第4話 サンタと悪虐少女 その1

「約束通りプレゼントを届けに来たよ。キャロルちゃん」


 地下への道を塞ぐシェルターを蹴破る轟音を響かせ、キャロルのいる地下室へと踏み込む。


「ちゃんと見てたよ。無傷でここまで来るのは、ちょっと予想外だったかなー」


 キャロルは絵本の中でしか見たことのない、豪華絢爛なベットから飛び降りて、私と向かい合う。この悪辣な少女は露出の多いネグリジェを身につけている。露出している太ももや二の腕には、ナイフの束がベルトで留められていた。


「捕まえたサンタはどこにいるの?」


「いつでも呼べるようにしてるの。こうしてね」


 キャロルは手に持ったリモコンを操作する。するとベットの真上の空間が歪み、そこから裸体をリボンでラッピングされただけのカナンが落下してきた。その瞳からはこの一年間に味わった恐怖が滲み出ている。


「……最後の忠告……今すぐ全員解放して

 普段からあまり気の長い方でないから、怒りに身を任せないようにと努める。キャロルは油断ならない相手であることは、その立ち姿だけでわかる。


「いま負けを認めて私のサンタさんになってくれるなら、この娘をオモチャにする権利を特別にプレゼントしてあげるよ?」


「そう……キャロルちゃんにあげるプレゼントの内容が決まったよ」


 臨戦態勢を整えながら、思考を巡らせる。さっきの空間操作はサンタが秘匿してきた配達道具と呼称される上級技術の一端だ。


 私の少ない知識で判断すると、旧世代の配達道具。しかし生体認証をどうやって突破したのか……サンタ協会から支援されているのか、それとも異端サンタの協力者がいるのか。重要なことだが、今はどちらでもいい。


 私がやらねばならないことに変更はない。それよりも考えないといけないのは、空間操作を戦闘に応用できるかだが、答えはどうせすぐに相手が教えてくれる。


 なら迷う余地はない。両脚に集中させておいたサンタ膂力を全開にして、地面を蹴ってキャロルとの距離を一気に詰める。


 蹴られた地面が抉れ上がる様を見ても、キャロルは表情一つ変えず、太腿から冷静にナイフを両手に二本ずつ取り出し、構える。


 そして二本を私に向かって真っ直ぐ、残りの二本はブーメランのように明後日の方角へ投擲する。


 ブレーキをかける選択肢はない。ナイフを空間転移する選択肢が相手にある以上、先延ばしは不利になるだけ。


 対策はナイフを掴みに行くこと。わざわざ投げているということは、転移させても勢いがつかないことの証明。掴んでしまえはそのナイフは攻撃に使えなくなる。


 私は最高速度に達した状態で、さらにもう一度床を蹴って、限界を超えた加速を加え、真正面から飛来するナイフを転移される前に二本とも掴む。


 斜め後ろから飛来するナイフの位置はサンタ聴覚で正確に捕らえている。配達道具を使った攻撃はサンタ第六感の感知から外れることが多いから、一秒先のナイフの座標はわからない。


 なら転移の選択肢は考えない。頭や心臓にさえ刺さらなければ、戦闘は継続できる。そしてこのままいけばキャロルとのインファイトに持ち込める。


 ただの人間とサンタの近接格闘は、基本的に成立しない。身体能力に差がありすぎるから。


「えいっ!」


 キャロルがわかりやすい掛け声と同時にリモコンを操作する。すると背後にあったはずのナイフが、目の前に出現する。直進すれば腹部と右肩に命中する軌道だ。


「シッ……!」


 右肩をナイフから逸らし、左手に持ったナイフで腹部に向かうナイフを切り落とす。


「うっぐっ……」

 だが回避は失敗した。痛みの感覚が、右膝の裏にナイフが深々と突き刺さったことを教えてくれる。私が紙一重で回避したナイフを空間転移させたようだ。


 膝の負傷によって重心をよろけさせた私は、空中で体を“転倒“させてしまう。


「まず一本!」


 ナイフを命中させたことに歓喜の声を上げるキャロル。その視線が一瞬私から外れる。明らかな緩みだ。私が“膝をやられた程度“で空中制御を失うはずがない。


 こんな簡単なブラフに引っかかるなんて大したことないのかもしれない。


 私はきりもみ回転しながらキャロルの右側に着地して、その回転の勢いのまま背後に回り込む。


「油断したね」


「してないよー!」


 斜めに落とした体制から、キャロルの脊髄めがけて右手に持ったナイフを突き刺す。しかしそこに勢いを持ったナイフが真上から転移してくる。私のナイフがわずかに逸れて、キャロルの左脇腹を掠める。


