10話 二度目の逢瀬
クリスマス当日。氷点下を大きく下回る倉庫では例年通り、派閥毎に大きなプレゼントの山を奪い合っていた。
いつもの私なら、そこから遠く外れた場所で、配り残りの山へ死んだ視線を向け、少しでもマシなプレゼントを探している。
だが今年は違った。リコが良いプレゼントをこっそりと用意してくれたから。
マナちゃんと同じくらいの大きさをした、クマのぬいぐるみを一つ。それは非の打ち所がないほどかわいいぬいぐるみ。あまりにしっかりとしていて、逆に落ち着かないくらい。
それだけでも充分なのに、用途も聞かずに光学迷彩化装置を六個用意してくれた。
ありがたいことこの上ないのだけど、それだけに申し訳なさもある。庇ってくれて、プレゼント配達に必要な道具も用意してくれて、どうしてここまで尽くしてくれるのだろうか。次に会う機会があったら聞いてみることにしよう。
リコが用意してくれた物資をヨレヨレの配達袋に詰めて、足早に自分のソリへと向かう。
今年のクリスマスは、マナちゃん以外の所へ行くつもりはなかった。
他の理不尽に遭っている良い子を救えないかもしれないけど、私には確実な一人の方が大切だから。
「ルシアお姉様! お逢いできて嬉しいです!」
一つのプレゼントと、小道具が入った配達袋をソリに乗せ終えると、背後から声をかけられた。
聞き覚えのある、元気な声。それは間違いなくカナンの声だった。
キャロルに囚われていた所を救出してから結局、一度も会えていなかったから、こうして元気な姿が見られて嬉しい。
カナンと最初に出会ったのは、私がまだサンタに夢を抱いていた頃。
私と同じように彼女はどこの派閥からもあぶれていた。下級サンタには研修もなく、何の知識もなく駆り出された初仕事で怪我をしたと聞いて、下級サンタが配達する上で必要になる危機管理について教えたのが、関係の始まりだった。
「災難だったね。気持ちの方はもう大丈夫なの?」
「心配しないで下さい。この一年で鍛え直したんです。ルシアお姉様に近付きたくて……」
「そうなんだ。元気そうでよかった」
私がちゃんと教えられたのは、一ヶ月くらいと短い。あとは時間が合えばという、薄い師弟関係。
それでも吸収も早く、懐いてくれたのもあって、配達中に行方不明になったと聞いた時は相当こたえた。なんとか助けられたし、サンタにも復帰できて、本当によかったと思う。
「それで……ルシアお姉様は、懲罰部隊に入るんですか……」
「どこでそれ、聞いたの? 私は入らないから安心して」
「本当ですか! よかったです! 一緒にサンタを出来なくなると思うと寂しくて……でもリコさん、ルシアお姉様のことが、好きみたいだから心配で……」
「リコにも会ったんだね。いい人だよね」
「三ヶ月くらい前に……ルシアお姉様を取られたくなくて、何も答えませんでしたけど」
「そうなんだ。私はこういうサンタらしいサンタを続けるから安心して」
「サンタらしい扱いをされる配達先なんて、一つもないですけどね」
「私は見つけたよ。少しでもサンタらしく振る舞える場所……」
そこまで口に出して後悔する。カナンならマナちゃんともきっと仲良くなれる。
連れて行ってあげたい。プラスになるかマイナスになるかは、本人たちが決めればいいことだから、試しに。
でも、これは重大なサンタ規則違反だ。去年はリコがなんとかしてくれたけど、今年も大丈夫な保証はない。
そんな危ない橋を、大事なカナンに渡らせるわけにはいかない。
「ごめん。今の聞かなかったことにして」
「一緒に行きまっ……お姉様? いまなんて」
「カナンに危ないことさせられないから。何かあったらいつでも声かけてね。絶対に助けるから」
久し振りに会えたカナンとの会話を楽しみたい。だけどこれ以上一緒にいると、マナちゃんのことを勘付かれてしまいそうだ。
そうしたらカナンのことだ。テコでもついてきてしまう。
そうなる前に、逃げるようにソリを駆けた。
去年までの私は、配達件数トップだった。でもその座は今年から、別の誰かの物になる。きっとカナンの物になる。
