第39話 父の背中


「 母さん、父さん。

行ってきます。 」


ある若い男性がお墓参りを済ませて帰ろうとしていた。

それを怪しい影が遠くから見ている。

小さな男の子だった。


( あいつ…… 凄い良いスーツ着てる。

絶対金持ってる。 よしっ!

あいつに決めた。 )


その小学生くらいの男の子はゆっくりと近付いて来る。

そして若い男性とぶつかる。


ドンッ!!


「 あっすみませんでしたぁーーっ! 」


少年はぶつかって謝り、速攻で逃げるように走しって行った。


ぐいっ!!


その少年が逃げようとしたが、服の襟を捕まれて持ち上げられてしまう。


「 よっと! 」


「 うわぁっ!! 何するんだよ! 」


少年は暴れて慌てまくる。

見知らぬ男性に捕まれたら誰でも怖いだろう。


「 何するもないだろ?

おじさんの財布盗ったろ?

さぁ、返すんだ。 」


少年はわざとぶつかり、男性から財布を盗もうとしたのだ。

少年はバレてしまい逃げようとする。


「 うるさい、うるさいっ!

放してくれ。 もうしないから! 」


暴れても大人の力の前では無力だ。


「 悪ガキめ!

警察に突き出してやるか…… 。 」


すると少年は急におとなしくなり、ゆっくりと話し始める。


「 それだけは…… お願い…… 。

もう絶対やらないから許して。 」


さっきまでの勢いは失くなり、おとなしくなって怯えてしまう。

警察と言う言葉がとても怖かったのか?


「 よいしょっと! 盗もうとした訳を話して?

そしたら警察には言わないからさ。 」


そう言いニッコリ笑う。

少年も反省したのか大分落ち着き、財布を返してからベンチに座り訳を話す。

若い男性は気を使って、飲み物を買ってきて飲みながら話す事に…… 。


「 俺ん家…… 今、お父さん働いてないの。

だからどうしても力になりたかったんだ…… 。

ごめんなさい…… 。 」


少年の名前は石田一郎いしだいちろう

お父さんの為に何か出来ないか?

と思ってやった出来心だったのだ。

若い男性はその話を聞き終わり、立ち上がる。


「 一郎。 お前の家に案内しておくれ?

俺がお父さんに話ししてやるよ。 」


「 えっ? お父さん今…… 大変だから。 」


一郎が止めても若い男性は家まで連いて行ってた。


家は集合団地。 老朽化が進んだ古い団地。

見るからに色々と訳ありな人達が住んでそうな雰囲気だ。

一郎は恥ずかしそうにしている。


「 よっしゃ!

一郎は茶ぐらい出してくれるだろ? 」


「 …… うん。 」


中に入ると玄関から散らかっていて、掃除も行き届いていない状態。

弁当の空箱にカップ麺のゴミ…… 。

仕分けせずにゴミ袋に入っている。


「 このゴミは一郎が入れたのか? 」


「 …… うん。 お父さん大変だから。 」


一郎は口癖のように何度もそう言う。

家には父親の姿はなかった。

一郎は安心した表情をする。


「 一郎。 学校はどうしてんだ?

今日は休みじゃないだろ? 」


一郎は言いにくそうにしている。


「 給食費払えないから行かないの。

お父さん頑張ったら行くから良いの。

仕事するまで我慢するんだ! 」


その表情は子供ならではの、カラ元気にしか見えなかった。


ガラガラーーっ!


「 帰ったぞぉー。 酒買ってきた。 」


父親が帰って来た。

一郎は慌てて若い男性にひそひそ声で。


「 絶対にさっきの事内緒にして?

お父さん困らせたくないから…… 。 」


必死に隠す姿は可哀想で仕方がない。


「 ん? 誰だあんた?? 」


父親は若い男性を見るなりキツイ眼差しを向ける。


「 嫌々…… 急にごめんなさい。

私は一郎君の友達でして。

お邪魔させてもらってます。 」


「 んだとぉ? 一郎!

勝手にこんな奴上げんなよ!! 」


急に豹変して声を出して来る。

一郎はビクッ! として怯えてしまう。


「 お父さん。 一郎君を責めないで下さい。

私が無理を言ってしまったので…… 。

すみません。

申し遅れました。 私の名前は……

吉田 明と申します。」


若い男性の正体…… それは見違えるくらいに成長した明だったのだ。


「 吉田明?? 知らねぇよ。

早く帰ってくれねぇか? 」


明は家の中を見渡す。

機械の本や軍手や機械系の仕事が物語っていた。


「 話は変わりますが、お仕事はどうなさっていますか? 」


「 関係ないだろっ!?

早く出ていけよ!! 」


父親は激怒してしまう。

仕事を辞めている人が何より言われたくない言葉。


「 お父さんは…… 技術職の人ですか? 」


「 あん!? 何で分かるんだよ! 」


明は家の中や外見だけで直ぐに分かっていた。


「 家の中の雑誌やあなたの手は技術者の手でしたのでね。 」


その手は油で汚れ黒ずんでいた。


「 こんな手…… 。 一生懸命尽くしてこれだ!

