第34話 悲しみと限界と……


明が屋敷から去って一週間…… 。

仕事先にも有給を取り、姿を現さなかった。

おっさんの正体を知り、今までの優しさは全て責めてもの懺悔ざんげのように感じて、得たもの全てがどうでも良くなっていた。

香織にも少し連絡を控え、一人憂鬱になりながらホテルを転々とし考えていた。

海を見ながら、波の押し引きをずっと眺めている。


( クソっ…… 。 全部…… 全部あのクソジジイの罪滅ぼしだと思うと、吐き気がする。

ずっと騙してやがったんだ…… 。 )


明は全く怒りが治まってはいなかった。

日に日に増している気もしていた。

おっさんの寿命も後わずか…… 。

そう思うと、何故か心が痛かった。


( 何だよ…… 今更現れて何のつもりだよ。

病気? ふざけんな…… ふざけんな。

俺にはもう…… 関係ない。

赤の他人なんだ。 )


そう自分に言い聞かせていた。

思い出すのはおっさんとの楽しい思い出。

本当の家族のように怒り、笑い合い、短い期間だったが明にはとても忘れられないくらい大きな存在になっていた。


「 クソ…… ぐすっ。

何で涙が止まんねぇんだ?

あんな俺と母さん捨てたクソ野郎に同情する必要あるかよ。

何で…… 何で止まらないんだ…… 。 」


明は静かに泣き続けていた。

どうにもならない気持ちでいっぱいになっていた。


その頃おっさんは…… 。

大きな支えであり、生き甲斐でもあった明に拒絶され体が弱り、病気の進行を速めていた。

薬も効果がなくなりつつあり、体も弱り、もう寝たきりになっていた。

呼吸器を着けて何とか命を取り留めていた。

それを必死に看病する千鶴さん。


「 社長…… 。 」


もう苦しそうに寝ている姿に言葉が出なかった。


「 はぁ…… はぁ…… 。

千鶴…… く… ん? そんな顔……しないでくれ。

ただ…… そろそろ迎えが来るだけだ…… 。

明の事…… 。 君にまで嘘をつかせて…… 本当に申し訳… なかった…… 。

明に問い詰められた時…… 痛かったろ?

苦し……かったろ? ごめんな…… 。 」


呼吸器を着けながら必死に伝える。


「 気にしないで下さい。

だって…… 私も…… 同意したんだから同罪です。

謝るのなんて無しです…… 。 」


千鶴さんはそう言いながら泣きそうになるのを必死に耐えていた。

おっさんはそれを聞き、嬉しそうに笑っていた。


「 千鶴…… 君。 キミのお父さんにしてしまった事…… 本当に申し訳…… なかった。

どうやっても許されないのは分かっていた。

はぁはぁ…… はぁ。 キミを秘書として働かせて、お父さんの見ていた世界を…… もっと見せたかった。

もう…… 何も償いは出来ないが、今まで通りこの会社で働けるように手配してある…… 。

安心して…… くれ。 」


今にも死にそうな声で囁いていた。

千鶴さんは必死に言い返した。


「 バカにしないで!!

私は…… 私は最初から償いなんて求めて無かったんだからっ!

お父さんの自殺で当たる場所が無かったの。

大門さんが私を受け止めてくれたから、生きてこられたんだよ?

…… もう恨んでなんかない…… 。 」


涙を流しながら話した。

千鶴さんはおっさんの仕事への姿勢、社員への態度。

全てが真面目で恨むのがお門違いなのが直ぐに分かった。

秘書として直ぐ近くで見ていて良く分かった。

お父さんの自殺は、父の心の弱さだったのだと。

少し道を間違えてしまったのだ。


「 大門さんが…… 一生懸命私を育ててくれたんだよ?

お父さんとおんなじくらいに。

だから…… 私にはもう一人お父さんが出来たみたいだったよ?

…… ありがとう。 」


涙を流しながら笑って感謝を述べた。

おっさんは黙って聞いていて泣いていた。

少しでも力になれた…… それだけで嬉しかった。

父のようにしたってくれた…… こんなに嬉しいことは他にあるだろうか?


「 あっ…… ありがとう…… 。 」


そう言いおっさんは少し眠ってしまった。

千鶴さんはおっさんの手を強く握りしめていた。


少しして主治医が来た。


「 先生! 後どれくらい社長は生きられますか? 」


千鶴さんは必死に尋ねると。


「 …… もういつ失くなってもおかしくありません。

心の準備だけはしておいて下さい。 」


千鶴さんはその悲しき返答聞き、胸が張り裂けそうになる。


「 何でだよ。 何で神様は私から大切な人ばかり奪うんだよ…… 。

んっ!? 泣いてなんかいられるか!!

