15話 夢見るサンタは挫けない

 ハイサムは首にかけたカメラではなく、右手で胸ポケットから三枚の写真を取り出した。能力の準備であることは間違いない。能力を起動される前に、発動を止めるしかない。


 足に貯めたサンタ膂力を解放して、雪面を一気に駆ける。


「遅い!」


 私が走り出すと同時に、ハイサムは腰ポケットから、左手でライターを取り出し、一枚の写真を燃やした。


 その瞬間に思い浮かぶ最悪の結末……あのカメラで撮った写真にしたことが、被写体に起こる能力なら、あれでマナちゃんが焼かれて……


「……違っ!」


 ハイサムとの距離二メートル。炭になったマナちゃんが脳裏によぎった。それと同時に生じた足元からの熱風で冷静さを取り戻す。


「まずいっ……」


 咄嗟に走るのをやめて、スライディングで少しでも距離を稼ぐ。直後、さっきまで私がいた場所に紅蓮の柱が立ち上がった。


「おまけだ!」


 安堵する余裕もなかった。ハイサムが持つ写真の一枚が、指先で貫かれている。


 直感的に次の攻撃を理解し、スライディングの体制から無理矢理体を起こし、残ったサンタ膂力で空中へ飛ぶ。


 それと同時に、地面から鋭利な岩盤が、空中の私に向かって隆起してくる。


「全く馬鹿げてるっ……」


 岩盤が伸びる速度は速く、回避しきれないと判断し、ポケットからナイフを取り出して、岩の先端に突き刺す。


 岩との力比べに負けるはずもなく、自分と岩の速度を落としてから、岩壁を蹴って、ハイサムへ向かって跳ぶ。


「これは危ないな」


 空中制御の利かない直進する私を迎撃する訳でもなく、ハイサムは手に持った最後の写真を軽く右になぞった。


 するとハイサムの体は強風に煽られたかのように、勢いよく吹き飛んだ。


「くっ……」


 刹那の直前までハイサムがいた場所に着地して、仕切り直されたことに頭を悩ませる。ハイサムを目で追うと四メートル離れた位置に着地していた。


 能力は掴めた。さっきの推測で当たっていた。地面に捨てられた、写真の残骸を拾って確認すると、さっきの攻撃場所が映されていたからだ。


 試しに写真を傷付けてみるがなにも起こらない。おそらくハイサム本人が撮影して、写真に作用しないと、能力が発動しないのだ。


 念のために拾った写真をポケットに入れて、考える。


 強い能力だ。特にこうして、事前に辺りを撮影しておける状況では特に。


 風景を撮影して攻めに使える。自分を撮影しておいて、物理的に困難な回避をさせ、防御に応用することもできる。おまけにあのカメラで敵を撮影しても勝ちだ。


「キャロルに勝っていい気になったみたいだが、本来配達道具持ちには勝てないんだ」


「いま私を撮れたよね。でもそれで回避が遅れて、インファイトになるのを恐れた。それは積ませてる側の思考じゃないよね」


「挑発のつもりか? リスクを冒さず、甚振りながら、のびのび戦えば勝てるんだ。それに趣味なんだ。そういう殺し方が」


 もはや残虐性を隠そうともしないハイサムが、新たに九枚の写真を胸ポケットから取り出す。


「お察しの通り、お前が背負ってる女を撮った写真は沢山持ってる。胸のところで破いた写真もな。欲しいか?」


「ふざけないで」


 会話中にサンタ膂力を貯め直す。間髪入れずに攻め立ててこないのは、弄んでいるのか、能力の制限かは判然としないが、安直に攻めに行くにも、サンタ膂力を貯め直さないと話にならない。


