9話 似ても交れぬ夢
クリスマスタワーの下層は、各部署の事務所になっている。中層は会議室や客間が存在している。上層に関しては、サンタ評議会が取り仕切っているので詳しいことは、下級サンタには知らされていない。
リコさんに連れてこられたのは中層にある客間だった。二人がけのソファーが向かい合って二つ置かれ、その間には小さなテーブルが置かれている。
「楽にしてくれて構わない。私も元は下級サンタだったのでな。ここにきて緊張する気持ちはわかるよ」
緊張のあまりソファーに座って、あたふたしている間に、リコさんはテキパキと紅茶とお茶菓子をテーブルの上に広げていく。
「初めまして、だな。サンタ懲罰部隊三番隊隊長を、不肖ながら勤めているリコだ」
「初めまして……ルシアです……」
ただでさえ落ち着かないのに、名乗る肩書きがないことで、余計に自分がこの場に相応しくないことを再確認させられて、さらに落ち着かなくなる。
「あの……私、なんでここに呼ばれたんですか」
「去年のことを気にしているのだろう? そのことへの謝罪と、勧誘の為に呼びだした」
向かい側のソファーに腰をかけたリコさんが、そんなことを口にする。正直言って困惑した。組織に属している以上謝るのはどう考えても私の方だ。
マナちゃんとのこともそうだが、キャロルの件だけでも、建物を半壊させているのだから、さすがにやりすぎと怒られても仕方がない。
「キャロルが配達先に選ばれたことに、作為があったことは予感してるだろう」
「……つまり、それをリコさんが仕込んでたと?」
「四分の一だな。下級サンタの中に、卿を排除したいと考えるグループがいるだろう? 彼女たちにキャロルが接触していたらしい。卿が配達にくるように細工してくれと。そこで利害が一致した」
リコさんが言っていることは、私の予想通りのことだった。一年も考えれば一度は浮かぶ推測だ。
私の担当地域では、配達先を二つの派閥間で奪い合っていた。それはどちらが、どのサンタ評議員とパイプを持てるかという争いだ。
勿論下級サンタが、サンタ評議員と直接連絡を取れるわけがない。繋がりを持てるとしたら、サンタ評議会が決めるまでもない、悪い子の配達先を振り分けるサンタ評議会に属する末端のサンタになるだろう。
そこが敵に回っている以上、私の元にやってくる配達先は、これ以上なく悪い子だけ。この問題を力で解決するのは容易だったが、それをすると異端サンタにされるからと避けていた。
それだけならはっきり言って、今更改まって言われても、新鮮でもなんでもない情報。だけどリコさんの表情から察するに、事情はそれだけではない様子だ。
「その情報を六番隊が仕入れてね。卿はもう知っているだろうが、キャロルと彼女の母親にはかなり懲罰部隊は痛手を与えられていた。私が懲罰部隊に入る前のことだが、彼女に何人もの隊長が殺された。それでこれ以上懲罰部隊としては関わりたくなかった。とはいえ彼女の戦闘能力は危険な上に、随分と古びた物とはいえ、高性能な配達道具を所持していたので、対処しないわけにはいかなかった」
「それで、私に対処させようとなったと」
「半分だな。懲罰部隊内の議会ではそう決まった。ただそれでは周りが黙っていなかった。知らないだろうが、卿は人気があるんだ。下級サンタ出身の懲罰部隊員には特に」
私が人気? 冗談だとしても質が低い。私が不特定多数のサンタに好かれる理由なんて思い当たらないからだ。
でも、リコさんがあまりにも真剣に言うものだから、勘違いしてしまいそうになる。
「今時珍しい、ストイックなサンタ像を体現していて、なおかつ実力が伴っているのは、私が知る限りでは卿くらいだ。私も含めてだが、下級サンタは、伝説の初代サンタに憧れていた者も多い。あのルシアを死地に逝かせることに、隊員から猛反発があったんだよ。無論私も含めてだが」
本心か、はたまた社交辞令か、判断できなかった。サンタとして様々な人を見てきたが、リコさんという人物はその本質が掴めない。
虚構で塗り固めたようにも、熱い魂で語っているようにも聞こえる。
下級サンタが懲罰部隊隊長になるのは、現代のサンタ界では異例も異例。千年前の腐敗していない時代ならともかく、いまとなっては前例のないことだ。
私が抱くリコさんへの印象は、この前代未聞を成し遂げた、彼女の底知れなさからきているのかも知れない。
「それで落ち着いたのが、卿がキャロルを倒すことに成功したなら、私の部隊に引き入れるという結論だった。この配達道具と共に」
そう言ってリコさんはテーブルの上に口紅を置いた。これがリコさんの言う配達道具だろうか。
確かにリコさんの言う条件は、サンタの常識からしたら、ありえない大出世だ。
