13話 災禍明ラム

「ハイサムというサンタを知っているか?」


 リコの切り出しは明瞭だった。状況を正確に把握していて、なおかつ冷静。凄く頼もしくて、自然と私も冷静になれた。


「……名前も聞いたことないサンタだよ」


「懲罰部隊九番隊隊長だ。彼女の指令で卿の処刑指令が出た」


「そこまで恨まれるような、心当たりがないんだけど」


「……すまない。責任の一端は私にある」


 意外な言葉に動揺を隠せない。リコの発言にはいつも驚かされている、なんて茶化す気にもならないほどに。


「卿にキャロルを討伐させる案が出た時点で、懲罰部隊の一部で人望があり実力もある卿を危険視する流れがあった。私が卿を引き入れるという話が出た時にその流れが頂点になった。卿がそれを蹴ると落ち着いたし、事前に私も手を回していたから、穏便に済むと思っていたのだが……」


 リコが少し言い渋りながら、言葉を続ける。


「三年ほど前からハイサムの部隊にはキャロルの討伐指令が出ていた。そして配達道具持ちのサンタを何度も派遣し、全て返り討ちにされた。そんな状況で、配達道具も持たない下級サンタがキャロルを倒したとあって、九番隊の権威は地に落ちた。卿に泥を塗られたと、相当恨んでいるらしいと、私が聞き及ぶほどにな。それが今日、最悪な形で表に出てしまった。本当にすまない……」


 リコが先導してくれている道は、ソリ置き場へ向かう道ではなく、倉庫の裏口へ向かう最長ルート。これ以外の道は殺気立ったサンタの気配が木霊しているのがわかる。


 酷い回り道だが、この道が現状取れる最短距離なのは明らかだった。


「おおよそ察しているだろうが、ハイサムはマナちゃんが仕える主人の専属サンタだ。一刻前、彼女は卿がマナと親しくしている映像を証拠として、サンタ審問会に突き出してきた。私の知らないところで、手を回していたようでなす術がなかった。本来あるはずの手続きもなしで、気付いた時にはこうなっていた。本当にすまない」


「せっかく一年ぶりに再会した、友達に謝り倒されるのは、あんまり気分良くないから顔上げて」


「……すまない。卿を仲間に引き入れようとしなければ、こんなことには……」


「リコって真面目だよね」


 謝らなくてもいいと言ったのに、頑なに謝り続けるリコを見てそう思う。それに隊に引き入れようとしたのも、私の身を案じてのことだ。リコに感謝することなら山ほどあるが、悪感情を抱く理由など何一つ存在しない。


 この状況で悪があるとすれば、そのハイサムというサンタ以外には存在しない。


「どうせ追われる身になる予定だったから、気にしてないよ。それになによりリコのせいじゃないでしょ」


 リコは悪くない。そもそも私はいつ懲罰部隊に追われてもおかしくないことをしてきた。


 それをリコはいままで必死に水面下で抑えてくれてた。沢山迷惑をかけたのは、間違いなく私の方だ。


「いままで守ってくれてありがとう。迷惑かけてばっかりの私だけど、もう少しだけわがままを言わせて……もう少しだけリコの力を貸して欲しい」


「無論だ。その気がなければここまでこない」


 短いが、力強いリコの言葉に勇気付けられる。


「それで、マナちゃんを連れ出すつもりの今日に合わせてきたのは偶然じゃないよね。わざわざこんな物を送りつけて挑発してくるくらいだから」


 ポケットに入ったペンダントを取り出して、リコにさっきの出来事を軽く説明する。


「……ハイサムは残虐なサンタだと聞いている。卿の前でマナを殺してから、あるいは逆かも知れないが……どちらにせよ、卿を地獄に堕とそうとしているのは確かだ」


「私が助けると誓った日に、マナちゃんを絶望の中で殺す……」


 最悪の結末を思い描いて、背筋が凍る。私が関わったせいでマナちゃんが苦痛にもがいて死ぬ……そんなこと許されない。


 苦難から、地獄から、絶望から、救うためにサンタとしての私がいるんだ。サンタが悲劇の呼び水になるなんてあってはならない……


「そんなことさせない。そうなる前に必ず止める」


 そう自分に言い聞かせる。


 リコが裏口の扉を開けた。そこはまだ懲罰部隊の手が及んでいなかった。


「この先の林の中にソリを隠してある。もう少しだけ付き合ってくれ」


 ここを通るのは初めてだった。いつもは正面からソリを引いて配達に出かけていたから。後ろを振り向いて、カナンと出会えた以外には嫌な思い出しかない、ボロボロのプレゼント倉庫を見送る。二度とここには戻ってこないのだろう。


