第237話

 恭弥が提示したテストとは、恭弥を除くチームメンバー全員が学内に隠れ、それを栞里が発見する事ができたら合格というものだった。


 いわばかくれんぼのようなものだが、フィールドが広大な学内全域である事にプラスして、桃花には隠形の術をフルで使ってもらうという条件付きだ。


 制限時間は1時間。普通に考えれば達成不可能なテストのはずだった。しかし、栞里は次から次へとメンバーを見つけていった。


「まず一人」

 そう言って、修練場の物置に隠れていた健介を開始5分で発見した。


「見つけた」

 その次は文月。更衣室のロッカーに隠れていた彼女を、栞里は無数にあるロッカーの中から迷う事なく文月が隠れているものを指して発見した。


「後一人。見つけたら、約束通りチームにいれなさいよ?」

「約束は約束だからな。とはいえ、桃花は隠形の術を使ってるからそんなに簡単には見つからないはずだ。何かあてはあるのか?」


 最速で二人を見つけたため、まだまだ制限時間には余裕がある。とはいえ、陰陽塾は広大だ。端から端まで探索しているような時間はない。


「んー、こっちにいるような気がするのよねぇ……」


 栞里は特に迷う素振りを見せずに、職員室のある中央棟へと歩いていく。その姿を見て、恭弥はひっそりと驚愕に包まれていた。彼女は、はっきりと桃花がいる場所へと近づいていたからだ。


(この子の能力は本物だな……俺だって教えられてなかったら桃花の居場所なんてわからんぞ……)


 健介と文月は隠形の術を使えないため、退魔師の基本能力である気配を探る力を使えば簡単に見つける事はできる。しかし、隠形の術を使い気配を消している桃花は別だ。何か特別な異能とも呼べる能力を持っていない限り、ヒントもなしに見つける事は困難なはずだった。


 だというのに、栞里は特段何か能力を使う事もなく、一直線に桃花の元まで辿り着こうとしている。典型的な「失せ物探し」の異能を見せている。それも、かなり強力な。


「たぶん、ここの近くにいる」

 栞里は職員室の扉を前にしてそう言った。


「一応聞くけど、根拠は?」

「なんとなくよ。なに、文句でもあるの?」

 恭弥その言葉に、大きく肩をすくめて返事をした。


 職員室に入室した栞里は、英一郎に事情を説明し、室内を探し始めた。といっても、物をひっくり返して探すような乱暴な探し方はせず、ロッカーの中など怪しいところを開け閉めする程度に留まった。


「……おかしい。絶対にここにいるはずなのに。あんたなんかズルしてない?」

 目につく怪しいところを探索し終えた頃になって、栞里はそう問いかけてきた。


「ズルはしてないぞ」


 桃花はただ、隠形の術を使った上で気配消しの術が施された部屋にいるだけだ。その部屋自体も隠し扉のようになっているので、簡単には見つからないようになっているが、それは恭弥の中ではズルではない。


 とはいえ、流石に難しすぎたか、と思い、ヒントを出そうと口を開きかけた時、


「あ、わかった」


 栞里はツカツカとロッカーまで歩いて行くと、一番右端のロッカーを窓側までズラした。すると、壁だと思われた場所に扉が出現した。


「やっぱり」


 扉を開けると、中で桃花が優雅に紅茶を楽しんでいた。


「おや、見つかってしまいましたか」

「驚かないのね」

「近くに来ていたのは気配でわかっていましたから」

「あっそ。まさかこんなところに隠れてるなんてね。ちょっと手こずったわ」


 そう言って栞里は桃花の対面に置かれたソファにドカリと座り込むと、テーブルに置かれていたポットからお茶を出して飲み始めた。


「……参考までに聞くけどなんでわかったんだ」

「簡単な話よ。ロッカーが壁一面に設置されているのに、右端にだけスペースがあった。そして、大抵こういう施設はナイショ話をするための部屋が用意されている。で、探し人は絶対この近くにいる。なら答えは決まってるでしょ?」

