旅商人タンドン

「渡す紙には依頼主の名前と合流場所が書いてあるんですが、ケントさんはこの大陸の共通語は読めないんですよね」


「ええ、まあ」


 ケントがうなずくと受付男性は申し訳なさそうに言う。


「依頼主は旅商人のタンドンさんで、待ち合わせ場所は噴水を北に進んだオレンジ色の屋根の武器屋の前になります」


「ありがとうございます」


 彼は礼を言うとシロを連れて外に出る。

 

「ええっと」


 ケントが迷いながら進んでいくと、シロが呼び止めた。


「マスター、そっちは東だと思いますが」


 足を止めて振り返った彼に彼女は指で正しい位置を示す。


「北はあちらです」


「シロがシモベになってくれて本当に良かったと思うよ」


 ケントは本気で言った。


 鳥型モンスターだからなのか、それとも彼女自身の特徴なのか、方向感覚に強いのは彼にとって大助かりである。


「誰にでも弱点はあるものですね」


 シロは意外そうにつぶやいた。


「そりゃ俺も人間……ヒューマンだからな」


 とケントは答える。

 この世界では人間をヒューマンと呼ぶらしいので、順応しようと言いかえた。


「己の弱点を素直に認めるあたり、マスターは私が見聞きしたヒューマンとちょっと違うような」


「まあそうだろうな」


 とケントはシロの疑惑を肯定する。


 そもそもこの世界の生き物ではないのだから、違っていて当たり前なのだと彼は思う。


 まっすぐ通りを歩いていると、オレンジ色の屋根の建物が右手側に見えて来て、その前に三人の男性が立っている。


 うち一人はなかなか高そうな服を着て、マントをはおった茶髪の男性だ。

 年齢は三十歳くらいで少し神経質そうなキツネ顔をしている。


 残り二人は安っぽい革の鎧にショートソードと弓で武装しているので、彼らが護衛のハンターだろう。


 外見から推測年齢は十六歳から十八歳くらいだろうか。


「すみません、旅商人のタンドンさんはいらっしゃいますか?」


 ケントが話しかけると、


「私ですが」


 と三十歳くらいのマントをはおった茶髪の男性が驚いた顔で答える。


「ルーゼスまでの護衛の依頼を受けたのですが」


「あなたがですか?」


 彼の申し出にタンドンは怪訝そうに彼の全身を見回す。


 《忍神》ケントは金髪に緑色の瞳をしているが、これだけならこの町でも珍しくはない。


 だが、彼の装備は明らかに上等で高そうなものが多く、旅商人であるタンドンにはひと目で違いに気づいた。


「失礼ですが、私は黒鉄の方に依頼を出したのですよ。あなたのような人にはとても報酬を払う余裕がないのですが、何かの間違いではありませんか?」


 ケントの気のせいでなければ若干腰が引けている。


 お金がないから低ランクのハンターを呼んだのに、高ランクハンターが来てしまったと勘違いしているのだろう。


「いえ、私は本日ハンター組合に登録した黒鉄ランクですよ」


 ケントは言ってから黒鉄の認識票を取り出して提示する。


「ほ、本当に黒鉄ランクなんですね……何かの間違いではなく?」


 タンドンは何とか事態を理解しようと必死になっていた。


 先に来ていたハンター二人はぽかんとして口を大きく開けているだけで、何も発言しない。


「ええ。事情があってこっちに初めてやってきたので」


 通用するかどうか少し不安を抱えながら、ケントは「別大陸からやってきた」設定を持ち出す。


「ああ、なるほど。大陸を超えたらどの組合の認識証も初期化されると聞いた覚えはあります」


 タンドンは彼が予想していたよりも意外とあっさりと受け入れる。


「こちらでも実績を作るために、ハンター組合に?」


「ええ、まあそんなところです」


 柔和な笑顔と一緒に放たれた問いにケントはうなずく。

 

「じゃあ私は運がいいのですね。あなたのような方と今のうちに知り合うことができて」


 タンドンはうれしそうにニコニコする。

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