第9話 お礼と悲しみと


ランチを楽しんだ後に二人で会社に戻る。

歩きながら伊藤君が話かけてきた。


「 先輩。 今日は本当に美味しくて楽しかったです。 高級だったから嬉しかった訳じゃないですよ? 私が慌てて困ってるとき、助けてくれたのが凄い嬉しかったんです。

しかも高級な美味しいお店で。 」


「 ああ。 良かった。 友達に頼んでまた行こう。

頻繁には行けないけどね笑。 」


助けたかったのは俺の意思だったけど、店とかは全ておっさんのお陰だ。

お会計の時も、もう受け取っております。

と小声で伝えられた。

おっさんには感謝しかない。

お礼を言いたかったけど、連絡が通じない。

忙しいのか?

帰ってから言おう。


仕事場に戻りいつものように仕事をする。

パソコンに企画やデータを打ち込み、不備などを探したりする。

その頃、伊藤さんは他の同僚に自慢していた。

ニコニコ笑いながら話してる姿を見て、本当に喜んで貰えて良かったと思った。


夕方。 いつものようにしっかり仕事をした。

今日は夕方に予定がある。

電車で助けた香織さんにお礼として、何処かに連れてってくれるらしい。

最近は大忙しだ。


「 先に上がります。 お疲れさまです。 」


待ち合わせに遅れてはいけないから早く行かなければ。

その後を追う何者かの影が?


( 明ちゃん! 何処に行くか突き止めてやる。 )

同期の力丸が後をつけてきていた。

俺の事を勝手にライバル視したり気にしすぎる所がある。


待ち合わせ30分前に到着。

真面目じゃないけど、こう言う所はしっかりしている。

30分しても香織さんは来ない。


( 来ないなぁ。 遊ばれたのかな? )

そう思いつつ待ち続ける。


( 明の野郎。 いつまで待たせるつもりだ?

マッチングアプリでサクラにでも釣られたんじゃねぇか? )

力丸も隠れて見張っていた。


「 ごめんなさいっ!! はぁはぁ…… 電車でトラブルがあったみたいで、遅刻したらあれなんで走って来て…… はぁはぁ。 遅れてごめんなさい。 」


香織さんが来た。

俺なんかの為に必死に走って来たのか。

連絡してくれれば良いのに。

必死だったからそこまで頭が回らなかったのかな。


「 全然大丈夫ですよ。 俺も仕事忙しくて今さっき着いたんで、全く気にしないで下さい。

走って来なくても良かったのに。 」


「 だって、呼び出しておいてしかも遅刻したら嫌われちゃうから…… 。 」


本当に優しい人だ。

一生懸命で優しくて理想の女性だった。

少し天然さんだけど。


( おい! 何だよあの可愛い子ちゃんは!!

マッチングアプリで今はあんな子居んのかよ! )


力丸が隠れながら嫉妬していた。

俺をずっとバカにしてるから出会い系で知り合ったとしか思ってない。

お金を払えば美人とデート出来る時代だからな。


「 ありがとう。 近くに静かな和食屋さんがあるんです。

そこへ行きましょ? 」


「 はい。 喜んで♪ 」


少しワクワクしつつドキドキもしていた。

とても可愛く、背も低い。

学生の時は美女はイケメンや悪に憧れて

全部取られてしまっていた。

だから好きになっても片思いしかなかった。

美女とは無縁の生活をしてきた。


店に着いた。

中へ入り個室に案内される。

とても古風なお洒落な和食屋さん。

これがOLの舌を唸らせる穴場なのか??

俺は友達がほとんど居ないから、こんな店に来たこともなかった。


「 凄いお洒落なお店ですね。 」


「 でしょでしょ? 今大人気なんです!

何でも頼んで下さい。 今日はお礼なんで奢りです。」


ニコニコしながら話す姿はとても可愛いかった。

だけど騙されない。

彼氏は居る筈だ。

しかも俺なんか眼中にない筈だ。

好きになるだけ傷つくだけ。

考えないようにしよう…… 。 いつものように無心になるのだ。 傷つかない為に。

これが今まで生きてきて培った知恵である。


沢山の料理がある。

俺は蕎麦が好きなので蕎麦にしよ!


「 私は、さんま定食にしよう! 」


青魚が好きなのかぁ。

女の子では珍しいなぁ。

俺も男らしく天ぷら蕎麦にしようか?

奢ってもらうのに失礼か?

