第5話 サンタと悪逆少女 その2

「もう、殺す気でやるから、なんとか生き残ってね!」


 もはや躊躇のなくなったキャロルは、同時に八本のナイフを投擲する。正面に四本、左右に二本ずつ。だがそれに大した意味がないのはわかっている。目に見えた位置など、次の瞬間には意味がなくなっているのだから


 さっきのやりとりで、転移の特性もおおよそ把握した。転移させる対象にかかった力はそのまま持続されるという予想は当たっていた。


 サンタ耐久力を突破するだけの攻撃力を持つには、同じくサンタが力を加えないといけない。つまりキャロルの持つナイフを使い果たさせてしまえば、ほとんど無力だ。


 持久戦に持ち込むことに決めた私は、あえてキャロルから距離を離そうと反対の壁に向かって走る。あのナイフには壁の内部に転移させ、そこを掘り進めるほどの威力はない。壁を背にしてさえおけば、ナイフの転移位置の把握がしやすくなる。


 だが思惑通りに運ばせてもらえるはずもなく、進行方向にナイフを三本転移させてくる。至近距離かつ進行方向からの攻撃だから、反応が間に合わず、二本は叩き落とせたが一本は右肩に刺さった。


 そのダメージを無視して、一直線に突き進む。壁まで一メートル。壁から生えてくるように現れた一本のナイフをスライディングで潜り抜け、そのままの勢いで壁を駆け上がる。


 視界の端にキャロルと更に追加で投げられた数十本のナイフが映る。幸運なことにキャロルの肢体に括り付けられていたナイフは尽きていた。


 二メートル壁を駆け登ったところで、サンタ膂力を全開にして抉るように壁を蹴り崩す。瓦礫の山が投擲されたナイフに向かうように計算して。


 だけどその試みが上手くいったかを確かめる猶予はない。キャロルが対応するよりも早く、もう一度壁を蹴って天井に向かって跳躍する。そしてその勢いのまま、ありったけの力を込めて天井に正拳突きを叩き込む。


 轟音とともに崩れる天井。予想通りここの天井にもサンタの感覚を阻害する砂利が含まれていた。そのせいで私の視界はほとんど零になる。でも悪いことばかりじゃない。キャロルもサンタの血を引いているなら、彼女も視界が奪われることになる。


 それを証明するように、ナイフが壁に当たる軽い金属音が次々と聞こえる。


 さて……ここからは私の読みが当たるかどうかだ。暗視ゴーグルはポケットに入っているが、それには頼らない。装着までに両腕がふさがる危険の方が高いし、視覚を取り戻したらどこかでそれに頼ってしまう。直感を鈍らせたくない。


 それに私には四階から一階まで感覚を削がれ、視覚に頼らず攻撃を捌いてきた経験がある。ほとんど視界がなくても、僅かな砂利の揺れは見える。ただひたすらそれだけに意識を集中させる……



 目の前の砂埃が微かに揺れる。


「これで終わり!」


 キャロルの声が、あらゆる方向から聞こえてきて、まるで音の牢獄にいるようだった。感覚が乱れすぎていて、幻覚の中にいるみたい。


 そんな中でも一つだけ信頼できる感覚が残っている。触覚だ。砂利を吸わずにいれば、触覚が正常に機能するのは確認済み。


 背中に切っ先が触れる感覚がした。その刹那に、バク転を決め、あっけにとられているキャロルの体に組みつく。


「うそっ……」


 キャロルは私の反応速度に声を漏らしている。私にとってもこれは賭けだった。反応がほんの一瞬以下でも遅れていたら、負けるのは私の方だった。


「なんだかんだで生け捕りにしてくるって、信じてたよ!」


 万全の状態で組み合えば勝負にもなっただろうが、虫の息のキャロルなど相手ではなかった。ほぼ無抵抗のキャロルの右肩を力尽くで外し、


「私も……キャロルちゃんが今までで一番手強かったよ」


 そのまま渾身の力でもって地面に叩き付ける。周囲にクレーターが出来る程の衝撃と共に、キャロルが血を吐き出す。その隙に、手に持っていたリモコンを奪い取る。


 ここまですればもう充分かな……

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