「まぁ、ゆっくり愉しもう。女の写真を人質にするのは、追い詰められてからにしてやろう」


 マナちゃんをこれ以上傷付けさせるわけにはいかない。


 追い詰めて勝つのではなく、一気に致命傷を叩き込む方法を考えないと……


「さて、そろそろ休み終えた頃だろ。続きを始めようか!」


 ハイサムが一度に三枚の写真を、宙に放り投げ、それらを手刀で一度に切断する。


 次に何が起こるかを理解する。だがどこに攻撃されるかはわからない。




 決断するまでもなく、私はハイサムに向かって駆け出した。


 周囲からそよ風を感じる。前方の視界が、知覚できるほどの激しいかまいたちで歪む。


「やばっ……」


 体を左に逸らしてそれを避ける……が、左脇腹が風で切り裂かれた。後方から生じたかまいたちを認識できなかった。


 間髪入れず、頭上から空を裂く音がした。体勢が悪い……走力を得られず、サンタ膂力で無理矢理、前へ跳躍する。


 それを待ち構えていたように……いや、待ち構えていた。着地点になる場所から岩が突き出してくる。おまけとばかりに、挟み込むようにもう一本追加で。


「くっ……」


 宙で体を曲げれば直撃は避けられる。だがそうすると背負ったマナちゃんに直撃するか、最低でも掠めてしまう。


 ナイフをもう一本取り出して、両手に一本ずつ構えたナイフで、明確な殺意がこもった岩を殴りつける。


 ほぼ全力のサンタによる殴打で、両側にある岩は砕け、衝撃の伝わった地面にまでヒビが入る。


 ナイフの方も無事ではなく、刀身がボロボロになる。が、そんなことは無視して、ハイサムへ向けて、そのナイフを亜音速で放つ。


「そんな苦し紛れが当たると思うか!?」


 ハイサムの足元に燃えている写真が二枚落ちている。投げたナイフはなんなく、手に持ったカメラで左右に叩き落とされる。


 状況把握を終え、空中で体をきりもみ回転させ、加速を得つつ着地。そのまま一直線に走る。


 真正面と右から、吹き上がる火の粉が見えるが、構わず直進する。


 直後、吹き上がる業火の竜巻に全身が飲み込まれる。体が少し焼けていくのを感じるが、数秒ならサンタ耐久力で無視できる。背負ったマナちゃんは、リコがくれた配達袋の耐火性能を信じる。


 リコのおかげで、憂いなく業火へ飛び込めた。一切の減速なく、圧倒的走力で焔を駆け抜けて、そこから飛び出す。


「この狂人がっ!」


 火のついた私を見て、ハイサムが狼狽している。視界の端に映る、切り裂かれた二枚の写真と、背後から聞こえる風の音。


 四方を炎で囲み、それを避けるために空中に逃げた私を、鎌鼬で迎撃する。その程度は流石に読めていた。


 必要だったのは痛みを受け入れる勇気と、リコを信じること。


「追い詰めた!」


「それは勘違いだ!」


 ハイサムに向けて飛び蹴りを放つ。それが当たる直前、ハイサムの体が不自然な動作で左に飛んだ。


「追い詰めた……と、言ったよ」


 さっき投げたナイフにはリコがくれたワイヤーを括り付けておいた。以前くれた、光学迷彩化装置も付けた上で。


 避けられること前提で、控えめに放った飛び蹴りから、綺麗に着地。左に落とされたナイフへと結ばれたワイヤーを勢いよく、跳んだハイサムの高さまで全力で引き上げる。


「お前! まさか!」


 視認できなくとも、私の動作を見てハイサムは、自分の置かれた状況を理解したらしい。咄嗟に写真に写る自分を勢いよく上になぞる。


「遅い!」


 能力の発動にはタイムラグがある。それを見越して、ワイヤーで両足を落とせると踏んでいたが、ハイサムは体を上にずらす。直後、彼女の体に通常ありえない力が加わり、上空へ吹き飛ばされた。