配達道具を持つことが許されるのは、上級サンタと一部の中級サンタのみだ。懲罰部隊もそのほとんどは、サンタ技術で作られた剣や銃が主な装備になる。
配達道具持ちは一つの部隊に数人しかいない、幹部クラスということになる。
リコの本質は依然として判然としないままだが、この話は事実なのだろう。
口紅に触れると、確かに配達道具特有な理の揺らぎを感じる。
私との生体認証が済んでいないから、起動はできないが、その状態でも部外者に安易に触れさせていい代物ではない。
ここまでのリコの言葉を、全て事実だと信じるに足らしめる、確かな物証だ。
だけど、ここまでの高待遇を約束されていても、私の感情は喜に属する物ではなかった。
「相当苛立ってるんだけど、それはわかってるのかな……」
「卿の怒りはもっともだ。なにせ卿は何も知らされず、全て決められたのだから」
「半分正解……そのこともだけど、私がサンタ懲罰部隊に入って喜ぶと決めつけてるところとか、この組織の倫理もやり方も全部気に食わないの。あなたのその身勝手なやり方も。話にならない」
サンタ懲罰部隊に入る? ありえない選択肢だ。
そこに所属するということは、いまのサンタの倫理を認めることになる。マナちゃんを悪い子として、マナちゃんを痛めつける人を良いこととすることだ。
それに、そもそもマナちゃんに会いに行けなくなる。全くもって論外だ。
リコには悪いが、懲罰部隊の生き様はサンタのそれではない。
私はお母さんたちと同じように、サンタとして生きていたい。捨て台詞を吐く気も起きず、ソファーを立ち上がる。
「私は卿が好きだ。そうやって理不尽なことに立ち向かい、突き離せるところが」
リコさんが話しかけてきているが関係ない。何を言われても答えは既に決まっている。
「ここまでは表の話だ。いまから裏の話をしよう。百パーセント、懲罰部隊隊長としてではなく、私として」
私をまっすぐ捉えているその瞳は、いままでの掴み所のない、どこか虚空を見ているような、ふわついた物ではなくなっていた。
芯があるとか、魂が生きているとか、そういった類の。私と同じか、それ以上に熱い何か。
「いまのサンタをどう思う? 私はこの組織が、初代サンタに誇れるとは全く思えない。世界中で幼い子どもたちが奴隷の身分で、虐げられている。それを救うはずのサンタが財閥や政府へ、初代サンタから受け継いだ技術を提供し、奴隷制の後ろ盾をしている。許されることではない」
リコさんの目に吸い込まれそうになる。このサンタは夢を見ている。サンタとして子どもたちの明るい未来を願い、巨悪を討つために……
「だから戦力を集めている。サンタ協会に蔓延る悪を全て滅却し得るだけの。子どもたちの未来のために、誇り高いサンタを取り戻すために、卿の力が必要だ。肉体だけで全てのサンタを凌駕する卿が側にいてくれると心強い。私の夢に賭けてはくれないか?」
リコさんがこんな私を本気で必要としてくれているのがわかる。こんなこと、よほど信頼している相手にしか話せない。いまの話を密告されたら全て終ってしまうから。
どうして私のことをそこまで買ってくれているのかわからない。さっきの勧誘と違って、いま目の前にいるリコさんはとてもまっすぐで、私の知る懲罰部隊の誰とも違う。
「……ごめんなさい。あなたのことを勘違いしていた。ただ身勝手な人だと」
「当然だ。そう見えるように振る舞っていた。この世界にいると自分を偽ることばかり上手くなる。最初に志したものがなんだったのかを忘れてしまうほどにな……」
自嘲するように笑うリコさんからは、サンタの理想と現実の矛盾がいまにも溢れ出してしまいそうに見えた。
懲罰部隊の仕事は汚れ仕事だ。正しいことのためならそれも耐えられるかもしれないが、いまのサンタ協会ではそれは望めない。
下級サンタの私には想像もつかないが、プレゼント配達の現場よりも凄惨な世界なのは間違いない。
「それに事実、私自身の夢のために卿を利用しようと、身勝手を通した。誹りを受ける覚悟は出来ている」
「……本当は私を守ろうとしてくれたんでしょ。そんな言い方しなかっただけで」
「そんなことはない。キャロルのことも元を辿れば、部隊間の権力争いだ。無関係な卿を巻き込んでしまった。私として、許容できる最低限の落とし所がこれしかなかっただけのことだ」
真面目で優しいリコさんは、本当にそう思ってくれているのだろう。でも、過去に悪い子を懲罰部隊に引き渡す時に、その子への扱いが度を超えていて、もめたことも一度や二度じゃない。
最近はよほどの悪い子以外は、ちょっと痛めつけて、プレゼントを配達して、懲罰部隊には報告しないようにしていた。
それで恨みを買った結果が、私にキャロルを始末させるというシナリオだったのだろう。