 愛着なんてない場所のはずなのに、もう戻ってこれないかと思うと、なぜかちょっと寂しかった。




 生い茂る木々に隠れて、倉庫が見えなくなる。それからすぐ、私が使っていたものとは比べ物にならない、綺麗なソリが見えた。


「生体認証が不要なソリが手元になくてな。この程度しか用意できなかった」


「いや、こんなにいいのに乗ったことないから、十分すぎるくらいだよ……」


 電動ソリだからといって、見た目がSFチックになるわけじゃない。配達道具と同じように理を歪めることで、駆動するからだ。


 操縦席に乗り込んで、動作を確認する。役に立たないと思っていたけど、ソリの乗り方を復習しておいてよかった。


「……私の力不足でこんなことになったのに……この程度の助けしかできなくてすまない……」


 血が滲むまで、唇を噛み締めている。リコが責任感が強いのは、わかっていたけどここまでとは。私のことで本来なら担う必要のない責任を感じ、自責の念に駆られているのだと思う。 


 迷惑かけてごめん。そう謝りたいのは私の方なのに。


「今日ほど、立場がある我が身を呪ったことはない……」


 その言葉が意味することは、理解できた。


 でもリコが明確にサンタ協会の決定に反した行いをすれば、彼女の部隊員の身まで危うくなる。


 責任感の強いリコには、あまりに苦しい板挟み。それでも冷静に、自分ができることを見極めて、私を助けに来てくれた。それが何よりも嬉しい。


 本来なら私へここまで肩入れするのも危険なはずなのに。


「ありがとう、助けにきてくれて。最終的に私が置かれる状況は変わってないから、そんなに落ち込まないで。むしろマナちゃんの近くに、危険なサンタがいるとわかってる分、いまの方がマシかも」


「そうやって、慰めて貰える程度には償えたと思っておくよ」


 ソリの電源を入れて、動作を確認する……ぶっつけだけど、これならなんとかいけそうだ。


「最後にもう一つわがままがあるんだけど、カナンとロッカールームでバテてるサンタを保護してあげて。カナンとは仲がよかったから、危ない目にあうかもしれないから……あと何も言わずに、去ってごめん、て伝えて欲しい」


「見送る者の務めだ。心得た」


 操作基盤に光が灯り、発進準備に取りかかれる。


「情報としては弱いが、ハイサムの配達道具はカメラだ。任務の際に、持っているのを見かけただけで能力はわからないが、ともかく撮られないように気をつけろ」


「ありがとう。そこまでわかってたら心強いよ。配達道具の形状だけで、注意を絞れるから」


 ソリのエンジンをかけると、車体が揺れ始める。準備ができた。


「後ろの配達袋に色々と詰めておいたから、必要に応じて使ってくれ」


 それを聞いて片手間で中身を確認すると……とんでもない量の物資が袋いっぱいに詰められている。


 値段だけでも、私の年収分ではとても足りないと思う。


「……ずっと疑問だったんだけど……私に尽くし過ぎじゃない? ほんのちょっとだけ不気味なんだけど」


 最後かも知れないと思って、去年から思っていたことを口にする。


 するとリコは頬を赤くして、こんなことを言い出した。


「それはすまなかったな。まぁ、安心してくれ。単に卿が好きなだけだ」


「なにそれ……思いっきり、下心じゃない。警戒してて、正解だったー」


「地味に傷付くな……まぁ、他に強いて言うなら……卿の親に恩があるんだ」


 そう言った時のリコは、この世の物とは思えない穏やかな瞳で、私を見つめていた。


 目の前にいる私と、私が受け継いだ何かを見通しているみたいで……そうか、きっと、


「リコ……あなたもしかして……」


「ほらっ! 時間がないんだろう! さっさと行け!」


 私に有無を言わさず、リコはソリに身を乗り入れて、半ば強引に、思いっきりアクセルを踏んだ。


 ソリ素人の私でも、これではもう、すぐには止められないとわかる激しい加速度が機体に生じ始める。


 発進を止めるのはもう不可能だ。


「いつもいつも勝手に……その話、今度詳しく聞かせて貰うからね!」


「わかったよ。その時までに、台本を用意しておく」


「あと、次会ったら、これまでのお礼にリコの夢叶えるの手伝うから!」


「それは楽しみだな……マナちゃんのことを頼んだぞ」


「もちろん! ここまでしてくれたんだから、絶対助ける!」


 それがリコと交わした最後の……じゃなくてリコと出会ってから何百度目かに交わした言葉だった。


 エンジンの豪快な音と共に、しんしんと雪が降る夜空へと駆け出した、高性能なソリを止める手立てはなかった。

 


 リコと交わした短いけれど、充実した言葉が胸に響いている。お母さんたちは非業の死を遂げたのだと思っていた。子どもを守れたのだとしても、ただそれだけのことで、その子はマナちゃんみたいに過酷な環境ですでに命を落としていて、お母さんたちはサンタとして矜持を示しただけの死だったのだろうと思っていた。


 でも違った。サンタとして、最高の仕事をしていた。その子はちゃんと、お母さんたちの意思を継いでくれていたよ。


「私もお母さんに似たのかな」


 私も一人の子どもを守るために行動している。血は争えないみたいだ。


 本当のお母さんたちを知れた。そして少しでも自分が近づけた感じがして、それが少し誇らしかった。

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