第3話 サンタらしからぬ救出作戦


 サンタになる前の私が、今の自分を見たらどう思うだろうか。ズタボロのソリを自分で引いて、ボロボロで燻んだ赤色のサンタ衣装に身を包み、寒さに震えながら、一般の歩道を歩く私を見たら、サンタになるのをためらってくれるだろうか。


 きっとこんな私を見ても、夢をまっすぐ追いかけてしまうんだろう。たとえ過去をやり直せたとしても、何度でもサンタとしての道を選ぶのだろう。私はバカだから。


 サンタは人目についてはいけない。そんなルールを堂々と破っても、サンタ協会から咎められないくらいに、みすぼらしいサンタ姿の私だけど、今日はいつもよりやる気があった。


「ここか」


 辿り着いた1件目の配達先はスラム街にあるアパート。ここは下級サンタの間でも度々噂に上がる危険な場所だ。


 周辺のマフィアの拠点にされていて、配達にやってきたサンタはそのまま帰らない。曰く付きのサンタ喰いの聖地。そして大切な後輩サンタであるカナンが行方不明になった場所でもある。


 わざわざこんな場所に配達へ行かされるのは、どの派閥にも属さない負け組サンタか、嫌われサンタのどちらかだ。私はその両方。カナンはそんな私と仲良くなったために、ここに送られたのだろう。


 正面切って嫌がらせしてくるなら少しは好感も抱けるのだが、配達実績だけはいい私の戦闘力を恐れて、監督サンタを抱き込んだり、私と仲のいい相手を過酷な配達先を押し付けたり。


 最終的には自分の手を汚さず、危険も犯さずに、私を消そうとしてきた。


 別にこんな低俗な嫌がらせに付き合う義理もない。だけど行方不明になって一年経が経過し、どれだけ探しても見つからなかったカナンの居場所を、たとえ罠だとしても教えられたら、望み薄だとしても救える可能性が少しでもあるなら、危険を冒さないわけにはいかない。


「こんなことなら街角で、サンタのバイトした方がまだサンタらしいな」 


 本物のサンタをやめて、サンタのコスプレをしながらチラシ配りでもしていたほうが、子どもたちの笑顔を分けて貰えるし、こんな危険な思いをしなくても、気の知れた仲間が作れると頭では理解している。


 それでもサンタを続けているのは、本物の称号にこだわり続ける自分がいるから。いつか本物のサンタになれるんじゃないかと、まだ夢見ている自分がいるから。


 悪い子に拉致された、サンタ仲間を救うために配達先に乗り込むなんて、サンタらしさのカケラもないことをして、本物のサンタと胸を張れるかは微妙だけど。


「そろそろ仕事しないとね」


 サンタ第六感を使わなくとも理解できるほどの悪意渦巻くアパートを前にしながら感傷に浸るのは終わりにして、突入計画でも立てよう。


 アパートの見取り図を用意したかったが、配達先の発表が“私だけなぜか”当日まで決まらないので、何も準備できていない。それが普通の私は、サンタ五感を鍛え上げ、建物内の風の流れと音の反響を感じることで、構造をある程度把握できるようになった。


 瞳を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。風と音の便りを耳で感じ取る。アパートがボロボロで穴だらけなのが幸いして、調査は一分とかからなかった。この先の配達と戦闘を考えて体力を温存したかったから、運が良かった。


 このアパートは四階建で、無理やり増築されたであろう屋根裏部屋が一階層分ある。


 でも妙なことに、私が知覚できる範囲には人の気配がほとんど存在していない。一階層につき二、三人だけ。新人サンタ狩りを想定しているのだとしても些か人手不足だ。おそらくサンタ知覚から逃れる術を心得ている相手がいるのだ。


「思ったより面倒なことになりそう」


 人数も罠の配置も不明な敵地に無策で乗り込まないといけない。幸せいっぱいのクリスマスには相応しくない初仕事になりそう。



 ※※※



 結局私は屋上の床を叩き壊して、屋根裏部屋から順番に攻略していくことにした。張り込みをして内部の様子を観察するのも悪くない手だが、生憎クリスマスのサンタには時間がない。サンタ能力と積み重ねた経験で手早く正面突破していかないと、配達シフトを遂行できない。


 その方針を後押しするように、配達相手であるキャロルにはサンタ懲罰部隊から抹殺指令が出ているような、サンタ公認の悪い子。それはプレゼントを配達する際に、余裕があれば捕縛してよい……つまり多少の破壊行為は許可されているということ。


 正攻法で敵の拠点を崩す時に重要なのは、とにかく不測の事態を避けること。サンタ戦を熟知して対策している相手であっても、物理的に不可能なことは起こりえない。最上階から順に攻略していけば、知覚不能な空間からの奇襲のリスクを最小限にできる。


 配達道具と呼ばれるサンタ工房が開発した“理を歪める“武器を使われていたなら何が起こってもおかしくないが、そんなごく一握りの最上級サンタしか使えない道具の存在を考慮するのは愚かだ。


「こんな風にプレゼント配ることになるなんて、小さい頃の私には言えないな」


 不満をこぼしながらサンタ膂力を込めた一撃を放ち、屋上の床を粉砕する。そして砂埃が立ち込める屋根裏へ、罠の存在を無視して一気に突入する。



 足元から瓦礫の下敷きになった人の声がする。その一人を含めて、聞き分けられる範囲で六人の呼吸音……やはり偵察した時よりも数が多い。予想通りサンタ戦を熟知した相手がいる。