どうしよう…… 。


「 明さんは何にします?? 」


「 かけ蕎麦で! 」


何て気の弱さだ。

軟弱者でビビりなのである。


「 すみませーん。 さんま定食と天ぷら蕎麦にして下さい♪ 」


あれ? 俺はかけ蕎麦頼んだような…… 。


「 あのぉ…… 。 かけ蕎麦頼まなかったでしたっけ? 」


「 だって明さん、メニューの天ぷら蕎麦食べたそうに見てて、頼むよ瞬間に次のページのかけ蕎麦頼んでるから、絶対遠慮してるって思ったんです。」


良く見ている。

本当に周りの事を気にしてくれる良い子って居るんだなぁ。


ちなみに、吉田明の学生時代はチョコもほとんどが義理チョコしか貰った事が無く、自分はお返しに高級チョコを買っていた。

いつも相手に喜んで貰いたくて色々する事はあっても、そのお返しはほとんど無かったのだ。

別に見返りを要求していたのではない。


ただ、もっと近付きたかったんだ。

少しでも仲良くなりたかったんだ。

何故か急に色々思い出してしまった。


「 良く見てるんですね。 」


「 明さんって隠し事とか下手なだけですよ。

結構顔に出ちゃうタイプですね。 」


隠し事は結構するけどバレた事あまりないのに。

やっぱり良く見ているなぁ。


「 明さんって彼女さんとか居ますかぁ? 」


突然何なんだ!?

話題がないからって。


「 全然居ないですよ。 モテないです。 」


「 えーっ!? こんなに優しくて格好いいのに居ないんですか? 勿体ない。 」


社交辞令かな?

お世辞なのかなぁ?

本当にモテないのに。


「 仕事人間で会社と家への行き来してるだけで、人間関係を無視して生きてきたので。 」


「 ダメじゃないですか。 直ぐに帰ってたら誰とも仲良くなれませんよ?

もっと社交的にならないと! 」


社交的かぁ…… 。 当たってるのかも。

母さんが病気になってから毎日、会社が終わると直ぐに帰ってたから何もしてこなかった。

亡くなる前は入院してたから、病院に間に合うように急いで帰ってたなぁ…… 。

もうその必要はないけどな。


「 そうですね。 もっと出掛けないとですね。 」


「 そうですよぉ! もっと周りと触れ合わないと。」


料理が運ばれてきた。

とても美味しそうだ。

高級料理を昼食べたけど、俺はこんな風にシンプルな和食が大好きだ。


「 美味しそう。 明さんのお蕎麦も美味しそう! 」


「 本当に女の子達が隠れ家にするだけありますね。 俺はあんまり外食しなかったから斬新です。」


一口食べてみよう。 ズルズルーーっ!


………… 美味い。 カップ麺とは大違いだ。

当然だけど。


「 美味しいです。 今日はありがとうございます。 こんな良いお店に連れて来てくれて。 」


「 本当に美味しいですよね。 こんなのど良ければいつでも。 」


本当にニコニコ笑って天使のようだ。

もしかして男と二人きりで食事って…… 。

脈ありなのかも?? これは行動あるのみか?


二人は楽しく食べて、終わってからも楽しくお喋り。

それを離れた席から見ている人影が??


「 あの野郎。 何だ? あの美女の可愛い子ちゃんは? マッチングアプリを舐めてたぜ。

明ちゃん。 これは良いところへ来たぜ! 」


二人の話は弾む弾む!

俺は珍しく積極的になっていた。

ここしかない! このタイミングを逃すな!


「 香織さん。 もし良ければ、また…… 。 」


「 えっ? 何ですか?? 」


そこへ図々しく現れた。


「 よぉっ! あ〜きら。 何やってんの。 」


「 力丸!! 何しに!? 」


現れた瞬間に分かった。

こいつ付けて来やがったんだ。

ここを見られるとは…… 。


「 明さん。 お友達ですか?? 」


「 はい! 親友の力丸純一です。

お見知りおきを。 」


相変わらず図々しい。


「 お邪魔者なのでそろそろ失礼しますね。

一人で隣で食べてたので。 」


( 出た!! 力丸の可哀想アピール。

ダメだ! 騙されちゃ…… 。 )


「 良かったら一緒にどうですか? 」


「 えっ? 良いんですか? お言葉に甘えて。 」


終わった…… 。 俺の頭の中で嫌な音が聞こえた。

つかの間の幸せだったのか?

大丈夫! 諦めるな。 勝ち取れ!

俺はずっと喋ってたんだぞ?

2時間くらいかな? その時間で仲良くなった絆は誰にも砕けない。

コイツに話させなければ…… んぐ!? お腹が。

悔しい事にトイレに行きたくなってしまった。


「 香織さん。 少しお手洗い行って来ますね? 」


「 はい! 待ってますね。 」


「 明。 ゆっくりして来いよ。 」


クソー。緊張してたから飲み物飲み過ぎた。

早く済ませて帰らないと。

仲を深めさせてたまるか!


直ぐに済ませて戻ると…… 二人は隣に座って笑って話していた。

俺とは向かい合って座っていたのに。


「 えーっ。 本当なんですか? 面白い! 」


「 本当、本当。 そのとき俺は一回死んだと思ったね! 」


何の話をしてるのか分からないが、終わったと確信した。

いつも良いところを持ってかれる。

少しでも話せて美味しい物食べれたし、今日は楽しかったなぁ…… 。


俺は店員に自分の席のお会計を済ませて、逃げるように帰った。



積極的ではない俺にはお似合いな展開だった。


「 帰ったらおっさんに今日の昼のお礼でもするか。」


暗い夜道を静かに歩いて帰った。

その日の夜は少し寒かった。

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