第22話 父から娘へ
夕方の少し肌寒くなるまで話してしまっていた。
千鶴さんが何故秘書になったのか?
何故恨んでいるのか。
全て分かった。
「 長々とすみません…… 。
誰にも話した事なかったので遂、長々と話してしまいました。 」
明にとっても重い話だったけど、何故か聞けて良かったと思うような気持ちになっていた。
「 全然。 知れて良かったです。
おっさんも口下手だから絶対喋りませんしね。 」
「 ですね。 明様は社長をどう思いました?
私の事を雇った社長は罪滅ぼしのつもりですか?
それとも…… ただの興味本位なんでしょうか? 」
千鶴さんの目は真剣そのものだった…… 。
明には難しい事は分からない。
…… だけどこれだけは分かる。
明は千鶴に返答する。
「 罪滅ぼしなのかもですね。
でも…… 。 お父さんの憧れた仕事を見せたかったんじゃないですかね?
一生懸命働いた仕事を目に焼き付けて欲しかったんだと思うなぁ。
復讐する事なんかお父さんは望んでなかったと思います。
好きで好きでたまらなかったから失った時のショックがでかくて命を落としてしまったんだと思います。
絶対に今は後悔してると思います。 」
明の純粋に思った事を話した。
千鶴さんはずっと抱え込んでいた気持ちの答えを聞いた気がした。
相変わらず顔には出さなかったが、一粒の涙が流れ落ちていた。
千鶴さんはその話をする明の横顔を見ていると、おっさんの面影が重なっているように見えていた。
( 社長…… 。 やっぱりあなたはあの人のたった一人の息子だ。
優しく相手を思いやり、不器用ながらもいつも一生懸命で。
私が見てきたあの人そっくり。 )
千鶴さんはおっさんの秘密を聞いていた。
初めて秘書になった日…… 。
「 千鶴君。 今日から君も秘書だ。
スーツをビシッ! っと決めて、ワシと一緒に仕事の為に働こう。 」
「 はい。 …… よ、 宜しくお願いします。 」
おっさんは千鶴さんのスーツを見るなり…… 。
「 良いスーツだ。 お父さんが選んだんじゃないか?
彼はセンス良かったからなぁ。
一生の宝にしなさい。
高い物より人の思いが詰まった物は、何よりも宝物だからな。 」
千鶴さんはその話を聞いた時、父が憧れ尽くして来た人はやっぱり凄かったと思っていた。
千鶴さんもそのスーツが大好きだったから。
そのスーツを着て鏡を見ると、いつも優しいお父さんが隣に居るのを感じるからだ。
スーツを見ただけで直ぐに指摘したおっさんは単純に良く見ていると思った。
「 私は父のように頑張ります。
業種は違くても負けないくらいに。 」
その目はやる気に満ち溢れていた。
「 そうかぁ。 そうか…… 。
期待してるぞ。 そうだ!
君だけに私のたった一つだけある宝物を見せてあげよう。 」
そう言い、車を少し走らせて何処かへ向かった。
( 宝物? どんな宝石なんだ。
豪邸か? それともなんだろうか? )
どうせ高い物だと予想しながら目的の場所へ着いた。
「 ここは? 」
そこは変哲もない小学校だった。
宝物なんて見つからない。
「 ほら。 あそこで走ってるのがワシの唯一誇れる自慢の息子だ。 」
「 えっ?? 息子? 」
学校の校庭を駆け回る明の姿がそこにはあった。
「 あの子はワシのたった一度、本気で好きになった人が産んだ息子だ。
黙ってこっそり育てていたんだ…… 。
声は絶対にかけないけど、たまに見に来てしまうんだ。 」
明を見る姿は本当に父親その者だった。
「 そんなに会いたいなら会えば良いじゃないですか?
こんなにも近くに居るのに…… 。 」
「 仕事が忙しかったからと言って、彼女の嘘にも気付く事が出来なかった…… 。
ワシから離れたのも迷惑になりたくなかったからだ。
今更どんな顔して会えば良いか、今でも分からないのだよ。 」
その時の表情はとても悲しそうな顔だった。
「 だからこの事は二人だけの秘密だよ?
良いね? 約束だぞ。 」
と笑いながらゆびきりをした。
千鶴さんは唯一秘密を知る人となった。
昔を少し振り返ってしまった。
ベンチから立ち上がる千鶴さん。
「 本当にあなたは甘々の答えでした。
チョコよりも甘いです。 」
いきなりいつもの毒舌がうなり出す。
「 ですよねぇ。 あはははっ。
難しい事は良く分からなくて。
勝手に解釈してすみません。 」
「 でも…… 。 私はあなたみたいな考え好きですよ。
少しだけ…… 救われた気持ちになりました。
ありがとう。 」
千鶴さんは少し吹っ切れた気持ちになっていた。
おっさんと一緒に過ごしてきて、分かっていた気持ちがあった。
それは、もう少しも恨んではいなかった。
おっさんが何故クビを宣告したか。
どんな気持ちだったか。
後の事も考えて次の仕事先を紹介していた事。
本当は最初から分かっていたのかも知れない。
止まらないやるせない気持ちを、何処かにぶつけたかったのかも知れない…… 。
おっさんはその気持ちを真っ正面から受け止めた。
その気持ちだけで千鶴さんは救われていた。
「 良く分からないけど喜んで貰えて良かったですよ。 」
そう言い二人は照れくさそうに笑った。
「 少し遅くなりましたね。
そろそろあのボンクラ社長の居る家に帰りますか。」
「 うっす! 」
二人は車に乗り家へ帰った。
その日二人の仲は今までよりも熱く、深い絆になったような気がした。
明は千鶴さんの事が少しだけ分かった気がした。
病院では…… 。
「 大門さん。 もう体は限界ではないですか?
入院してみてはいかがですか? 」
主治医の先生がそう伝える。
「 何を言ってる。 ワシは大丈夫だ。
体だけは丈夫に出来てる。
あいつにはまだまだワシが必要なんだ!
ワシにもあいつが必要なんだ…… 。 」
おっさんは熱く気持ちを伝えた。
「 …… 分かりました。
痛み止めにしかなりませんが、薬を強い物に変えましょう。
限界な時は直ぐに電話して下さい。
倒れてからでは遅いですからね? 」
「 …… 分かった。
先生よ。 後どれくらい生きられる? 」
先生は言いたくなさそうに重い口を開く。
「 正直…… 今生きてるだけでも不思議なくらいですよ。
薬だって今でも強いのを服用してますし。
とても体だって辛い筈なのに。
あなたをそこまで突き動かすのは何ですか? 」
車椅子で帰ろうとする。
「 息子を一人には出来ない!
雪奈との約束だから。 」
そう言い扉を開けて帰っていった。
「 先生。 さっきの患者さん大丈夫ですか? 」
近くで聞いていた看護士が主治医に聞く。
「 正直分からない。
ただ彼を突き動かすのは、親の子供への愛情なのかも知れない…… 。
私達医者は人間の可能性にいつも驚かされる。」
主治医は驚くばかりだった。
廊下に出ると苦しそうにしているおっさん。
( 雪奈…… 。 大丈夫。 まだ生きれる。
後少しかも知れないがあいつは一人にはさせない。
あのメガネを使ってもっと、もっとあいつと一緒に過ごすんだ。
後少しだけそっちで待っててくれ。 )
おっさんは苦しそうにしながらも、秘書を連れて帰るのだった。
残す時間は残酷にも迫っているのだった。
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