 その瞬間背後から長剣が振り下ろされる未来を、サンタ第六感が察知する。その感覚に身を委ね身体を半身にし、予測通りに振り下ろされた刃を躱し、相手の顔があると思われる位置にアッパーを叩き込む。


 死なない程度に加減したとはいえ、骨にヒビが入る嫌な感触が伝わってくる。だが今の視野が保たれていない状況では、触覚だけが頼りだ。どうやら天井裏にサンタの視覚を奪う特殊な砂利を仕込んでいたらしく、今の私はほとんど盲人と同じだった。


「痛っ……!?」


 アッパーで打ち上げた相手が天井を貫通する音と同時に、左膝に走る痛み。


 覚束ない視界の奥に映る、暗視ゴーグルをつけ屈んだ姿勢の女の姿。右手には私に刺さったナイフが、左手には種類の特定まではできないが、拳銃が握られていて、私の眉間をしっかりと捉えている。


 武装した人間相手に傷を負わされたことに歯噛みしつつ、女が発砲したと同時に、サンタ瞬発力でそれを避けつつ、相手の腹部に殴打を入れて手早く制圧する。


 今の流れで、五感どころか六感に至るまで、信用が置けない状況に置かれていることが分かった以上、じっとはしていられない。膝に刺さったナイフを右手で引き抜き、背後から襲いかかる刺突に、自分のナイフの突きを合わせる。


 サンタの凄まじい筋力で圧勝した私のナイフが、一方的に相手の武器を粉砕する。


 サンタの攻撃力に面食らう相手の顎に膝蹴り仕掛けつつ、その勢いで相手を飛び越える。


 その動作の最中に奪った暗視ゴーグルで、あたりの状況を確認する。距離を取った場所にあと三人。


 位置を正確に捉えた私は、サンタ基準で軽く床を蹴り、打ち上がった床の破片を三つ指の間に挟んで、投げナイフのようにして勢いよく目の前の三人へ投げつける。


 亜音速で飛来する物体を、ただの人間が避けられるはずもなく、一投で三人を戦闘不能に追い込めたことに胸をなでおろす。


 サンタ対策をした相手との戦闘経験はあったが、サンタ知覚まで封じられたのは初めての経験だった。膝の傷一つで済んでよかった。


「噂通りの実力で安心したよー、ルシアお姉ちゃん。これから私のものになるなんて、ドキドキしちゃうなー」


 ひと息つこうと思ったのも束の間、足元に落ちている無線機から、悪意に満ちた女の子の声がした。相手が誰かなのかは状況的に明らかだった。


「あなたがキャロルちゃん?」


「そうだよー。サンタさんに名前を知られてるってことは、さすがに悪いことしすぎたみたいだねー」


 私の予想通り無線の相手は配達先の女の子だった。それもただの子どもではない。サンタ戦のセオリーを知っている、とびきりの悪い子。


「私はただプレゼントを届けにきただけなの。素直に受け取ってくれないかな?」


「サンタ協会が私たちみたいな“価値のない子”に何をくれるかくらい知ってるんだよ。良い子も悪い子も同じくらい酷い物だって。だったら悪い子になってでも、いいプレゼントが欲しいの。私、サンタさんが好きなの。クリスマスだけじゃなくて、一年ずっと一緒にいたいくらい」


 キャロルの物言いから察するに、配達にきたサンタを監禁している。最悪なことにそれを隠す気もない。彼女には勝つ自信がある。それは幼さゆえのおごりなどではないことは感覚でわかる。


 私だって何度も捕まりそうになった。それでも大半は大した実力のない者ばかり。だけどこの子は違う。


「……カナンってサンタを知ってるかな?」


「もちろん。去年私のところに来てくれた優しいサンタさん。ルシアお姉ちゃんが助けに来てくれるってずっと信じてる」


「……一つ忠告しておく。いますぐ捕まえてるサンタを解放して、素直にプレゼントを受け取って。そしたら幸せなクリスマスを送れる」


「ルシアお姉ちゃんとは、幸せの定義が食い違ってるよ。私みたいなこういう世界でしか生きられない悪い子には、退路なんてないの。サンタさんか、悪い子、そのどっちかが不幸になるしかないんだよー」


 キャロルの口調は明るいものだ。だがそこに込められている感情は、十歳の少女が背負うにはあまりに重く、暗かった。


 スラムに住む子どもたちがどんな境遇かくらい、私だって知っている。サンタなのだから救ってあげたい。だけどどうにもならない。そんなことをする経済力も、力もない。


 だからといってカナンを“クリスマスプレゼント“として差し出すわけにはいかない。キャロルはサンタとして救わないといけない子なのはわかっているけど、許せることと許せないことがある。


「こんな目にあってるんだから、私のクリスマスは十分不幸なんだけど。わざわざキャロルちゃんまで不幸になるのは不毛だと思うよ?」


「サンタの世界なんて元から不毛だって知ってるよ。地下室でルシアお姉ちゃんの戦いを見ながら待てるねー」


 キャロルは最後まで挑発的な態度を崩さないまま、一方的に通話を打ち切ってきた。


 厄介なことになった。どうやって地下への道を切り開くかもだが、キャロルはここに私が来るよう手を打っていたことは明らかだ。ただの人間相手でも、万全の状態を整えられていたら、絶対勝てる保証はない。


 ここを立ち去ることはいまならできるだろう。だが囚われたカナンがいると言われれば、救えるかもしれないなら、尻尾を巻いて逃げ出すのは、サンタの道に反する。


「年に一度だからって、張り切るのは今年で最後にしよう」


 そう固く誓いながら、天井を破壊して、四階へ突入する。

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