第7話 ジェントルの好物
ある昼下がりの日。
ジェントルは京都から取り寄せていたおまんじゅうを受け取り、テーブルにそのおまんじゅうの入った箱を乗せて丁寧に開く。
中には昔から受け継がれてきた技術による、日本の真心の詰まったおまんじゅうが入っていました。
そのおまんじゅうは丁寧に作られていて、まさに芸術。
真珠のようなおまんじゅう。
ジェントルは和菓子が大好きなのです。
「 オッホッホ! 今日は最高のスイーツタイムになりそうですね。 」
ガチャッ! 事務所の扉を開ける音が鳴る。
「 あのー …… 少し良いですか? 」
弱々しく若い子持ちの女性がやって来ました。
子供も幼稚園児でまだ小さい。
本当は断りたい…… 。
でも紳士は困っている人を見捨てる事は出来ない。
「 どうぞ! こちらの椅子にお座り下さい。 」
これが紳士たる者の勤めである。
依頼を聞く前にお茶を出すのが礼儀。
子供さんにはあまぁーいココアを。
お母さんには疲れているように見えたので、ハーブを入れた紅茶を入れた。
この香りで飲む人を心まで癒すかのように。
( おや? 急なお客様だったから、茶菓子が切れてしまっている。 あまりにも質の悪い物は出せないからなぁ…… 。 どうするか。 )
「 ママぁ。 美味しそうなおまんじゅうだね。
食べてもいい? 」
テーブルに置きっぱなしにしていたおまんじゅうに気付いた娘さん。
子供の興味本位は計り知れない。
気になってしまい箱を覗いてしまっていました。
ジェントルの大きなミスでした。
「 これは違うのよ。 帰りに買ってあげるから我慢しなさい。 ねっ? 」
おまんじゅうは三個しか入っていない。
特注品で高いから量を少なめにしていました。
「 お嬢ちゃん。 良く気付いたね。 キミの為に取り寄せたんだよ。 おまんじゅうは好きかい?
さぁ。 お食べ。 」
ジェントルは子供が大好き。
おまんじゅうを食べたい欲求を抑え、二人分のおまんじゅうを茶菓子として出しました。
「 本当に良いんですか? 凄い高そうなのに。 」
「 オッホッホ。 何でも美味しい物は一緒に食べた方が美味しいのですよ。 さぁ。 お母さんもお食べなさい。 良ければお茶もどうぞ! 」
ジェントルは紅茶からお茶に変更して出しました。
お茶もおまんじゅうの為に厳選した、特注品で高級な物でした。
「 ママぁ! このおまんじゅうおいしいよ?
ママもたべよぉ? もぐ! もぐ! 」
お嬢ちゃんは口の周りが白くなりながら、笑顔で口の中を膨らませ食べている。
子供は本当に可愛い。 ハムスターのようだ。
「 本当にわざわざすみません。 お言葉に甘えて。 あむ。 …… 美味しい。 凄い美味しいです。 」
来たとき不安そうだったお母さんに笑顔が出て来ました。
「 そうでしょう。 どんどんお食べなさい。 」
ニコニコして二人が食べる姿を見ているジェントル。
心の中では泣いていましたが、笑顔を見ていたらやっぱり出して良かったと思うのでした。
依頼人のメンタルケアも仕事の内なのです。
ジェントルは紳士の中の紳士なのでした。
依頼内容は旦那さんの浮気調査でした。
元々夫婦中が最近あまり上手くいっていなくて、子供の世話もろくにしていませんでした。
なので怪しく思い、調査依頼を頼みたくて足を運んだのでした。
もし愛がないのであれば、離婚をして一人で育てる覚悟もしていました。
浮気をしていたら、慰謝料を貰い離婚を考えているようでした。
若いお母さんでしたが、娘を一生懸命育てようとする姿は、もう立派な母の姿でした。
「 分かりました。 その依頼お受け致しましょう。 その代わりに条件があります。 」
「 大丈夫です。 出来るだけお金はお支払い致します。 」
もし離婚をするのなら、これからお金が必要で困る筈。
それでも愛のない偽りの生活には耐えられなかったからなのでした。
「 私は近くのスーパーのタイムセールで発売するモナカがどうしても食べたいのです。
でも大の大人の私が並ぶには恥ずかしいのです。
もしあの列に並んで買って頂けたら、依頼料として依頼をお受け致しましょう。 どうですか? 」
あまりにも依頼料としては安過ぎる。
子供にも分かるくらいに。
「 えっ!? そんな事で良いんですか? 」
「 はい。 その代わり絶対買って来て下さいよ?
あそこのモナカは美味しいから、周りの人に負けずに勝ち取らないといけません。 出来ますか? 」
「 …… はい!! 絶対に買って来ます。
本当に…… 。 本当にありがとうございます。 」
大きく頭を下げました。
ジェントルが自分の境遇に配慮して、依頼料を免除してくれたのが直ぐに分かりました。
ジェントルはニッコリと微笑み、お嬢ちゃんの口の周りに付いているおまんじゅう粉を、ハンカチで拭いてあげました。
ジェントルは弱い者の味方なのです。
困っている人は絶対に見捨てない。
そうしてその親子は、事務所を出て行きました。
帰る時も何度も何度も、会釈をして見えなくなるまで会釈をしていました。
( 本当に良いお母さんだ。 誰にも弱音を吐かずに頑張っている。 あれこそ母親の鏡のような人だなぁ。 だからこの仕事は辞められない。 )
ジェントルはこの仕事が大好きなのは、色々な依頼人に出会いながら、その人の笑顔の為に頑張るのが堪らなく好きなのでした。
お金ではなく、誰かの笑顔を見たくて頑張る。
探偵とはそんなお仕事なのでした。
急にトイレに行きたくなり、直ぐにトイレに入りました。
残り一つしかないおまんじゅうを食べる前に、万全な状態にしたかったのでした。
すると、そこへ菜々子がやって来ました。
「 おーい。 ジェントル。 居ないのぉ?
トイレかな? 全くぅ〜。 」
ソファーに座り待つことに。
周りを見渡すと、直ぐにテーブルの上にある箱を見つけてしまう。
「 おやおやおや? これは何かな? 」
その箱の中身は当然、大好物のおまんじゅう。
ラスト1でした。
「 何か美味しそう。 食べ過ぎて一個残してるんだなぁ? 仕方ないないなぁー。 あーーむっ! 」
ジャーッ! トイレを流してしっかり手を洗い終えたジェントルの前に、地獄のような光景が目に入る。
菜々子が大きな口でおまんじゅうを一口で食べる光景でした。
口を大きく開き、立ち尽くしていました。
「 うんまぁ〜。 何このおまんじゅう。
最高! あれジェントル。 どうしたの?
口が開きっぱなしだけど? 」
菜々子の天然発動中。
ジェントルは何も発する事もなく、動かなくなっていました。
その表情を見ていたら、段々と天然さんでも分かって来ました。
( ヤバーい…… 。 楽しみにしてた顔だ。
しょうがない。 私の楽しみにしていたチョコをあげれば許してくれるかな? )
「 ジェントルちゃん…… 。 チョコ食べる?
美味しいわよ?? 」
我に返り、目を覚まして直ぐに口を開く。
「 そんなもんいるかぁーーーーっ!!
出て行けぇーーっ! 」
当然市販のチョコで許してくれる筈もありませんでした。
しかも食べかけ…… 。
紳士でいつもは大きな声を出さないジェントルの大声は、外にも聞こえるくらいの声でした。
菜々子は直ぐに反省するのでした。
と言うある日の昼下がり…… 。
今日も平和でした。
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