あのバカ息子を社長に会わせないと!

後で絶対後悔するんだからっ。」


千鶴さんは病室から急に走りだして明を探しに出掛けた。

病室の外では迷惑にならないように、最小限の身内の家政婦や料理人達が心配で来て見守っていた。

皆…… おっさんが大好きだった。


会社にもおっさんの病気の進行で、そろそろ死期が近い事が皆に伝えられた。

その近況を聞き門脇は微笑んでいた。


「 日下部。 遂にこの時が来たな。

長かったよ…… 本当にあのバカ社長が意外にも長生きしやがって。 」


「 …… はい。 」


門脇はそう言いつつも罪悪感があった。


( 何だよ。 仕方ないんだ。

社長の分まで私がこの会社を変える。

絶対に父のようにはならない…… 。 )


門脇は何度も自分に言い聞かせた。

日下部は心臓が張り裂けそうになっていた。

内緒にしている明の素性。

今口外してしまったら、この会社の運命は大きく変わるであろう。

今話さなくても、いずれは分かるかもしれない。

だから、黙ってる事にした。

もしも明や周りが気付かずに、息子だと発表しなければこのまま門脇が社長になるのが目に見えている。

僅かな希望を信じ、黙っている事にした。

それが会社の為……

自分の為になる事を信じ…… 。


病室には香織と綾の姿があった。


「 おじ様…… 。 」


「 大門さん…… 。 」


見ただけで分かる程の姿に、言葉を失い涙する。


「 …… 香織ちゃん?

ちょっと呼吸器を外してくれるかい? 」


話しにくいのか頼んできた。

本当はダメだと分かっていたが、少しだけ外して話を聞く。


「 …… ありがとう。 話しやすくなっ…… たよ。

明の本当の父親だと黙ってて…… すまなかったね。

あいつにバレたくなくて隠してたんだ。 」


「 はい。 もう聞きましたよ。 」


香織は必要手を握りながら話を聞く。


「 …… ワシは…… あいつと同じで、自分の思っている事を伝えるのが下手でな…… 。

明と明のお母さんをどんな理由であろうと、捨てた事には変わりない…… 。

謝っても…… 絶対に許されない…… 。

だから…… 何か…… 何か出来ないか?

ずっと…… ずっと遠くから離れて見守って来たんだ。

そんな時…… ワシはこの…… メガネと出会った。

これがあれば…… 息子とどんな形であろうと話し合える。

父親のように守れる。

明のお母さんが失くなってからは…… ずっと心配で仕方がなかった。 」


必死に香織に思いを伝える。


「 香織ちゃん? キミが来てから明は変わった。

沢山…… 笑うようになった…… 。

本当に…… ありがとう。

ワシが死んでからも…… 明を…… 息子をどうか宜しく頼む…… はぁ…はぁ…… 。 」


必死に頼み、強く手を握った。


「 明君は任せて下さい。

本当に…… ダメダメなとこもあるけど、全部私が受け止めます!

心配しなくても大丈夫なくらいに…… お父様。 」


泣きながら強く握り返した。

その強い意志が香織のおっさんへの返事だった。

おっさんは嬉しそうに泣きながら喜ぶ。

もう…… 自分が居なくても大丈夫。

そう思えた。


「 おじ様? ぐすっ。 ぐすっん!

ひっぐ! 沢山力になってくれて…… ありがとう。

先輩は任せて? 絶対にバカな事させないから。 」


綾も泣きながら約束していた。


「 綾ちゃん…… 本当にありがとう。

キミにも絶対に好い人が現れる。

…… だから焦らずに。 明とも仲良くなっ…… 。 」


おっさんはニッコリそう伝えた。

綾は泣きながら強くうなづいた。

それがおっさんとの約束なのだから…… 。


明は一人母親の墓参りに来ていた。


「 母さん…… 。 聞いてねぇぞ?

あんなおっさんがオヤジなんて…… 。

言ってくれりゃ、もっと早くパンチして養育費でもなんでも支払わせたのに…… 。

なぁ? 俺…… これで良いのかなぁ? 」


お墓の前で一人語りかけていた。

返事もしてくれないお墓に向かって…… 。

そこに凄い速さで走ってきた。


「 はぁ……はぁはぁ。 見つけた。

このバカ息子! 」


千鶴さんが必死に探して明を見つけた。

二人はどんな話をするのだろうか?

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