「なるほどな……」


 そうは言ったが、とてもなるほどできる内容ではない。そもそも前提としてなぜ桃花が近くにいると確信できたのか、そこが問題だ。それついて栞里は、


「なんとなくわかったんだもの」


 なんとなくでわかられてはたまったものではない。なんのために気配消しの術まで施して隠し扉で入り口を隠していると思っているのだ。


「どうやら彼女は失せ物探しの才があるようですね。残念ですが、わたくし達の負けです」

「残念って何よ? そんなにあたしをチームにいれたくなかったわけ?」

「最初からそう言っています」

「なっ! この……!」


 ピシャリと言い放った桃花に、上手い罵倒の言葉が出てこなかったのか、栞里は言葉にならない言葉を口から発した後、ぐぬぬと唸っていた。


「けど、約束は約束だからな。君のチーム入りを認めるよ。ちょうど職員室にいるし、残りの二人も呼んでここで申請書を提出しようか」

「やた!」


「言っておきますが、騒がしくしない事、戦闘の際はわたくしと恭弥さんの指示に必ず従う事。この二つが守られない場合、即刻チームから放出しますのでそのつもりで」

「わ、わかったわよ!」

「声が大きい」


 再びピシャリと言い放った桃花に、栞里はまたしてもぐぬぬと唸っていた。


 こんな事でチームとしてやっていけるのかと不安になったが、凸凹コンビという言葉があるくらいだ、案外と上手くいけるのかもしれないと思い直し、恭弥は文月と健介を呼んだ。


   ○


「そういえば、この部屋って塾生が勝手に使っていいものなの?」

 二人が来るのを待っていると、不意に栞里がそんな事を言った。


「基本はダメだけど、まあ俺らは特別っていうか?」

「ふーん。御三家ともなるとやっぱ違うのね。あたし達にはこんな部屋が存在するって事すら伝えられてないのに。やっぱり、あんた達のチームに入って正解だったわ」

「一応言っとくけど、この部屋の存在は秘匿事項だからな」

「わかってるわよ」


 携帯を確認すると、文月と健介は食堂から職員室に向かっているらしかった。棟が違うので、到着まではまだ少しかかりそうだった。


「ねえ、御三家ってどんな感じなの?」

「どんなって?」

「この部屋の事もそうだし、あたし達には下りてこないような情報がわんさか入ってくるんでしょ? この歳で一線級の退魔師達と同じ格を持ってるし、やっぱり大変なの?」


「あんま大変だと思った事はないなあ。格にしても日々のお務めをこなしてたら勝手に上がってたし。桃花もそんな感じだよな?」

「そうですね。日々を漫然と過ごさず、務めをこなしてきただけです」


「なるほどねえ。でもさ、あんた達も最初から強かったわけじゃないんでしょ? どうやって強くなったの?」

「俺の場合は戦う相手がいつも格上だったから、死なないように必死だっただけだよ」

「え、でも北村先生は格上と出遭ったら逃げろって」

「それは理想論だな。俺に言わせりゃ逃げようと思って逃げれる相手は格上じゃない」


「見かけによらず死線くぐってんのね、あんた。椎名、さん? はどうなの」

「桃花で構いませんよ。わたくしは鍛錬が主な理由ですが、恭弥さんと出会ってからはそうした場面も多々ありましたね」

 そう言って、桃花は含みのある流し目を恭弥に向けた。


「俺のせいみたいに言うのやめろ。好きでそんな奴らばっかり相手にしてるわけじゃない」

「どうだか。貴方は不運と呼ばれるものに愛されているようですから」

「誰のせいでそうなってると思ってるんだか、まったく……」


 短い会話だったが、栞里は二人の間に容易には割って入れない絆のようなものを感じ取っていた。何故かそれが羨ましく感じて、


「あたしも! あたしも強くなれば、誰かに頼ってもらえるのかな……?」


 自分自身、子供っぽいとは思った。しかし胸の内に宿った僅かな熱に動かされるまま、栞里は仲良そうに話す恭弥と桃花の会話に割って入った。


「このチームは誰かのために戦おうってやつが多いな……」

「その口ぶりだと、彼も?」

「そうだよ。そういう姿勢の事、業界だとなんて言うか知ってるか?」

「なんていうの?」

「死に急ぎ野郎だよ」


 人を助けるという事は命を投げ捨てる事と同義。果たしてこの世界でも退魔師業界にこの言葉が浸透しているのかはわからないが、少なくとも桃花と恭弥は今の栞里の発言を聞いてこの言葉を思い出していた。


「本当に、困ったチームですね。リーダーは貴方なのですから、しっかりと面倒を見てくださいよ? 死に急ぎ野郎さん」


 桃花は自らを助けるために運命を捻じ曲げようとしている恭弥に常の口調通り、冷たくそう言った。しかし、その口元には薄い、本当に薄い笑みが浮かべられていた。

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