第36話 二人三脚


病院に入り急いで病室へ走る。

走ってる途中、明は急に立ち止まってしまう。


「 やぁ。 吉田君。 」


「 …… 門脇さん。 」


待って居たのは門脇と日下部だった。


「 急いでるんで、はぁはぉ。

失礼致します…… 。 」


明はそう言い通りすぎようとする。


「 社長の事は残念だったね。

今度からは私が上に立ち、みんなを指揮していく。

だからキミもあまり悲しむな?

分かったな? 」


そう言い肩にポンっ! と手を乗せた。

最後の嫌みでもあった。


「 離せっ!! お前なんか…… お前みたいな社長を思ってない奴なんかに用はない!

そこをどけよ!! 」


明は怒り、その手を払いのけて病室へ向かった。


「 何だあいつ? 」


門脇は明の上司への態度にイラついた。

日下部は黙って見ていた。

明の素性が分かっていたから、明の悲しみが良く理解出来た。

日下部は我慢出来ずに泣いてしまっていた。


( ダメだ…… 。 我慢出来ない。

吉田君は今…… 誰よりも苦しい筈だ。

すまない…… 何も上司に言ってやれない私を許してくれ。 )


日下部は罪悪感を感じ、何度も何度も明に謝罪するのだった。

何も知らない門脇は日下部を連れて帰って行った。


明は階段を駆け上がり、一歩、一歩と病室へ走り続けた。

病室に着き、廊下には使用人やおっさんの部下や仲間達で溢れていた。

その中を通りすぎて病室へ。


ガラガラーーッ!!


「 おっさん!! 」


明の目に映った光景は、呼吸器で何とか生きていて眠っていた。


「 明君…… 頑張ったんだが…… もう意識が戻る事はない。

…… すまない。 」


担当医の先生が無力な自分に恥じていた。

充分出来る事はやってくれていた。

だから誰も責める人なんか居なかった。

明は息が荒れながら立ち尽くす。


「 …… はぁはぁはぁ…… 。

嘘だ。 …… おっさん。

嘘だろ? 目を開けろよ。

目を開けてくれよ!! 」


明はもうどうしようもない状態にただ後悔だけが残る。

担当医が涙を流しながらおっさんの体を揺らした。


「 大門! 目を覚ませっ!!

明君が来たんだぞ?

大門! 起きてるんだろ?

起きろよっ!! 」


医者は絶対にしてはいけない。

家族に希望も持たせるだけだから。

でも担当医の先生は医者であって、ただの親友だから止める訳にはいかなかった。

簡単に割りきれるような事ではない。

何度も呼び掛けながら体を揺すった。

でも目が覚める事はなかった。


「 すみません…… 取り乱してしまって。 」


明が駆け寄り声を張り上げる。


「 おっさんっ! 何で起きねぇんだよ?

おいっ! 逃げんな! 最後まで戦えよ…… 。

なぁ…… おっさん。 」


明が必死に訴えかけても応答はなかった。

明は止めようとせずに何度も体を揺する。


「 明君…… もうやめよう?

もう…… やめて。 」


香織が明の腕を掴み無駄な抵抗にも見える行動を止める。

香織も目覚めるのを信じたい…… 。

でも難しいのが良く分かってるから、見てはいられなくなっていた。


「 嫌だ…… 。 俺はまだおっさんに謝ってない。

仲直りもしてないんだ。 諦められるかよ…… 。 」


明はどうしても謝りたかった。

酷い言葉を沢山投げ掛けてしまったのが、心残り過ぎてこのままでは諦められなかった。


ぴくっ!


