第一部 第二夜
8話 サンタ協会本部へ
マナちゃんと出会ってから、もうすぐ一年が経とうとしていた。
サンタ懲罰部隊に追われることになると思っていたが何事もなく、世間はクリスマスシーズンの到来に浮き足立ち始める季節がやってきた。
この一年、マナちゃんに会いに行きたかったが、配達先の子どもに会いにいくのは規則違反になる。
配達中、意図的に子どもと接触するという規則違反を咎められてはいない理由は、単にそのことがバレていないからだろう。クリスマス当日はどこも忙しくて、下級サンタ全員の動向など把握できるはずがない。
だがオフシーズン中に会いに行けば、確実に見つかる。結局マナちゃんに対して、何もしてあげられることはなく、大人しく次のクリスマスが来るのを待つしかなかった。
そうして十二月の中頃になり、もうすぐマナちゃんに会えると胸を踊らせていると、サンタ協会から呼び出しがあった。
サンタ評議会に所属しているわけでも、下級サンタの中で立場があるわけでもないサンタが、こんな時期に呼び出されるのは珍しい。呼び出されるのは大抵、規則違反を咎められる時だ。
そうでないこと願いたかったが、差出人がサンタ懲罰部隊三番隊隊長リコ、と書かれている。
隊長直々の呼び出しを蹴るわけにはいかないだろう。戦闘になるのは、避けられないかもしれない……
※※※
「どうもありがとう」
ここまで運んでくれたトナカイに挨拶して、膝の高さまで雪が積もった銀色の地面に降り立つ。
サンタ協会の本部であるクリスマスタワーは、数千メートルの高さを誇る、切り立った崖の上に建てられている。初代サンタが仲間と共に、こんな荒唐無稽な地形を創造し、その上にサンタの拠点を構えたという伝説を聞いたことがある。
身を隠すのには最適だという理由でこうしたらしいが、効果はありすぎたくらいだろう。初代サンタの時代と比較して、技術が大きく進歩した現代でも、この断崖絶壁を登る手段は限られている。
ここにサンタを運ぶためだけに育てられているトナカイを使うか、自力で切り立った崖を踏破するかの二択だ。
前者はともかく、後者の選択肢はこの崖を己が肉体一つで踏破することが、サンタ評議会に入る試験になるらしい……なんて噂が立つほどには困難を極める。
当然ここで働くサンタ全員がそんな身体能力を有しているわけではなく、ちゃんと崖の上まで運んでくれる、トナカイとソリが用意されている。
ちょっとこの崖に挑戦してみたい気持ちもあるが、戦闘になる可能性を考えなければならない状況で、自分の限界にチャレンジ……なんて馬鹿げたことをする余裕はさすがになかった。
積雪に足を取られながらも、なんとかクリスマスタワーの正面玄関まで辿り着いた。侵入者対策の一環らしく奇妙な踏み心地で、雪道に慣れているにも関わらずかなり苦戦させられた。
逃げないといけなくなった時のことを思うと気が滅入る。この雪原を超えて、あの高さの崖を飛び降りて逃げられるだろうか……不安が募る。
「それにしてもキレイ……」
ふと見上げると視界に入る、建物の装飾に息を飲んでしまう。初代サンタの遺物とされる頑丈なレンガで作られた焦げ茶色の建物の外観は、辺り一面に広がる白との対比で、落ち着くコントラストを演出している。
建物のあちこちに吊るされた、決して消えることがないというランタンも、クリスマスの夜を征くサンタの道しるべになるように、明るさが最適化されている。
私の職場ともいうべき下級サンタの支部とは外観だけでもあまりに差がある。
「こうして目の当たりにすると、格差を感じるな」
落ち着いて見られるのはいましかないと思い、満足するまで美しいと噂のクリスマスタワーの景観を満喫してから、初代サンタとトナカイのレリーフが施された、大扉を開いて中に入る。
外観だけでも充分圧倒的だったが、内装もこれ以上なく洗練されていた。壁にはサンタをモチーフにした彫刻が掘られ、天井には初代サンタがプレゼントを配達するストーリーが描かれたステンドグラスに、月明かりが差し込み美しく鮮やかな光を放っている。
働いているサンタたちも、私のみすぼらしいサンタ衣装とは似つかない。豪勢な装飾が施されたサンタ衣装を纏った中級サンタと上級サンタが、クリスマスシーズンだからなのか、忙しそうに走り回っている。
大広間の中央には、上階へ続く大きな階段があり、段差それぞれが、階段の裏に仕込まれているオルガンと連動していて、忙しない雰囲気の中に穏やかなクリスマスソングを奏でている。
左手にはソリの発着場へと続く道と、そこへの入場を管理する受付サンタがいる。右手には本部内のサンタへ取次するための受付がある。私の目的地はそこだ。
それにしても、同じサンタのはずなのに、敵地のど真ん中にいる気分だ。
そしてみすぼらしいサンタ衣装の私に、好奇の視線を向けてくるサンタを早足で横切りながら、受付に向かう。
「サンタ懲罰部隊三番隊隊長のリコさんに呼ばれたんですが」
「はい。いま確認しますね」
受付サンタが、あちこちに連絡を取っている。
慣れない雰囲気に気が急いてしまう。残り物のプレゼントの縄張り争いなどという、底辺の争いを遠巻きに眺めるのも苦手だが、こうした気品漂う雰囲気も慣れていなくて苦手だ。
そのうえ次の瞬間には、周り全てが殺意を剥き出しにして、襲いかかって来るかもしれないのだ。
緊張の相乗効果で、いまにも死んでしまいそうだ。
「お待たせしたな。卿がルシアか」
不安に慄いていると、階段の方から声をかけられる。
振り向くと、腰に倭刀を下げ、スーツに似たサンタ衣装に身を包んだ麗人が立っていた。
「そうですけど……」
「よかった。来てくれないかと思っていたからな。ありがとう」
懲罰部隊隊長であるリコさんの噂は度々耳にしていた。空間を裂く能力を持った〈次元刀・トキムネ〉を用いた縮地と、華麗な剣技で、数多の異端サンタを切り続け、下級サンタながらサンタ懲罰部隊隊長の座に上り詰めたと。
噂通りの出で立ちに息を飲む。懲罰部隊隊長の名に恥じない、堂々とした立ち居振る舞い。
ただ立っているだけでも伝わってくる強大な戦闘能力。
こんな怪物を相手にして、真正面から戦って勝てる自信が湧いてこない。
「懲罰部隊の評判は悪いからな。だがそう怯えないでくれ。私はただ、卿が欲しいだけだ」
そういってリコさんは微笑みながら、右手を差し出した。
それに反射的に答えて、手を交える……そして、さらったと述べられた言葉を、ようやく頭が理解した。
「付いてきてくれ。二人で話せる部屋を用意してあるんだ」
ダンスの相手を導くような身のこなしで、私の手を引くリコさんに戸惑いを隠せない。戦闘になる可能性も考えていたのに、ここまで友好的なのは、想定していなかった。
罠とも思えない。たとえ一対一だとしても、真正面から戦えば勝てる私に、そこまでする理由が思いつかない。
ただそうなると、なぜわざわざ隊長自ら、私みたいな底辺サンタを呼びつけたのかがわからない。
懲罰部隊を退けてきたキャロルを下した戦闘能力を恐れて、隊長をぶつけて始末しようとするなら理解できるが……そうでないなら検討がつかなかった。
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