌める。向かい合い、中距離の状況では不意を衝けない。


 ただでさえ、配達道具持ち相手で分が悪い。感情で動いて勝てる戦いを落とすのは最悪だ。


「お前みたいな悪い子のために、人生を捧げる異端サンタには理解できまい……お前のせいでどれだけ辛酸を嘗めたか。配達道具も持たない下級サンタに、遅れを取ったせいで」


 ハイサムの言葉に含まれる怒りは尋常ではなかった。怒りのあまり血液が沸騰しているのか、彼女の周りだけ雪が溶け、埋まっていた草花にまで火がつくほどだ。


「まぁいい。俺はこういう写真を撮るのが趣味でね」


 そう言ってハイサムは、何枚かの写真を乱雑に投げつけてきた。


 警戒しながら写真を見ると、そこに写されていたのは、凄惨な拷問を加えられた……親子の写真……


「去年はそこの女で軽めのを撮ってたんだが、少々飽きた」


「……もう……喋らなくていい……」


 このサンタが何者かは知らない。どんな風に育ち、何をしてきたか……だが、その人間性だけは明らかだ。


 いままでにたくさんの家族を傷付けて弄んできた。自分の欲望のためだけに。


 完全に私をキレさせた。たくさんの母親や子どもたちに、そしてマナちゃんに、ここまでのことをされて、サンタとして殺意を覚えない方が無理だ。


「立場がわかっていないみたいだな。主役がお前になるって話をしてる。手始めにお前の四肢を切り落とそうか。その後で、俺とその背負ってる女との撮影会を、じっくり鑑賞して貰うとしよう」


 マナちゃんを奴隷にしたのはハイサムではないのかもしれない。マナちゃんの両親の死の原因はハイサムではないのかもしれない。だが、私と出会ってからのマナちゃんの身に起きた凄惨な虐待の元凶はこいつで間違いない。


 子どもたちに、それもなんの悪もなしていない子たちに、理由なく暴力を振るうサンタを、私は許容しない。


「……良い脚本だね。でも、二人とも予定がこの先ずっと詰まっててね。付き合えそうにないよ」


 私のせいで、私がマナちゃんを守ろうとしたから、こんな残虐なサンタの標的にされてしまった。


 知らなかったではすまない。こんなに痛い思いをさせて、もうどう償えばいいかもわからない。


 だから負けられない。ここで終わったら、マナちゃんが傷ついただけで終わってしまう。そんなバットエンドしか届けられないサンタは、必要ない。


「お前のせいで、そいつは地獄の淵で死ぬ。その時のお前を撮れれば、ようやく俺は救われる」


「あなたみたいな、子どもたちに不幸を届けるだけの異端サンタが、救われていいはずがないでしょ」


 今までで一番のサンタ膂力を両足に込める。悪い子相手の時のように、加減はしない。全力で排除する。


「私はサンタだ。子どもに幸せを届ける……夢を叶える!」


「サンタは俺だ! そして異端かどうかは俺が決める!」

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