第5話 おっさんと接待
俺は目が覚めるとベッドの上だった。
起き上がると頭が痛い。 二日酔いだ。
いつも飲む量は少なめだが、昨日は久しぶりに沢山飲んでしまった。 おっさんのせいだ。
頭痛が残ったままだが、会社へ出勤しなければいけない。 これがサラリーマンの辛いところだ。
寝癖を直して歯磨きをし、食事の為にいつもの食堂へ向かう。
ここの食事をする場所は食堂と言うより、レストランに近い所だ。
「 おはよう! 若造! 昨日は楽しかったな。
今日も仕事楽しみだな。 」
おっさんは元気いっぱい。
昨日は酒を俺より飲んでいた筈…… 。
とんだ酒飲みだな。
「 朝からうるさいなぁ。 頭が痛いんだから少し静かにしててくれよ。 」
「 あんなので二日酔い? だから最近の若モンは駄目なんだよなぁ。 鍛え方が…… 。」
おっさんは愚痴が凄い。
文句たらたらしていて聞いてられない。
俺は相づちしながら、美味しい出来立てパンを食べながらオレンジジュースを飲む。
最近の俺の小さな楽しみでもある。
リムジンに乗り駅前まで送ってもらう。
「 千鶴さん。 会社まで送って下さいよ。
電車とかダルいですよ。 」
折角の金持ちになっているのに、電車なんて乗りたくなかった。
「 それは出来ません。 旦那様の強い要望で御座います。 普通の一般サラリーマンをエンジョイ下さいませ。 」
相変わらず可愛いくない。
ロボットなのでは?
あのおっさんの金と力があれば不可能ではない。
そんな気がする。
「 分かりましたよ。 行ってきます。 」
俺はいつもの満員電車に乗り込む。
ここは戦場。 沢山の人に押されたり、靴を踏まれたりとか大変なのだ。
自殺したくなる理由の一つかも?
( おい! 坊主。 満員電車も凄い絵面だな。
人しか見えん。 )
メガネを通して俺に話をかけてきた。
俺の見ている景色はおっさんにもいつも見えている。
( うるせぇ。 満員電車なんてこんなもんなんだよ。 静かにしてくれ。 )
( 了解なのです! )
相変わらずのハイテンション。
金持ちって性格までこうなるもんなのか?
そう思いながら電車に揺られながら会社へ向かうのだった。
会社に着くと上司がいきなりやって来た。
この勢いのある歩き方は…… 。 まさか?
「 おはよう。吉田君。 今日は取引先の接待があるから、予定空けといておくれよ。
仕事なんだからな? 」
出た出た! 接待は俺の一番の苦手な仕事。
相手をよいしょ、よいしょしなければいけない。
旨い物食べても旨さが分からなくなる。
ここは、仕方ないから辞退しよう。
そうだ。 …… そうしよう!
コントロール権が移ります。
( ヤバい! おっさん。 やめろぉ!! )
「 了解致しました! 接待お任せ下さいな。 」
おっさんは勝手に返事をしていた。
最悪のおっさんだ。
帰ったら顔にパンチをくれてやりたい…… 。
そんな気持ちだ。
「 おぉ。 吉田が接待に前向きなの珍しいな。
宜しく頼むな。 」
そう言い上司はデスクに戻っていった。
周りの女性達は俺の事を話している。
「 ねぇねぇ。 あのやる気ない吉田さんが、接待やる気満々じゃない? どうしたんだろ? 」
「 最近色々あったから壊れたのか? 」
「 顔は悪くないんだから、もう少し頑張れって感じだよね。 」
何だか色々話されてる気がする。
俺は気付かないフリをした。
俺の得意技だ。
( おっさん! 何やってくれんだよ!
分かってんのか?? 接待だぞ? 大変なのも知らずにお前は…… 。 )
( 坊主。 甘えんじゃない! これをやらずしてサラリーマンを名乗れるか! )
仕事マンはこれだから…… 。
もう一日が暗くなりそうだ。
「 先輩。 そろそろ食事にいきませんか?