 こうすることを完全に読まれていた。


 読み違えた私と、読み通りのキャロルでは次の動作に移るまでの速度が違いすぎた。キャロルは体を九十度回転させ、私を正面から捉え、背中に向かって肘落としを放つ。


 視界の端で捉えたその動作に対してできた反応はベストではなかった。空中でうつ伏せになっているのを、仰向けになるよう回転させ、キャロルの攻撃に対してナイフの腹で受け止める。


「うっ……」


 ナイフにかかる異常な圧力。明らかに人間の範疇を超えた膂力……それは明らかにサンタのものだった。


「ルシアお姉ちゃんの方が、私をなめてたんだよー!」


 体が押し込まれる。この状況にサンタ第六感ではなく、生物としての本能が警戒を鳴らしている。


「やっ……ば……」


 予想通りキャロルが私の真下にナイフを転移させた。このまま押し込まれれば、背中に刺さる。


「刺さっちゃえ!」


「確かにそれが良さそう……ね!」


 キャロルの力に正面から対抗するのは、この体勢からでは厳しい。なら利用させて貰う。左手でキャロルの頭部を掴み、ロックする。それと同時に、キャロルの力への抵抗を止め、彼女が力を加える方向へと引っ張り、二人一緒に地面に倒れこませる。


「うっっ……」


「イいっっっ!!!」


 私の体内をナイフが貫通する。サンタ胆力なしではとても平静を保てない激しい痛み。だが私の計画通り、貫通したナイフは、そのままキャロルも貫いた。


「痛っ……!!!」


  私の真上でキャロルが痛みに喘いでいる。この状態からならマウントを取れる。そう確信し、キャロルを地面に押し倒すように回転を加えようとしたと同時に、キャロルは自分自身を離れた位置に転移させた。


「オエッ……ガハッッ……」


 キャロルが激しく吐血している。さっきカナンに対して転移を使用した時とは明らかに様子が違った。


 キャロルは転移によってダメージを負っていた。


 サンタの技術はプレゼント配達の補助を目的に造られていると聞いたことがある。つまり生物への行使は原則想定されていない。


 あくまで推測だが、生物を対象にするなら、時間をかけて転移させなければ、ダメージを与えてしまうのだろう。


「あははっっ……なかなかやるね……まさか死にかけちゃうなんて……」


 血を吐きながら笑っているキャロルを見据えながら、勝ってカナンを助けるために配達道具のメカニズムを推測する。


 転移する時はおそらく分子毎に位置座標が設定されるはずだ。だが転移のタイミングは同一ではなく、刹那の一瞬だが分子毎にズレる。それを補正する前に、キャロルは自身を転移させたのだろう。


 それは無機物や機械なら問題ないが、生物ならその刹那のズレが致命傷になる。内蔵や血液の転移が遅れ、今のキャロルのように身体が内側からズタズタになる。


 サンタ耐久力がなければ即死しかねないダメージ。


「キャロルちゃん……サンタだったのね……」


「半分正解。お母さんが異端サンタで、私はその娘。対サンタ戦はお母さんに教えられたの。生まれた時から懲罰部隊に追われてたから、極めたつもりだったんだけど……ただの下級サンタのルシアお姉ちゃんが、今まで出会った中で一番強いよ。どこでその強さを手に入れたのかなー?」


「ただの環境。ないと生き残れなかっただけ」


「まぁ……そんな物だよねー。私もそうだから」


 キャロルはふらつく体を起こし、私ともう一度向かい合う。


 私は膝に刺さったナイフを右手で引き抜いて、逆手に持ち替えながら、自分のダメージを確かめる。膝の傷はともかく、腹部に空いた穴からは出血が止まっていない。


 だけどそれはキャロルも同じ。それどころか、転移の影響で腹部からの出血は私よりも激しい。そのうえ体の内部まで傷付いているのだから、サンタであっても本来なら戦闘を継続できる状態ではないはずだ。


 徒党を組むことでしか生きていけない、情けないサンタたちとは比べ物にならないくらい根性がある。出会いが違えば、友達になれたかも。


「残念だなー。ルシアお姉ちゃんをオモチャにしたかったのに、そんな余裕ないかもね……」


 お互い血塗れで、サンタ衣装を着込んでるみたいになっている。もう一度激しく切り結べば、確実に決着がつく。


 キャロルは立っているのがやっとなのが見てわかるくらいなのに、笑顔を崩さない。自分が動かずに済む上に、戦闘向きな能力だから、ここまでダメージに差があっても余裕を持てている。


 距離を詰めなおさないといけない分、私の方が不利だ。

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