第一部 最終夜
12話 影からの一矢
いつものプレゼント倉庫の中の待機室で、マナちゃんを助けるための最後の準備を整える。
荷物はできるだけ持たないようにしつつ、目立たないよう気を配りながら。可能な限り普段通りに過ごして、こっそりと姿を消す。それが一番安全だから。
「去年、配達サボったみたいだけど、なんでなのかな?」
そうしていると見覚えのないサンタが突然話しかけてきた。私はこの地区のサンタを全員知っていたはずだ。つまり今年サンタになった新人だろう。
サンタ衣装の胸にバラのブローチがついている。確かこの地区の下級サンタの二大派閥である、ラース派に属している証だ。
「はじめましてだと思うんだけど、何か用事でもあるの?」
「鈍いの? せっかくいい配達先を斡旋してあげてたのに、それを仇で返されたって、リーダーが怒ってるの」
話が見えてきた。私に嫌がらせしていたグループが、それを無視されるようになったから、こうして挑発して、私から暴力を振るわせようとしているわけだ。
そして懲罰部隊に追われる立場にしようとしている。
情けないことに、自分で煽りに行く度胸もないから、こうして新人に当たり屋をさせている。情けなくて言葉も出ない。
「あなたも災難だったね。事情はだいたい察したから、もう帰りな」
この一年、懲罰部隊に狙われることなく過ごせた。その間にマナちゃんを守り抜けるだけの知識と戦闘力を備えたつもりだ。
ここまできて失敗はできない。いつものように配達に出かけて、そのままサンタ協会から去るのが、一番目立たず時間を稼げる。
だからこうして一刻も早くマナちゃんを救い出したい気持ちを抑えてじっとしている。そんな私が見え見えの挑発に乗せられるわけがない。
「くっ……事情を察してくれたんだったら、私が無事で帰れないことくらい察してよ!」
そういってこの子は懇願するように、私の肩に両手を重ねてくる。
「なんの恨みもないあなたに怪我させられるわけないでしょ。やるなら自分で傷つけな。後でいくら私を悪く言っても構わないからさ」
どうせその頃には、懲罰部隊に追われる身だ。罪が少し水増しされたって構わない。
「そ、そう……だったら奥の手よ……」
そう言ってこの子がポケットからペンダントを取り出した……ペンダント? それを見て、思考が一瞬止まる。
「あなた……どこでそれを……」
それは間違いなくマナちゃんが持っていたペンダントだった。
「これがどうなっても……」
ペンダントを握りつぶそうとする左手を掴んで、それを力尽くで止める。
「事情を変えるのが得意みたいだね。場合によっては殴って貰えるかもよ」
この子が何らかの形でマナちゃんと繋がっているのは間違いない。いや、それ以上に悪いかもしれない。経験とサンタ第六感がそう告げている。
「な、殴るなら早くして!」
酷くおびえた表情で、訳のわからない脅し方をして叫んでいるこの子の背後の扉が開いた。
初代サンタのトナカイのエンブレムが刻印された、格式高いサンタスーツを身につけていたサンタが三人倉庫に入っくる。
それはサンタ懲罰部隊であることを示すエンブレムだ。
彼女たちは部屋中を見回して、私を視界に収めると、迷うことなく私に直進してきた。悪い予感が当たるのが、思ったよりも早い……
「ルシアだな。直ちに処刑する」
その威圧的な声を聞いて、目の前の不憫なサンタが恐怖に震えだしていた。懲罰部隊の登場は聞いていないということか……
「罪状も告げずに? 横暴ね」
「罪状はこれから付ける」
「なるほど。いいご身分ね」
懲罰部隊の三人が腰に下げたサーベルを引き抜く。この子ごと私を貫く気だろうか……私がこの新人サンタを殺したことにして、処刑を正当化するつもり?