海外の方が人件費安いから、機械はどんどん海外で作っていやがる。

そしていらなくなった俺みたいな無能のおっさんは、直ぐにお払い箱なんだよ。

手は汚れて飲食店では絶対に雇われない。

汚ならしいからな! 」


一郎のお父さんは痛みをぶつけて来た。

悲しい現実で受け入れられないのだ。


「 お父さん…… それが今の悲しい現実です。

だからと言って会社を恨まないで下さい。

あなたにはこれまでに培った技術がある。

それは立派な財産なんです。 」


一郎のお父さんは適当に流して酒を飲み始める。

奥さんは旦那さんが仕事をクビになってから、事

故で亡くなってしまっていた…… 。

立て続けに悲劇が重なっていた。


「 もうどうでも良いんだよ!!

いつ死んでもいいしな。

もう未練も何もねぇからな。 」


「 お父さん! そんな事言わないでくれよ。

俺も協力するから。 ねっ? 」


必死に一郎は抱きつきながら説得している。

この話は今に始まった事ではないのが良く分かった。

明は黙って見ていた。


「 良ければ…… 機械関係強ければ、仕事があるんですけどやりませんか?

部品製造やその他色々あります。

技術者は大歓迎ですので! 」


「 えっ…… いきなりなんだよ。 」


一郎のお父さんは驚きが隠せない。


「 海外の人件費より高いかも知れません…… 。

でも質には何処の国にも負けない!

そう思いませんか?

一緒に頑張りませんか? 」


一郎のお父さんはその言葉一つに、少し救われた気持ちになっていた。


「 俺なんて全然…… チャンスさえあれば働けます!

なので…… 宜しくお願いします!! 」


一郎のお父さんは必死に頭を下げた。

一郎も一緒に頭を下げる。


「 顔を上げて下さい。 一郎も。

車がそろそろ来るのでそれで会社に行きましょ。

チャンスは与えただけでこれからは、あなたの頑張り次第です。

感謝は頑張れたらにして下さい。 」


そして車が到着する。

デカいリムジンだった。


「 明っ! もう会議始まってるわよ。

何してたのよ! 」


変わらず美しい千鶴さん。

明の秘書として働くようだった。


「 うん。 色々あってね…… 。

一郎君とお父さんも会社に行くから宜しくね。 」


「 はぁっ!? 」


急な事に驚く千鶴さん。


「 あのぉ…… 明さんは一体何処の会社で働いているですか? 」


「 あっ! まだ言ってませんでしたね。

九条コーポレーションです。 」


一郎のお父さんは腰を抜かす。

一流企業がまさか自分を雇うなんて、夢のような話だった。


「 九条コーポレーション!?

あなたは一体…… 。 」


明はネクタイを整えて。


「 今日から社長になる、吉田明です。

お見知り置きを! 」


仰天発言に一郎のお父さんは目を丸くしてしまう。

そして今までの無礼な行動を謝罪する。


「 本当に数々の無礼を……

本当にすみませんでした。 」


「 いえいえ。 千鶴さん。

一郎を車に乗せて下さい。 」


千鶴は仕方なく言うことを聞いて車に乗せる。


「 お金が入り用ならこちらが貸すので、給料が入ったら少しずつ返して下さい。

期待してますよ。 」


「 本当に…… 何てお礼を言ったら良いか。 」


申し訳なさでいっぱいになる。

嬉しくなりヘラヘラしてしまう。


「 じゃあ一つだけ言っても良いですか? 」


明は一郎のお父さんの胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。


ドンッ!!


凄い力で押し付けて、音が鳴ってしまう。


「 子供の前でダサい事すんな!

子供に当たってんじゃねぇよ!

簡単に死ぬなんて口が裂けても言うな。

お前の命はお前だけのじゃないんだ。

子供が産まれた瞬間から、子供の命もお前の責任になんだよ。

言い訳ばっかりすんな!

子供はな…… お父さんの背中見てんだよ。

どんなにダサくてもいい。

必死に汗水流して働けよ。

一郎君はお父さんが大好きなんだよ。

この部屋見てみろよ? 」


怒りが貯まって爆発してしまう。

人の命は無限ではない…… 。

生きたくても生きれない人は沢山居る。

子供の為にも絶対に口にしてはならない。

明は死と言う言葉の重さを凄い重く考えるように成長していた。


一郎のお父さんは言葉をちゃんと受け止め、部屋を見渡してみる。

適当に生きていて気付かなかった…… 。

服はヨレヨレで干してあったり、ゴミの仕分けが分からないから必死にメモを取ったりしている。

キッチンを見ると、下手くそながらも必死に玉子焼きを作ろうとした残骸も…… 。


( あいつ…… 俺の為に…… 玉子焼きなんて作れる訳ねぇだろう。

ごめん…… ごめん。 )


一郎のお父さんは玉子焼きが大好き。

奥さんは良く朝に出してくれて、美味しそうに食べているのを覚えていたのだ。

元気になってもらいたい…… その優しさが痛く伝わってきた。


「 一郎…… ごめん。 ごめんな。

こんな情けない親で。 」


泣きながら崩れ落ちる。

明はしゃがみながら語りかける。


「 ならこれから直せばいい。

たった二人の親子なんだから…… 。

必死に働いて美味いもんでも食べて下さい。

偉そうな事沢山言ってごめんなさい。

一郎君に泣いてる顔見せないで。

さぁ! 会社に行きましょ。 」


明は大きく大きく成長していた。

父さんのようになりたい…… 。

そう思う気持ちがそうさせたのかもしれない。

一郎のお父さんは必死に感謝をして、車に乗り一緒に会社へ向かうのだった。

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