「 ん? 今動いた? 」


明は少しだけ動いた手に反応した。

だが全く目覚めない。


「 残念ながら意識はあっても、もう目が覚める事はありません…… 。

命を取り留めるのがやっとです。

本当に不甲斐ない…… 。 」


担当医は厳しい現実を伝える。

少しでも望みを持たせるべきではない。

これも一つの優しさであり、医者としての仕事である。


「 そうか…… 。 意識はあんのか。

ならまだ話せる!! 」


明は何かに気付き、おっさんの鞄を漁る。

周りの皆は、気でも狂ったのかと勘違いする行動だった。

そして何かを見つけ取り出した。



メガネだった。


「 あっ…… それって。 」


香織はメガネの存在は話では聞いていた。

伊藤さんもそれを見て驚く。

明は自分のメガネを着け、おっさんに近付く。


「 このメガネは意識を共有すんだ。

声に出さずとも考えさえすれば、相手には声のように伝わる。

こんなタイミングで使った事ないから上手くいくかは分かんない…… 。

だが、このおっさんのメガネを信じる。

なぁ? …… そうだろ? 」


そう言いながらおっさんにメガネを掛けさせる。

明はメガネの電源を入れる。


「 メガネ。 意識共有頼む! 」


そう言うと、メガネから応答が入る。


「 了解。 意識共有…… 100%。

意識共有します。 」


頭に電流が流れるような衝撃が走る。

…… 共有出来たのだろうか?


( 頼む…… 頼む。 返事を聞かせてくれ。 )


明は何度も願った…… 。


「 あ…… き、ら…… 。 」


ん? 小さいけど聞こえる。

間違いなくおっさんの意識だ。

メガネから伝わる意識を外部にも聞こえるようにして返答する。


「 おっさん!! 」


「 あきら…… 。 」


周りが驚いて声が出てしまう。

担当医も目をまん丸にして驚いてしまう。

医者には技術者の発明とは無縁なのだから。

これが色んな職業が居るからこそ、互いを支え合い向上していく…… 人間なのだ。


「 よっ! おっさん…… 。

起きてんだったら、目を覚ませよ…… 。 」


一安心して少し気が揺るんでしまう。


「 すまないな…… さすがにガンで体がもう限界だったらしい…… 。

お前さんがもう一度来るまで耐えようと思ったけど、無理だったみたいだ。

それにしても良くメガネに気付いたな。

ワシも意識が薄れていってるから、全くこれには気付かなかった。 」


明はここぞとばかりに頭が回り、おっさんともう一度話す為に必死だったのだ。

遠くからおっさんを慕っている大株主や、同業者がメガネの機能に驚く。


「 素晴らしい…… さすがは九条さん。

にしても…… あの見たことない若者は何者? 」


周りから見ていた大物達の目線は明に向けられた。


「 おっさん。 俺を誰だと思ってんだよ。

メガネ渡したんだったら、機能ぐらい覚えておけよ。 」


明は照れ隠ししながらそう言った。


「 そうだな…… 。 ただ、もう時間がない。

だからお前と話しておかないといけない。

…… 本当にすまなかった。

お前に罪悪感がありすぎて、名前すらまともに呼べないくらいの臆病者だ。

不甲斐ない…… 。 」


明は少し微笑みながら。


「 もう気にすんなよ。

千鶴さんから聞いたよ…… 。

母さんと色々あったんだから仕方ないよ。

不甲斐ないとこ沢山あったけど、おっさんは親らしい事充分やってくれたよ…… ありがとう。 」


周りはざわついた。

明の正体…… まさかの息子だとは誰も知らなかった。


「 明…… 。 ワシは後悔する事は沢山あった。

失った物はありすぎて覚えてない…… 。

だがな…… 自分から捨てた物は何一つない!

お前をずっと見ていて、崖から死のうとしていた時にワシは…… 絶対に姿を現さないと決めたのに、いても経ってもいられなくなっていた。

もう…… 何一つ失いたくなかった。

雪奈が愛し、ワシのたった一人息子を…… 。 」


おっさんは全ての想いを語った。


「 あのメガネは試作品で、お前が自殺しないようにどうにか止める為の物だった。

明が一人で生きていけるように、どうにか何か残したかったのだ。

一人前になるまで、どうしても死ねなかった。 」


明は黙ってその想いを受け止めていた。

その想いは何よりも暖かい物だった。


「 おっさん…… 。 最初は暇潰し程度に、生きようとした。

少しくらい金持ちを味わいたくてな…… 。

おっさんとメガネを着けて過ごした数ヶ月。

俺は沢山の物を貰ったよ?