もう私がマナちゃん以外の子どもに、プレゼントを配ることはないかもしれない。
小さな子ども一人満足に救えないのなら、せめてクリスマスイブくらいは、ちゃんと近くにいてあげたいから。
去年も通った険しい坂を登りきると、まだ夜が深くないこともあってか、大きな屋敷の窓からは、内側のカーテン越しに光が漏れ出している。
人影があわただしく動き、この屋敷が眠りにつくにはまだ早いようだった。
「少し早くきすぎたかな……」
これではまだマナちゃんがあの小屋には帰ってこれていないかもしれない。もし帰ってきていないのなら、マナちゃんを迎えてあげたら、喜んでくれるかもしれない。
その時の笑顔を思い浮かべて、胸が暖かくなる。
去年と何も変わっていない、マナちゃんが住んでいる小屋へと、静かに足を踏み入れる。
そこは一年経っても、断熱材が取り付けられることもなく、ましてや暖房設備が設置されているはずがなかった。
凍える寒さの中で一人きりで夜を過ごすマナちゃん想像して、心が冷たくなる。心なしか床や壁に付着した、血痕の数が増えている。
ここで起こったであろう苦痛に思いを巡らせながら、マナちゃんがいた藁のベッドに向かう。
そこにマナちゃんの姿はなかった。胸中に不安が渦巻く。まだ帰ってきていないだけだと、自分に言い聞かせながら、サンタ感覚を研ぎ澄ませて藁に目をこらす。
最近までここに子どもが寝ていた跡が残っているから、今朝もここに誰かがいたことまではわかる。
ただその子の身長は、一年前のマナちゃんと数センチ違う。人が違うのか、背が伸びたのかを判別するのは難しい。
後者であることを願いながら、私はただ待つことしかできなかった。
ここに来てから一時間が経とうとしていた。時刻は十時になろうとしている。
どう考えても子どもが働いていい時間ではない。何かあったのかと思わずにはいられなかった。
だけど私にできることはない。屋敷の中に忍び込んで、探しに行ったところで、連れ出せる訳でもないから。
だからこうしてマナちゃんが生きているのかという、不安の中で時が過ぎるのを待つしかなかった。
こんな時にクリスマスの飾り付けでも、やれたらよかったのに。
もし屋敷の人間に、飾り付けられた小屋を見られたとしたら、マナちゃんは罰を受けることになるだろう。
私のせいで、マナちゃんが苦しむことになるなんて、許されない。
悪い想像ばかりが膨らみ、不安に押しつぶされそうになっていると、小屋の外から物音がした。
人が引きづられている音と共に、入り口の扉が開く音がした。次の瞬間、人が床に叩きつけられる音がした。
「えほっ……えほっ……」
痛みを誤魔化すために、荒い呼吸を繰り返している。その声を聞いて、私は音を殺しながら駆け出した。
聞き間違えるはずがない。間違いなくマナちゃんの声だった。
「マナちゃん! っ……」
マナちゃんの体を見て、言葉を失った。去年はムチで打たれ腫れているだけだったものが、刃物で裂かれた傷跡に変化している。その傷はろくに治療されておらず、壊死しそうになっている。
それ以外にも、殴られた痕が全身にあった。食事もまともに与えられていないのか、去年よりも更に痩せて、骨が肌に浮いている有様で、愛くるしかったマナちゃんは見る影もなかった。
「ルシアお姉ちゃん……来てくれたんだ……嬉しい……」
「そんなこといいから!」
マナちゃんを抱き上げて、そのあまりの軽さに寒気がする。
マナちゃんに触れた手に、血が付いている。本当に生き絶える寸前だ。
早く手当しないと。過去の配達中に撃破した異端サンタを懲罰部隊へと引き渡す時に、くすねておいたサンタの秘薬があったはずだ。それを使えば、傷は治るはずだ。
「ルシアお姉ちゃん……あったかい……」
うわごとのようにそう呟くマナちゃんは、とても見ていられなかった。
そして、去年のクリスマス、困難に負けずにマナちゃんを連れ出そうとしなかった自分を心の底から恨んだ。
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