第7話 珍しい出来事


おっさんとの共同生活を始めて一週間。

少しこの生活にも慣れ、眼鏡をかけていても違和感がなくなっていた。

最近はおっさんにイラつく事も少なくなり、友達のような感覚に近くなっていた。


「 よし。 おっさん行くぞ。 」


眼鏡からいつものように返答が返ってくる。


「 今日も仕事頑張るぞぉ。 」


最近はおっさんも仕事をしている気分になっているようだ。

お金払ってまで仕事したいなんて、変わったおっさんだな…… 。

俺なら絶対に金持ちならこんな事しないな。

いつものように電車に乗る。

相変わらずの満員電車だった。


「 あの…… 少し宜しいでしょうか? 」


( ん? 何だ誰か話しかけてるなぁ。

もしかして俺にか? )


直ぐに後ろを向くと、若い女性のスーツを着た女性だった。

俺に何の用なんだ??


「 もしかして俺ですか? 」


「 はい。 前に痴漢から助けてもらった者です。」


( 痴漢? …… あ。 あの時の女性か。)


皆も忘れてると思うが、母さんが亡くなって自暴自棄になっているときに、たまたま助けた女性だった。

すっかり忘れていた。


「 ああ。 別に気にしないで下さい。

しかも駅員の所まで連れてったの俺じゃないですから。 他の人が頑張って助けたんですよ。 」


あれは気まぐれでやっただけだから、お礼を言われる程でもなかった。


( おい! 相変わらず若造は冷たいのぉ。

だから彼女すらいないだぞ。 )


おっさんが興味津々に話をかけてくる。


( おっさん。 あんたには関係ない。

絶対出てくんなよ? )


「 私はあなたに助けてもらったんです。

痴漢されていて怖くて声が出なくて、助けを求めていた時にあなたが助けてくれたんです。

後から沢山人が来て助けてもらいましたが、誰よりも早く気付いて来てくれたのはあなただったので。 本当にありがとうございます。 」


俺は電車に揺られながらもその話を聞いて、自分の事を少しでも見ていてくれていた事に、少し嬉しくなっていた。


「 本当に大した事してないから。

だからもう気にしないで大丈夫ですよ。 」


「 いいえ! お礼をさせて下さい。 」


最近の若者にしてはしっかりしているなぁ。

だけど正直面倒なので、お断りをしよう。

お礼とか絶対に面倒だからな。


コントロール権が移ります。


………… おっさん。 来やがった。


「 お嬢さん。 ワシで良ければご一緒致しましょう! 今日の仕事は5時までなので、それからならいくらでもお相手出来ますよ。 」


「 良かったぁ! じゃあ、連絡先交換しませんか?」


どんどん話が進んでいく。


( おっさん! 連絡先はダメだ。 個人情報だからそれだけはよしてくれ! )


「 番号はこれね。 後はメッセージはこれで送ってくれれば、直ぐに返信するからね。 」


おっさんよ…… 。 俺の意思は完全無視なのかい?


「 あっ! 私の名前は石崎香織いしざきかおりって言います。 22歳のOLしています。 」


「 宜しくね。ワシは吉田明。 29歳の冴えないサラリーマンだよ。 彼女も居ないんだよ。 」


おっさん。 酷い自己紹介ありがとう。

自分の紹介の時に冴えないとか、彼女居ないなんて絶対言わないんだよ。


「 ウフフ。 明さんは自分の事をワシって言うんですか? 何だか面白い。 」


おっさんの口癖だ。

俺になりきるなら直しておけよ。


「 そうかな? 宜しくね。 」


その後も会話しながら電車に揺られていた。

満員電車も一人ではないと、少しは悪くないのだなと思えた。

人間にとって孤独と言うのは、一番の地獄なのかもしれない。

最近そう思う事が多くなっていた。

考えてみたら最近は一人の時間が殆どなくなっている。

少しは前に進めたのかな?

そう思えていた。


電車を降りて香織さんと別れて会社へ向かう。

とても優しそうで可愛い女性だ。

男はほっては置かないだろう。

俺には関係のないことだけど。


( おい! 今日の夜はデートだな。

やったな。 坊主よ。 )


「 おっさん。 俺は若造でも坊主でもねぇよ。

いつになったら名前で呼ぶんだよ。 」


おっさんは会ったときから名前では呼ばない。

俺を子供扱いしているのだ。


( 何言ってるんだよ。 あだ名みたいなもんだろ?

