第56話 気まずい
ケントたちは夜、食堂に行って部屋のカギをスタッフに見せると、四人掛けのテーブルに案内された。
(前世のレストランみたいな内装なんだな……写真で見たことがあるだけだが)
とケントは思う。
席料や個室料金をとれるような店に、入れるような身分ではなかったのだ。
「? ケントはこういう宿にはあまり来たことがないのか?」
レキは怪訝そうに聞く。
「ああ。わかりやすいか?」
隠すつもりはないのでケントは正直にうなずく。
「そりゃそれだけ珍しそうにきょろきょろしていればな」
レキの返事はもっともだった。
「こういうところは何気に初めてだな」
「へえ。相当自分を追い込んだ生活をしてたのか」
ケントの答えに彼は驚き、感心する。
(何か勘違いされたな)
とケントは気づいたものの、同時に訂正の難しさを感じた。
(それに追い込まれた暮らしをしていたのは、間違いないもんな)
追い込まれる種類が違うだけで。
「そんなところだ」
ケントは肯定しておくことにした。
「だからそれだけ強くなったのか……水滴も時としては岩を穿つと師匠から教わったが」
レキは勘違いを補強されて、圧倒されたような視線を彼に向ける。
(き、気まずい)
ケントは何だか悪いことをしたような気分になった。
「マスター、私が出会った中でもダントツで最強ですよ。今まで私より強いのってお母さんくらいだったのですが」
と彼の右横に座ったシロが話す。
「ああ、ホワイトバードは基本的にメスのほうが強いらしいもんな」
ケントは納得する。
「え、君よりお母さんのほうが強いのか?」
レキはぎょっとしてシロを見つめた。
「うん。と言っても今だとわからないよ。いい勝負できるかも」
「そっか」
ケントとレキの反応は大きく違う。
ケントにとって母親が子どもより強いというのは情報として知っているし、彼から見れば誤差でしかない。
レキにとってシロと同等以上の個体がいるというのは脅威そのものだった。
「お待たせしました」
会話が途切れたところで若い女性スタッフが笑顔でやってくる。
「本日のお料理のメインはホロホロですが、よろしいですか?」
「ホロホロかぁ。さすがだな」
レキは感心しながら首を縦に振った。
「はい」
シロは食べられるなら何でもいいという勢いで返事をする。
(ホロホロってたしか鳥獣にいたような)
とケントは思い出す。
ホロホロはモンスターではないのだが、モンスターと共生関係にあるので意外と狩猟が難しいという設定だった。
当然仕入れるためには腕のいいハンターが必要になるだろう。
つまり高級店以外で食べるのが難しい高級食材というわけだ。
「この辺でホロホロがとれるのか?」
とケントはレキに聞く。
「らしいな。俺一人じゃ手に負えないから、詳しくは調べていないんだ」
彼は困った顔をして女性スタッフに視線を向ける。
助けを求められたと解釈した彼女は、にこやかな顔でケントに説明をおこなう。
「ホロホロはこの都市からすこし離れた西部の森に群れがおり、マイコニドやロートスと共生関係を営んでいるのです」
「どっちも面倒なモンスターですね」
とケントは答える。
マイコニドはキノコタイプのモンスターで、麻痺効果のある胞子を飛ばして菌床他の生物にしてしまう。
ホロホロはマイコニドが行けない場所に胞子を運ぶかわり、マイコニドはホロホロを狙う生物に胞子で攻撃して守っている。
(なぜホロホロは胞子で攻撃されないのか、今のところ謎に包まれている。そんな設定だったか)
ケントは激震撃神の設定を思い出す。
「お客様は金剛級に昇格なさったケント様ですよね? ホロホロは状態や大きさに応じて銀貨一枚から二枚で引き取っていますよ」
と女性スタッフは笑顔で言う。
「いい小遣い稼ぎになりそうですね」
善意と営業の両方だと解釈し、ケントは営業スマイルで対応する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます