第55話 いやでも悟る

 『空飛ぶ虎』は大通りに面した四階建ての宿で、白い石造りの華のある外装と上品な内装が印象的だった。


 ケントが金剛級の認識票を提示してもスタッフは騒がず驚かず、ていねいに四階の部屋に案内してくれた。


「うっひゃー」


 とレキが感嘆の声をあげる。


 大きなベッドが二つ並んでいるほか、三人掛けのソファーが二脚設置されているし、照明器具もすこし豪華だった。


 頑丈そうな金庫も備え付けられていて、ケントとしてはおおむね満足である。


(日本でもけっこう値段がしそうな部屋ではあるな)


 と納得した。


「シロちゃんのベッドがないな」


 レキが言うとシロはきょとんとする。


「マスターと一緒に眠るだけだから平気だよ?」


「まあそうなるな」


 ケントも同意した。


「レキだとシロが寝返りを打っただけで大けがしそうだ」


「あ、なるほど」


 彼の考えを知ってレキも納得する。


「その場合、俺って死ぬ可能性もあるんじゃないかな?」


 そしておそろしい未来を予想し、一人顔をひきつらせた。


「だからシロとは離したほうが安心だろ? 俺なら平気だからな」


 とケントは話す。

 

「マスターを蹴ったりしたら、私が死にそうですよね」


 シロはニコニコ笑いながら言う。


「死にはしないだろうが、骨折くらいはあるかもしれない」


 ケントは答える。


「お、おう……」


 レキの顔がさらに引きつったが、気を取り直して彼に問いかけた。


「このあとの予定はどうするんだ? さすがに夜は休むんだろ?」


「ひと晩くらい休まなくても平気なんだが、さすがに昇格したてじゃ仕事がなさそうだからな」


 とケントは仕方がないという顔で応じる。


「私はご飯が食べられるなら平気ですよー」


 シロは休みはどっちでもいいという様子だった。


「あ、そうなんだ」


 レキはこの主従の規格外なズレっぷりを甘く見ていたと、いやでも悟る。


 それでもこれからの付き合いを考えれば、今から慣れておいたほうがよいと前向きに考えた。


「じゃあ晩飯を楽しみにしようぜ」


 とレキは言って手を叩きながら荷物を置く。


「金庫だけど、俺が使ってもいいか?」


「ああ。俺は収納運搬手段を持ってるから、金庫は必要ない。好きに使ってくれ」


 彼の問いにケントは答える。


「収納運搬手段……金剛級なら持っているって話には聞いたことあるぜ。ストレージってスキルなんだろ?」


「そうだ」


 レキの言葉にケントはうなずく。


(もっともただのストレージは一番ランクが下で、収納できる数もすくないんだが)


 ストレージ、ミドルストレージ、ハイストレージ、インフィニットストレージの四種類だが、言わないほうがいいだろうなと彼は判断する。


 これ以上レキの心に負荷をかけるのは本意ではない。


 いたずらに情報を隠すつもりはないのだが、言わなくても問題なさそうなことはあえて言わないほうがよさそうだ。


「うん?」


 シロは変に思ったらしく声を出したが、ケントが視線で制止すると口を動かすのを止める。


「晩ごはんか。こういう宿の料理は食べたことがないから楽しみだな」


 とケントはレキの意識をそらす。


「そうなのか? 実は俺もなんだよ」


 レキはすかさず食いつく。


「家も師匠も平凡だったからな。高級宿や高級店とは無縁なのさ」


 そして自嘲気味に説明をつけ加える。


「へえ。じゃあ料理を食べて味や技法を盗んでパワーアップってできるかな」


 とケントは期待を込めて言う。


「そんな簡単にはいかねえよ」

 

 レキは無責任な素人考えに怒らず苦笑する。


「何となく見当はつけられるけどよ。微調整が難しいんだ。食べただけじゃわからないものだってあるしな」


「そうなんだ。好き勝手言って申し訳ない」


 ケントは頭を下げて謝った。


「まあ知らないんじゃ無理ないし、気にするなよ」


 とレキは笑って許す。

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