異世界生活を楽しみたい

 ケントは無事に依頼を終えて組合から銀貨二枚の報酬を受け取る。


(こちらの世界の通貨、ゲットか)


 少しだけ感慨深く思っていると、受付の男性がたずねてきた。


「もしよろしければ他に何か仕事をこなされますか?」


「もう一件受けてもいいのですか?」


 たしかにケントはホワイトバードに乗って荷物を抱えて移動しただけなので、まだ余裕はたっぷりある。


「ええ。特に一日あたりの制約はありません。もちろん本人の仕事量を考慮しなければなりませんが、ケントさんなら問題ないでしょう」


 受付男性の視線はちらりとシロへと向けられた。


 ホワイトバードを従えられるケントなら平気だと、彼は考えていることがうかがえる。


「ではありがたく」


 ケントは答えてから問いかけた。


「ところで上のランク、赤鉄でしたっけ? あがるまでどれくらいの依頼をこなす必要がるのですか?」


 ジョーがいるなら彼に聞けばいいのだが、さすがに組合にずっととどまっているわけにはいかなかったらしい。


「だいたい五件ですね。モンスターの討伐も必要になるのですが、ケントさんの場合はなくても問題ないでしょう」


 受付男性は答えながら再びシロをちらりと見る。

 

(彼女の存在が戦闘力を証明しているということだろうか)


 とケントは解釈した。

 

「じゃあ赤鉄になるのをひとまず目指すか」


 つぶやくと受付男性がそっと頭を下げる。


「何しろ例外は認めていけないのが組合の規則ですから。ご理解いただけて感謝いたします」


「いえいえ」


 ケントは手と首を振って彼の詫びを受け入れた。


 強さ以外にも要求される仕事があるなら、強さ以外不明の人間に安心して任せることは難しい。


 どれだけ強かろうと経験を積ませないとランクアップさせないのは正しい、とケントは思うのだった。


「まあ一応一気にランクをあげる手段はあるのですが……」


 受付男性は小声で言ってから語尾をにごす。


「やめておきましょう」


 とケントは言った。

 彼としては生活に困りさえしなければ、しばらくの間は他に何も望まない。


 せっかくだからのんびり異世界生活を楽しもうかと思ってすらいる。

 

(そのためには変なフラグを立てたくはない。考えすぎかもしれないが)


 フラグ云々がこちらの世界に作用するのかわかっていないのに、神経質になる必要があるのだろうか。


 ケント自身ばかばかしい気がするのだが、とりあえず楽しみを優先させるのは悪いことではないだろう。


「そうですか。では他のお仕事ですが、本日紹介できるものは薬草つみと護衛なのですが」


 受付男性が話を戻す。

 

「先ほど出ていた二件ですか?」


 ジョーが読み上げてくれた内容を覚えていたので、ケントは確認のために問いかける。


「ええ。黒鉄の依頼は毎日少しずつ入ってくるというのが、この組合の現状ですね」


 受付男性は心苦しそうに肯定した。


「そうなんですか」


 黒鉄ランクの者たちは生計が立てられるのかなと疑問を抱く。


 もっとも彼に解決手段なんて思いつけそうにもないので、仕事の話をすることにした。


「護衛とはどこまで行くのですか?」


 ケントの問いに受付男性は答える。


「ここから北にあるルーゼスという町ですね」


「黒鉄ランクで護衛が務まるものなのですか?」


 もう少し強い者のほうが、護衛される商人だって安心するのではないかとケントは思うのだった。


「近場ですし、この付近に盗賊はいません。低ランクのモンスターは、ヒューマンの数が多いだけで警戒して寄ってこないですから」


 と受付男性は説明する。


「魔除けや獣除けのお守りがわりということですか」


 相手の強さがわからず数で判断するモンスター相手なら、黒鉄ランクでも役に立てるということらしい。


「ではその依頼を受けましょう」


「かしこまりました。手続きをしておきますね。報酬は前金で銀貨一枚、成功報酬が銀貨二枚です」


 と受付男性は言って銀貨一枚を払ってくれる、さらに紙を渡してくれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る