人を信じる心…… 仲間…… 仕事。

大切なもん沢山受け取ったよ。

うっ…… ありがとう…… 。 」


明は我慢出来ずに泣いてしまっていた。


「 俺…… ずっと寂しかったんだ。

母さんが帰って来るの遅い時とか、一人でご飯食べてる時も、父親参観の時も…… いつも寂しかったんだ。

でもな。 ずっと…… ずっとおっさんが見えなくても見てくれてたの知って…… すげぇ嬉しかったんだよ?

ありがとう…… 。 」


明の想いを聞いていた周りの人達は涙が止まらない。

そこで離していた二人は、何処にでもいる普通の親子そのものだったのだから。


「 明…… 。 お前と運動会。

二人三脚で一位取りたかったな。

一位じゃなくてもいい…… 。

一緒に親子で走りたかった。 」


明は直ぐに言い返す。


「 もうこのメガネ着けた時からやってたろ?

二人三脚! だから悲しむ必要ないよ。 」


その通りだった。

ある意味着けている間は一心同体。

二人はずっと二人三脚をしていたのかも知れない。

おっさんはそう聞くと納得してしまう。


「 もう…… 意識が…… 持ちそうに。

ない…… 。 」


おっさんの限界は近かった。


「 おっさん…… 。 もう心配しなくていいよ。

大丈夫だから。 俺は……生きていける。

おっさんのお陰で沢山の仲間や家族が出来たよ?

寂しくなんかない。 だから…… もう我慢しなくていいよ?

母さんに宜しく…… 絶対にもう諦めたりなんかしない!

俺は……おっさんの…… 父さんの息子だから。

父さん…… 今までありがとう。

俺は父さんの息子に生まれてきて、幸せだと思ってる。

本当にありがとう…… 。 」


明が大泣きしながら語りかける。

おっさんの動かない目からゆっくり涙が流れ落ちた。

呼ばれる筈のなかった 「 父さん 」 って言葉が聞けて嬉して涙が溢れる。


( 本当に…… 嬉しい。

雪奈…… 俺は上手にやれたかな?

父親として上手く勤まっていたかな? )


そう想いながら最後の力を振り絞り目を開く。

明の最後の顔をどうしても見たかったのだ。

沢山泣いていたが、もう大丈夫…… 。

自分が居なくても生きていける。

ゆっくり薄れる意識の中で、目の前に見える筈もない幻影が見える。


雪奈の姿だった。

おっさんを見守っている。

そしてニッコリ微笑んだ。


おっさんはそれを見ると、ゆっくり目を閉じる。



ピーーーーッ!!

脈拍がゆっくりと止まり、機械から音が鳴り響く。


「 父さん!! 父さんっ! 」


明は強く手を握り締めながら叫び続ける。

もうメガネから声が聞こえない。


「 意識共有切断致します。 」


メガネから意識が途切れた通知が聞こえる。

明は母さんが死んだ時と同じくらい、激しく泣き続けた。

千鶴さんも遠くから見つめ涙が止まらない…… 。

周りも泣き続けた。

担当医も泣きながら死亡時刻を言う。

最後の仕事の一つだ。


( 大門…… ありがとう。

医者としてこんな奇跡に立ち会えた事を誇りに思うよ。

本当に…… ありがとう…… 。 )


メガネはお金儲けで作られた訳ではなかった。

親子を繋げる手のような物になっていた。


その日、九条 大門は若くして吉田 雪奈の後を追うように安らかに眠りについた…… 。

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