第35話 おっさんの生きた証


明は黙って何も言い返さないでいた。


「 ちょっと。 何で黙ってんの?

社長の事聞いたんでしょ?

傷ついたのは分かるけど…… 酷いよ…… 。 」


悲しそうに呟く。

明も重い口を開く。


「 …… 酷い?

笑わせんなよ…… 。 千鶴さんもグルになって騙してやがって…… どれだけ俺がオヤジが居なくて大変だったか…… 分かるか?

分かんないよな…… ちゃんと親二人に育てられた千鶴さんにはな。 」


明はずっとその葛藤と今まで戦ってきた。

どんな理由であろうと、今目の前にいきなり現れたなら色々言いたくなってしまう。


「 運動会だって。

いつもお弁当は母さんと二人だけ…… 。

皆は夫婦揃って応援したりしてる。

じいちゃんばあちゃんだって来たりしてる奴も。

母さんはオヤジに子供だけ作って逃げられたから、縁も切られたんだぞ!?

その気持ちが…… わかんのかよ…… 。 」


力強く握りこぶしを作り、怒りの眼差しを千鶴さんに向けていた。


「 知ってるよ…… 。

寂しかったよね? 苦しかったよね?

社長もずっとそんな明を見て痛がってた。 」


「 えっ…… ? 」


明は一瞬無駄な力がなくなり、千鶴さんの話しに耳を傾ける。


「 私はね…… 父が自殺して生きる気力が失くなっていた時に、そのたまらない怒りの矛先を社長に向けたの…… 。

殺そうとしたの。 」


明はその過去を聞かされて驚いていた。

いつも真面目で、何不自由もしてないと思っていたのに、そんな辛い過去があったなんて…… 。


「 ボディーガード達に取り押さえられて、警察に突き出されて終わりだと思った…… 。

でも社長は…… 許してくれたの。

そして父にもっと何か出来たのかも知れない。

そう言って謝ってくれたの…… 。

大企業の社長がだよ?

ただの一人の社員の遺族にだよ? 」


必死に話してくれた。

明はおっさんらしいな…… と思った。


「 私は父自殺してしまうくらいに好きだった、あの会社…… 仕事を見てみたい!

どれだけ夢中になったのか、尊敬する社長はどんな奴なのか…… 全部知りたかった。

だから社長にお願いしたの。

働かせて? って。

そしたら秘書として、最前線で色んな世界を見せてくれたの。

私は必死に、必死に働いた。

社長は少しふざけた所もあったけど、誰にでも優しく仕事も手抜きもしない。

誠実な人そのものだったの。 」


明は黙って聞いていた。

その話しは他人事には聞こえなかったから。


「 あっという間に仕事魅力にどっぷり。

社長と毎日ヘトヘトになるくらいに働いたけど、毎日が楽しかったぁ。

父さんの好きだった会社はこんなに感じだったんだなぁって。

その頃には社長への恨みなんて微塵みじんも失くなってたの。

むしろ…… もう一人のお父さんにも感じるくらい。

秘書にしてもらう日、あなたの存在を聞いたの。

あれがワシの息子だって自信満々にね。 」


明は少し怒りが消えていっていた。


「 あいつ…… 何で逃げたんだよ。 」


「 雪奈さんにまだ仕事が大変な時に、急にフラれたんだって。

全然かまってくれなくて寂しいから別れて?

って…… 社長は仕事に夢中だったから、仕方なく諦めて別れたの。

その時、既にあなたを身籠ってね。 」


明は驚いてしまう。

母さんからは何も聞いてなかったから、勝手に捨てられたのかと思っていたからだ。


「 じゃ…… あ、あいつは知らなかったのか? 」


「 うん。 別れてからは仕事に全てぶつけて頑張ったみたい。

雪奈さんを忘れた日なんてなかったって。

ずっと後悔してたの。 」


明は動揺してしまっていた。

自分の思っていた事と全然違う事に。


「 仕事が安定して、どうしても雪奈さんに会いたくて必死に探したの。

その時にはもう小さなあなたと一緒に、アパートに住んでる所を見つけたの。

旦那も居ない事が分かり、直ぐにあのケンカ一つなかったのに急に別れを告げられた事に納得したの。

社長を思い、身を引くためについた悲しい嘘に気付いてさえいればどうなっていたのか?

そう考えない日なんてなかったのよ。 」


明は黙ってその話を聞き続けていた。


「 社長はどんな顔して会えば良いか分からなかったの。

養育費を払うって言っても、絶対に断られる事もしっていたから。

だから遠くから見続けるしかなかったの。

私はそんな社長の為に、遠くからあなたにバレないように見守ってたの。

仕事とは別件でね?

私がやりたかったから。

運動会、文化祭。 部活の大会。

全部ビデオにこっそり撮って社長に見せてたの。

本当にそれを見る社長は…… 嬉しそうで。 」


明はずっとおっさんに見守ってもらっていた事に今気付いた。

家族は二人しか居ない…… 。

でも近くからずっとおっさんが見守っていた事に、感謝しかなかった。

明は感情が溢れだし、涙が溢れ出していた。


「 社長を許せないのは分かるわ。

…… でも今こんな事してたら絶対に後悔する。

社長は…… もう危ないの。 」


「 えっ? …… おっさんが? 」


明は頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。


「 今ケンカしたままだと、絶対後悔するんだから!

ねっ? …… 私は遠くからあなたを見てきて、どんな理由であろうと明と暮らしたこの毎日が幸せだったよ?

私の…… 本当の弟みたいに愛おしくなってた。

早く行って。 仲直りしてきなさい!

明っ!! 」


明は涙を拭い、迷いが失くなった。


「 …… ありがとう。 千鶴さん。

俺も姉ちゃんが居たらこんな感じかな?

っていつも思ってたよ。

本当に嬉しかった。

バカな弟でごめんね。 俺…… 行くよ。 」


明は思いっきり走りだした。

少し離れた病院に向かって。


「 ちょっと!! 車あるのに!

本当、バカな弟ね…… 。 」


千鶴さんは嬉しそうに見続けていた。


明は思いっきり走り続けていた。

その時、ずっとおっさんとの短いながら沢山の思い出が巡り巡っていた。


( はぁはぁはぁ! …… おっさん。 )


焼き鳥を食べた事。 誕生日をお祝いした事。

一緒に会社に行った事。

沢山思いが溢れて止まらない…… 。

明は全力で走り続ける。

すると、明の隣を小さな頃の自分が一緒に走っているように思えた。

疲れて幻想なのかも知れないが、笑って道案内をしてるみたいに見えた。


( 俺は…… もう迷わない…… 。

まだ会ってからそんなに経ってないけど、俺達…… 結構楽しくやれてたよな?

まだ…… 話したい事も言い訳も聞いてない!

だから、だから! 会わないといけないんだ。

おっさん。 くたばんじゃねぇぞ? )


明は不安でいっぱいになりつつも、おっさんの生命力を信じるしかなかった。

今まで歩んだ時間を無駄にしない為にも。


明は必死に走り続けて病院にたどり着いた。

そして…… 病院へ入って行った。

最後の血縁の元へ…… 。

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