お腹減っちゃいました。 」
ん? そろそろお昼かぁ。
んんん?? お茶汲みの伊藤君じゃないか。
昨日のおっさんのせいで、お昼は一緒に食べる事になってるのか…… 。
今日は接待もあるし…… 断ろう。
うん。 そうしよう。
コントロール権が移ります。
( あっ。 もうダメだ。 体も動かせないし、声も出せない。 おっさん…… 。)
「 うむ。 一緒に行こう♪ 」
軽い…… 。 あまりにも軽すぎる返事。
マシュマロよりも軽い…… 。
おっさんに体を乗っ取られて、俺の体でスキップしながらエレベーターへ向かう。
今日は人気のスイーツ屋さんに来ていた。
( おい、おっさん。 甘いのはダメだ!
違う店にしてくれ! 500円やるから。 )
甘いの苦手だ。
おっさん。 言うこと聞いてくれ!
頼む…… 。 お願いします。
「 先輩。 ここのスイーツは今ね、事務の女の子の中で人気No.1なんですよ。 嫌いですか? 」
「 いいえ。 大好物です! 」
おっさんは暴君だ。
俺の言うことなんか聞く訳もない。
おっさんは甘党なのかよ!?
二人はスイーツ屋さんへ入って行った。
甘い匂い。 女だらけ。
俺には無縁の場所。
「 私はねぇ。 チョコレートフォンデュにしようかなぁ。 先輩は?? 」
( おっさん! 聞こえますでしょうか?
私です。 下僕の吉田です。 どうか。 どうか、コーヒーゼリーのようなマシなスイーツにしてくれ。
俺には耐えられそうにありません。 )
俺の最後の抵抗により、右目から小さな涙が一粒流れていた。
「 ワシはねぇ。 フォンダンショコラにしよう! 」
終わった…… 。 全く聞こうともしていない。
フォンダンショコラ? なんじゃそりゃ!
そんな甘いの食べたら死んじゃうよぉーー。
俺は心の中で泣き続けた。
「 お待たせしました! フォンダンショコラとチョコレートフォンデュで御座います。
後ゆっくりどうぞ。 」
それは女の子の食べ物だった。
甘い匂いがいっぱい。 拷問だ。
チョコレートフォンデュは果物やパンをチョコ鍋に付けて食べるようだ。
甘そう…… 。
チョコレートフォンデュは、凝縮されたチョコの圧縮型のような見た目だ。
これはキツそうだ。
「 美味しそう♪ いただきまぁーす! 」
「 ワシも食べよう。 いただきます! 」
おっさんは一口食べる。
もぐもぐもぐ…… 。 ん? 意外に旨い。
甘いけど、思ったよりもしつこくない。
意外に食べれるもんだな。
「 美味しい! 先輩はどうですか? 」
「 旨いぞ。 ほら! 一口あーん。 」
おっさん! それはやりすぎ!!
良く分かんない先輩のあーんなんてしたら、拒否られて気不味い雰囲気になるのだ。
これだけは絶対にマズイ!!
「 じゃあ一口。 あーむ! 美味しい♪ 」
どうなってんだ?
伊藤君はおっさんの魔力によって、もう操られてるのではないか?
俺がこんな事したら、職場で悪口言われ放題。
だと思ったのだが…… 。
「 先輩って職場と外だと全然違うんですね。
外だと何か子供っぽいと言うか、素直って言うか。 私は外での先輩が可愛いくて好きです。 」
なんじゃそりゃあ!
まんまおっさんが好きなんじゃないか。
にしてもだぞ。 俺の行動や性格を変えれば、こんなにモテるのかな?
俺は少し疑問が出てきていた。
「 そうかい? 綾ちゃんの見ている職場のワシはそんなにつまらなそうに見えるかい?
それは違うぞ? ワシはいつも一生懸命に仕事をしている。 皆がお喋りしたりしているときも、会社の為にも頑張っているだけだぞ?
だから職場でのワシの事を変に思わないでくれ。
全然つまらない奴じゃないから。 」
おっさんは必死に俺の為に庇ってくれた。
言ってる事は間違えてはいない。
でも誰も見ていてくれないのが当たり前。
おっさんは少し会っただけなのに、それに気付いてくれていたのだ。
俺は…… 心が少し熱くなっていた。
「 ごめんなさい。 そんなつもりじゃなくて。
一生懸命なら仕方ないですもんね。
言われてみればそうですね。 勉強になりました。」
伊藤君も何か納得していた。
楽しく二人で昼食を食べて、夜への接待に備えるのだった。
「 今日もワシが奢るからね! 」
財布の残金が心配な今日この頃。
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