別に良いじゃないか。 )


そう言えば俺も名前では呼んでいないな。

なら仕方ないか。


会社に着きいつものように企画書や仕事の整理や、新人の教育に大忙しになっていた。


「 おうおう。 相変わらず頑張りますね。 」


急に後ろから声を掛けて来たのは、どうでも良すぎて説明していなかった同僚だ。


力丸純一りきまるじゅんいち

俺と同期で俺より仕事は出来ないが、上司に良い顔するのが得意。

上司や周りに好かれ、後輩には良い先輩になる。

コミュニケーション能力満点。

俺とは正反対。


「 力丸か。 何の用だよ。 」


「 そんな顔するなよ。

最近お前落ち込んでたから気になってな。

同期は転勤したり、辞めたりしたからもう俺達二人なんだから仲良くしようぜ。

今日飲みにでも行かねぇか?

半分出してやるからさ。 」


最初に言って置くが全く友達なんかではない。

むしろ一番軽蔑けいべつする存在なのかもしれない。


「 悪いけど今日は無理だ。

別の日にしてくれよ。 」


「 おいおい。 お前さんに用事なんてないだろ?

それとも何かあるのかな? 」


そうだ。

珍しく用事? 先約があるから無理なのだ。

正直、夜の約束も行きたい訳ではない。

俺はインドア派の人見知り。


「 悪いな。 また今度な。 」


そう断ると力丸は自分の仕事に戻っていった。

俺と仲良くしていれば、俺の成果を横取り出来ると思っているのかも。

俺にはどうでも良いことだった。


( あいつが俺との酒を断るとは…… 。

夜はあいつを尾行してやろう。 )


何やら嫌な予感が漂って来た。

その時の俺はまだ何も知らなかった。


( 坊主。 今の力丸とか言う奴友達か? )


おっさんが興味津々に聞いてきた。

仕事中に相手をするのは面倒だ。

メガネの機能により、俺が考えさえすればおっさんと会話出来る所が、この道具の優れている所だ。


( おっさんは何も分かってないんだよ。

あいつは損得でしか動かない。

だから俺を利用したくて仲良くしようとするんだよ。 )


おっさんは納得したようで静かになった。

ようやく仕事に集中出来る。

この無になれるのが俺の至福の時間だ。

普通は嫌がる人は多いが、一人で黙々と仕事をして給料が貰えるなら最高ではないか?


いつの間にかお昼に。

仕事が忙しいと時間が過ぎるのはあっという間に感じるのは俺だけかな?


「 先輩! 今日は何処に食べに行きます? 」


ヤバい! 最近はお茶汲みの伊藤綾だ。

最近はおっさんのせいでお昼は一緒に食べている。


「 ああ。 じゃあ、そろそろ行こうか。 」


二人で休憩で外に食べに行くことに。

今日は伊藤さんのオススメのイタリアンだ。

ほんの少し楽しみだった。

目的のお店に着くと、凄い行列が出来ていて入れそうにはない。

並んで居たら休憩が終わってしまう。


「 凄い行列だね。 」


「 ごめんなさい。 最近雑誌に載っちゃったから人気で入れないのかも。 …… ごめんなさい。 」


顔は真っ赤になり、無駄足になってしまった事を凄い恥ずかしそうにしていた。

俺は全く気にしてはいない。

人には誰にでもミスはあるから。

俺が仕方ないミスをしたときに責められたくはないから、相手にも同じ事はしたりはしない。

母さんが俺を誉めてくれる所の一つだ。


「 …… どうしよう。 これからお昼食べれる所あるかなぁ。 今直ぐに探します。 」


一生懸命にスマホを操作して探してくれている。

彼女はチャラチャラした適当な女性だと思っていたが、実は根は真面目で優しい女性だった。

そんな彼女を助けたくなっていた。


( おっさん。 この辺は詳しいか? )


俺からおっさんに話をかけるのは珍しい。

基本はおっさんへの注意しかない。


( どうしたんだい? 坊主。 )


( おっさんの行き付けの店かなんかあるか?

彼女が困ってるんだ。 嫌な想いさせたくないんだよ。 どうにかならないかな? )


おっさんは家のベッドの上でメガネをかけて、いつも俺と視覚を共有している。

おっさんは俺が自分から何かをしたい。

と言ったのは初めてで、少し驚いていた。

おっさんにとっては嬉しい事だった。


( 待ってろ。 派手な店が何店かある。

任せておけ! )


( おっさん。 安い店で綺麗な店な。

重要なのは安いって所。 忘れずに。

サラリーマンなんだからな? )


おっさんは検索しているのか応答はない。

伊藤さんは必死に検索してくれている。


コントロール権が移ります。

この時を待っていた。


「 綾ちゃん。 ワシが好きな店があるからそこへ行こうか? 」


「 えっ!? 」


びっくりする伊藤さん。

俺はこのときはまだ知らなかった。

おっさんの張り切りぶりを…… 。

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