「こうして呼び出して、誘っておいてこんなことを言うのも変なのだが……卿は懲罰部隊に入るべきではないだろう。入隊しないと身が危うい時期もあったが、そこはもう超えている。この一年何事もなかったのがその証拠だ。ここは、卿のようなまっすぐなサンタが生きていくには辛い場所だ」
リコさんは真剣に私を懲罰部隊に誘っていた時とは真逆のことを言った。そして、不思議なことにどちらも本心に見えた。
どういうわけか私を信頼してくれているリコさんは、汚れた世界の中で、志を共にする仲間が欲しいのかもしれない。
だけどその一方で、そんな世界に私を巻き込むことに罪悪感を感じている。
その板挟みはリコさんの誠実な人柄を表しているんじゃないだろうか。
そして私は……そんな人に、そこまでの感情を向けて貰うに足る、立派なサンタではない……
「……私はそんなに立派なサンタじゃないよ……私はリコさんとは違う。私は夢なんて見てなかった。ただ夢に酔ってるだけ。知ってるでしょ。マナちゃんのこと……」
「……あぁ。卿の人気と人柄のおかげで、なんとか握り潰せたが、少し危うかったな」
そう言いながらリコさんが苦笑いしている。でもそこに非難の色はなく、どちらかと言うと称賛しているように見えた。
「私は……救いたいと願うマナちゃんを、懲罰部隊から守り抜く自信がなくて、助け出せない臆病なサンタ……協会全部を、もしかしたら世界全部を敵に回す覚悟、私にはない……」
「卿は自己評価が低すぎる。卿が退けたキャロルは、懲罰部隊隊長を幾度も打ち倒している。手合わせしたことがないので推測だが、私より強かったかも知れない。卿なら、マナちゃんを懲罰部隊から守り抜くことも不可能ではないはずだ」
「買いかぶりだよ。キャロルちゃんは油断してた。それは事実だから……」
まっすぐなリコさんの言葉を受けても、私は決心できない。去年辛うじてサンタとしての矜持を首の皮一枚で繋いだだけの私には、サンタ協会を、世界を変えるなんて壮大過ぎて……
マナちゃんを本当の意味で救うことさえ決められなかったのに、サンタ協会そのものを変えるなんて……
「だからごめんなさい。あなたの願い、引き受けたいけど、私にはできない。私は臆病だから、マナちゃんと年に一回合って、少し笑顔にするだけで妥協しちゃう、矮小なサンタだから……」
後ろめたさを感じながら、踵を返して、扉へ向かう。本当にしなければならないことが何かを理解していながら。後ろ髪を引かれながら。
「少なくとも私は、卿の願いを臆病だとも矮小だとも、決して思わない……それで救われる人は必ずいる。胸を張ってくれ。子どもたちの幸せを願う、私たちの夢は同じだ」
「……ありがとう。そう言ってくれると救われるよ」
「ならよかった。正直断ってくれてホッとしているんだ。荒んだ卿の顔は見たくないからな。それより必要な物があるのではないか。マナちゃんにあげるプレゼントがないはずだ。それを提供する準備があるのだが……」
去り際に、リコさんが切り出してくれた提案は、とても魅力的なものだった。マナちゃんに良いプレゼントをあげられるなら、そんなに嬉しいことはない
「でも、そこまでして貰う義理は……」
「身勝手を通したお詫びだと思ってくれ」
「……ありがとう。欲しいものが二つあるの。大きなクマのぬいぐるみと、光学迷彩化装置を幾つか」
「心得た。クリスマスイブまでに用意して届けておく」
「ありがとうリコさん。私のこと庇ってくれてたのに、何も知らずに怒鳴り散らして……そのうえ、厚かましくてごめんなさい」
「な、なにもそこまで謝るようなことではないだろう。私が誘導したようなものなのだし……」
謝らないといけないことを謝っただけのつもりなのに、なぜかリコさんはすごく慌てふためいている。
真面目でまっすぐで、冷静で熱い人なのに、変なところで愛らしさが見え隠れしていて、なんだかちょっとかわいい。
「リコさんって、最初に思ってたより、ずっとかわいいですね」
「そんなこと初めて言われたのだが……まぁ、存外悪くない気分だが」
困っていると照れているの中間みたいな表情をしているリコさんは、なんだか纏っている雰囲気と似つかわしくなくて、悪いとは思いつつ、なんだか面白かった。
「それと……これは単に私のわがままなんだが、次にあったら気安くリコと呼んでくれないか。それと、もっと砕けて話してくれると嬉しい。好意を寄せている相手に、そう喋られると……ショックなんだ」
「ふふっ……なにそれ。次に会ったら、友達。それでいい? リコ?」
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