土壇場で自分が取り返しのつかないことに利用されていることに気付いたのか、この子は震えていた。
「どいてて」
目の前のサンタから手を離し、右足へ足を絡ませ、素早く横転させる。
その直後、頭上からサーベルが振り下ろされた。それを左手の人差し指と中指で挟み込んで受け止め、前蹴りを目の前の懲罰部隊のサンタの腹部へ叩き込む。
勢いよく吹き飛んだサンタは、壁に叩きつけられ、血を吐きながら気絶した。
それを見て、後ろで控えていた二人もサーベルを構える……よりも早く、サンタ瞬発力で一気に距離を詰め、二人の鳩尾へ同時に殴打を入れ、二人同時に一撃で沈める。
「ちょっ……はっ……なっ、なに?」
「こっちが聞きたい。ついてきて!」
懲罰部隊の連中、やり方がムチャクチャだった。どう考えても普通じゃない。背後に蠢く何かを、隠そうともしていない。
倒れ込んだ名も知らぬ新人サンタを担ぎ上げて、廊下に出る。至る所から話し声が聞こえる。聞き知った声から、馴染みのない威圧的な声まで。
思ったよりも状況は悪いのかもしれない。慎重にどこか隠れられそうな場所を探す。
一分ほど倉庫内を探し回って見つけたのは、ロッカールームだった。全員が着替えを終えているいまの時間なら、人がほとんどいないから、隠れるにはちょうど良かった。
「何があったの! さっさと話して!」
手段を選ばず、名も知らぬサンタをロッカーに脅すように押し付ける。
「私も知らない! ただボスに、ルシアを脅してこいって……」
「このペンダントはどこで手に入れた!」
「脅しの道具に使えって渡されただけで、何も知らないの! なんで私が懲罰部隊に殺されなきゃならないの!?」
必死に頭を巡らせる。下級サンタにすぎないあの女が、懲罰部隊をこんな風に動かすことは不可能だ。動いているのはもっと上層部のサンタ。
私が面識のある上級サンタはリコしかいない……だが彼女がこんなことをするだろうか。三十分も話していないが、リコがこんなことに手を貸すなどありえない。
懲罰部隊が動いているなら、リコが事情を知っているかもしれない。だけど私から連絡を取る手段はない。状況が全く見えない中、独力で切り抜けないと。
「お、お願い……殺さないで……」
「……殺さないよ。ただ面倒だから眠ってて」
淡々と首に両腕を巻きつけて、意識が落ちるまで力を込める。
意識がなくなったのを確認してから力を抜いて、この子の手に握られたペンダントを取り返す。
「こんなはずじゃなかった……」
状況は何も見えていない。それでも黒幕ではないかという心当たりが一つだけある。マナちゃんが仕える屋敷を担当するサンタだ。
彼女の名前もわからない。上級サンタだということしか知らない。だがマナちゃんのペンダントを手に入れられる立場のサンタであるのは確かだ。
ずっと疑問だった。誰がペンダントの隠し場所に気付いたのかと。誰があそこまで過剰で凄惨な拷問を加えたのかと。
サンタがマナちゃんを見ていた。監視していた。いつ、どこの場面かはわからないが、確実に。
サンタの魔の手がマナちゃんに迫っている。
マナちゃんの身が危ない。あの苛烈な虐待が、このサンタの指示だとしたら……この状況では、マナちゃんの身に何が起こっても、もうおかしくない。
私とマナちゃんのどちらが目的か……そもそもそのどちらかなのかさえわからない。悲劇の芽は無限にある。一秒も無駄にする余裕はない。
時間があるかないかもわからない。とにかく最短距離だ。いまの時点で懲罰部隊が全て敵で、ここを包囲されているのなら、正面突破しかない。
覚悟は決まっていた。だがこれは想定外だ。それでもベストを尽くす決意を固め、廊下へと続く扉を開ける。
すると目の前にリコが立っていた。黒幕ではないのはわかっている。話した時間は短いけれど、大切な友達だ。
頼りたい気持ちでいっぱいだし、敵意は感じないから助けにきてくれたのだと直感する。
だけど目の前に現れた懲罰部隊である以上排除するしかない。万が一にでも敵だった時、これ以上なく危険な相手だ。躊躇っている余裕は、いまの私にはない。
あの得体の知れない刀を抜かせたら激闘になる。そうなる前に終わらせようと、右手をトキムネの鞘へと伸ばす。
だがリコの方がわずかに早い。それでも手首を掴める……
「落ち着け、敵じゃない」
リコの手首を掴んだ。それと同時に、リコは鞘ごとトキムネを地面に叩き落とした。
「安全なルートを知っている。あまり質はよくないが電動のソリも用意してある。詳しくはその道中で話す。いいな」
「……うん。ごめん……味方なのはわかってた……でも……」
「謝罪など無用だ。冷静な判断だった。だが時間がない。行くぞ」
リコは素早くトキムネを拾い上げて、私の手を引き、淀みなく駆け出した。
それはこのわけのわからない状況に突然放り込まれて、平静さを失いかけている私に理性を取り戻させてくれるだけの力強さがあった。
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