第54話 新しい宿

「今日のところは顔合わせだけだ。また何かあれば連絡することを許してもらいたいのだが」


 とザラックは話しかける。


「それはもちろん」


 めんどうでもハンター組合長とは仲良くしておくべきだろうと考え、ケントは愛想笑いを浮かべて承知した。


(金剛級を紹介してもらったり、さらに上のランクへの行き方を教えてもらったりできるかもしれないからな)


 と期待したからである。


 この世界でのコネも伝手も何も持たない彼としては、ザラックが一人目になってくれるとうれしい。


 ケントの返事に満足したザラックの視線が、レキへと移る。


「こちらの男性はケント殿の新しい仲間かな?」


「樹海付近で知り合った旅のコックです」


 とケントは言う。

 具体的な事情は何も知らないので、知っていることだけを明かしたのだ。


「コック……??」


 ザラックははっきりと困惑を浮かべる。

 何がどうして旅のコックが仲間になったのか言わんばかりだ。


 もっとも、彼にかぎったことではなく、レキの正体を知った組合職員とハンターたちはみんな、彼と同じような表情である。


「まあ、驚かれますよね」

 

 とレキは納得した顔で右頬をぽりぽりとかく。

 彼自身、痛いほど気持ちは理解できる。


 彼に言わせればケントの考えはよくわからないし、率直に言うと感覚がズレすぎだった。


「いや、犯罪者以外は誰をパーティに入れようがケント殿の自由なんだが……まさかコックとは」


 ザラックはまだショックから立ち直れない様子でつぶやく。


「美味い飯を食わせてくれるコックより、優先度が高い仲間はちょっと思いつかなかったんですよ。乗り物ならすでにいるし」


 とケントは説明した。


「乗り物でーす」


 シロは気にせず明るく手をあげて応える。


「乗り物扱いされて平気なのか。いや、ホワイトバードなんだから当然なのか」


 ザラックは一瞬目を見開いたものの、今回はすんなりと受け入れた。

 

「ところで彼が泊まれる宿を探してもらいたいのですが……金剛級の宿ってありますか?」


 ケントはそうたずねる。


「あるはずだ。値段は高いがその分質がいいが、そのせいで満室になることがすくない宿がな」


 ザラックは即答し、


「『空飛ぶ虎』を紹介するといいだろう」


 と受付嬢に指示を出して奥へ姿を消す。

 組合長の仕事にでも戻ったのだろう。


「『空飛ぶ虎』という宿があるんですか?」


 ケントの質問に受付嬢はこくりとうなずく。


「はい。一人当たり一泊銀貨三枚必要になりますが、個室ですし鍵もしっかりしていますし、金庫もあります。食事もついていますしね」


 彼女の説明を聞いただけだと、ケントはそこまで魅力に感じなかった。

 

(銀貨三枚なら、おそらく一泊三万円なんだろうけど……ただ、世界が違えば感覚やサービスが違うのは当たり前かもしれない)


 また一つこちらの常識を学ぶチャンスを得た考えればいい、と彼は受け止める。


「そうなんですね。じゃあそこにするか」


 とケントはレキに話しかけた。


「ちょっと待ってくれ。一泊銀貨三枚なんて、俺には払えないぞ。大銅貨三枚くらいがせいぜいだ」


 レキはあわてて反対する。


「うん? 俺に雇われるって話だっただろう?」


 とケントは言った。


「そりゃそうだが……」


レキはとっさにいい切り返しを思いつけず言いよどむ。


「コカトリスの討伐報酬を受け取ったばかりであったかいから、気にするな」


 ケントはさらに言葉を重ねる。


「マスターがいいならかまわないのでは? あなた、料理の腕はよくても甲斐性はなさそうだし」


 今まで黙っていたシロが口をはさむ。


「ぐう……」


 中身はモンスターとは言え、見た目が美少女に「甲斐性なし」と言われたレキは堪えたらしくうなる。


「決まりだな」


 ケントはすこし強引に押し切った。

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