「貴様っ!!!」


 一心不乱の回避で思ったよりも傷が浅い。ワイヤーで切り落とせたのは、ハイサムの右膝の下だけだった。


「殺すっ!!!」


 激痛と屈辱に憎悪を滾らせるハイサムは、自分の写真にもう一度手をかけようとする。


 が、すでに私が投擲し終えていた、ナイフがその写真を突き刺しハイサムの手から落ちる。


 空中制御を失いつつあるハイサムに容赦する必要もなく、私は彼女に向かって全力で跳ぶ。


「愚か者が!!!」


 空中を直進するだけの私を撮影しようとハイサムがカメラを構える。シャッターが切られ、私の全身が撮影された。


「勝った!!!」


 勝利を確信して、ハイサムは急速に冷静さを取り戻していた。もはや痛みを忘れてしまうほどに。


「わざわざ言わないとダメ? 勘違いだよ?」


 カメラの下部についた現像装置から印刷されてくる写真に、ハイサムが左手を伸ばす。


 それよりも早く私の拳がハイサムの左腕を貫き、腕をありえない方向へ曲げ、そのまま左脇腹に突き刺した。


 ハイサムは折れた肋骨が肺に刺さり、呻き声すら出ていない。遅れて現像された私の写真が、ゆらゆらと空を舞う。


 恐怖と混乱でハイサムはがむしゃらにパンチを放つ。それをあえて体で受け止め、その隙に蹴りを胸に叩き入れる。


 その容赦ないサンタの蹴りに、ハイサムは空中から地面に叩きつけられる。


「エホッ……ガッ……ハッッッ……」


 地割れが起きるほどの勢いで全身を打ち付けられ、呼吸すらままならないハイサムに……


「あなたがさっき殴ったこれは何かな?」


 さっき拾い、取っておいた破れた写真の切れ端をポケットから取り出して見せつける。


 何が起こるかを理解して、恐怖で顔が歪んでいる。片足しかなく、自分の写真のストックを取り出す時間もない、ハイサムに逃げる手立てはない。


 サンタの殴打を反映した衝撃波が、ハイサムの腹を叩きつけた。内臓がいくつか爆ぜ、大量の黒い血を吐き出している。


「ダメだよ。こんなになっても、あなたの攻撃は反映されるんだから。自分の配達道具で自滅するのは、どうかと思うな」


 無造作に写真を使い捨てにしている辺りから、サンタ戦になれていないと踏んだが予想通りだった。こんなデタラメに強い配達道具を使っているから、まともな戦闘経験がないのだろう。


 写真を拾っていたことにも、写真の場所を狙って叩き落としたことにも気付いていなかった。


 キャロルの方がよっぽど強かったし、筋が通っていた。このサンタには軽蔑以外に何もない。


 ゆっくりとハイサムに近づいて、最早立つことすらできない、彼女を見下ろす。


「ぐっっ……わ、忘れたのか……俺の手元には、女の写真があるんだぞ……」


 なりふり構わず、右手でマナちゃんの写真を六枚取り出して、これ見よがしに掲げている。


 どれもこれも拷問されて傷だらけのマナちゃんの写真。こんなの普段の無限分の一だってステキじゃない。


「好きにすれば」


「後悔させ……ぐぶっ!!!」


 マナちゃんの写真に手をかけようと、左手をピクリと動かしたと同時に、顔面に右フックを叩き込む。


 その勢いで、手に持ったマナちゃんの写真が、吹き飛んで雪原に沈んだ。


「どうしてこの距離の早打ちで勝てると思ったの?」


「……お、お前は殺さない主義なんだろ?」


「悪い子はね。でもあなたみたいな、異端サンタを生かしておくわけないでしょ」


 マナちゃんの写真を隠し持っている可能性がある以上、生かしてなどおけない。


 そして何より、良い子を、その家族を傷つけるサンタの存在を許してなるものか。 


「冗談だろ?」


「次に目が開くことがあったら、そうなるね」


 ほんの少し抵抗を感じつつ、ハイサムの心臓めがけて手刀を突き刺した。

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