第236話

「チーム決めの時間だ」

 学長を始めとした偉い方々の有り難い話を聞き終え、教室へと戻った恭弥達に、英一郎はそう宣言した。


「通常のクラスとは違い、特進コースにはクラス替えというものが存在しない。その代わり、実戦講義などを共にするチームを組んでもらう。人数は最低4人、最高8人だ。ここで決めたチームは、三年間の苦楽を共にする大切な『仲間』だ。慎重に考えて決めろ」


 英一郎は煙草に火をつけ、大きく煙を吐き出すとこう続けた。


「実戦内容等は、チームの総合力を判断して難易度ごとに振り分けられる。必然、実力が違いすぎる者とチームを組んでしまうと、足を引っ張って他者に迷惑をかけるだけでなく自分自身の命の危機に関わる。安易に強そうな奴……例えば御三家だとかに声をかけようとはするなよ? 大切なのは自己を知り、他者を知る事だ」


 英一郎はホワイトボードに「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と書いた。孫子の兵法書に書かれていることわざだ。


「つまりはこういうこった。ちなみに、今日はもう講義自体は終わりだ。この後はチームが決まった者から申請書を提出して各自退塾して問題ない。それから、自分の実力を示したい者、他者の実力を知りたい者は俺に言え。今日だけ実力度外視で模擬戦の許可を出してやる。こんな機会は滅多にないからな。積極的に活用しろ。以上! 後は各々自由にやれ」


 言う事は言ったとばかりに、英一郎はそれきり教壇を離れて教卓に戻っていった。

 彼は相変わらず机の上に足を乗せてぷかぷかと煙をくゆらせている。それだけ切り取ると本当に教師失格だが、彼は大人としても教師としても信じられるのだから、人というのは一つの行いだけで判断できないものだ。


「恭弥さん、わかっていますね」

 恭弥がボケッと英一郎の様子を伺っていると、桃花がそう言って目をジッと見てきた。


「わかってるよ。文月」

「はい。かしこまりました」

「後は――」

「俺参上!」

 ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべた健介が真打ち登場とばかりに親指の先端を自らに向けて現れた。


「おう。ってことだ。健介もチームに入れる。いいよな?」

「……いいのですね?」


 桃花は再び、恭弥の心奥を覗き込むかのようにジッと瞳を見つめた。恭弥は彼女の透き通るようなルビーの瞳を見つめ返し、こう言った。


「男同士、決めた事さ」

「そうですか。ならば、わたくしから何か言う事はありません」

「なんだよー。二人して見つめ合っちゃってさー。俺達も混ぜてくれよー。なあ、天上院さん?」

「あ、いえ、私は恭弥様についていくだけですから」

「かっー! なんだよなんだよ! 羨ましい事この上ねえなあ恭弥! 二人共攻略済みじゃねえか。お前はどこのエロゲ主人公ですかって話だよ!」


 騒がしく茶化す健介を見て、桃花は頭痛がするといった様子で頭を手で抑えた。


「あれ? 桃花さん頭痛いの? だいじょぶ?」

「貴方のせいですよ。先に言っておきますが、わたくしは騒がしいのは嫌いです。弁えなさい」

「こわっ! これからチームなんだし優しくしてくれよー」

「……わたくしは今貴方をチームに加えた事を猛烈に後悔しています」

「ま、まあまあ……健介も悪気があるわけじゃないから……それよか、一応4人集まったけど文月は傍使いだから例外だよな? 後一人どうする?」


 チラリ、と後ろの席の薫の様子を伺うも、彼女は他の塾生達に囲まれていた。あの様子では、恭弥達のチームに誘うのは難しそうだ。それに、御三家同士、身内でチームを固めてしまうのはあまりよくないかもしれない。


「かといって、ウチのチームは俺と桃花がいるからなあ。テキトーな人捕まえても逆に相手が困っちゃうだろうしな……さてどうしたもんか」

「模擬戦の見学してスカウトとかしたらどうだ? 最初の段階で結構な人が模擬戦の申請してたぜ?」

「そう、するしかないか。あんまこんな事に時間使ってる余裕はないんだけどな、しょうがない。よし、皆で訓練場行こうか」


 そう言って立ち上がった4人に、近づく影があった。


「ま、待ちなさいよ!」

「んあ? ……高柳。俺達になんか用か?」

 栞里はその立派な胸を強調するように腰に手を当てると、

「私をあんた達のチームに加えなさい!」

「えぇ……マジで言ってる?」

「何よ! なんか文句あるの?」

「いや、文句っていうか……なあ?」


 恭弥は気まずそうな顔でチームメンバーの顔を見回した。反応は三者三様だったが、その中でも誰もが共通してある種の驚きを浮かべていた。


「文句があるならはっきり言いなさい!」

「いや、その……」


 さっき完膚なきまでに負かした恭弥としては、チーム入りを渋る理由を正直には言いづらかった。


「恭弥さんの口からは言いづらいでしょうから、わたくしが代わりに言いましょう。高柳さん、貴方、はっきり言って弱いのです」

「ぐっ! そんなんわかってるわよ! だから何!」

「一も二もなくそれが理由です。メンバーを見てわかりませんか? わたくし達のチームが行う実戦は、最高難易度となるでしょう。貴方はついてこれるのですか?」

「ついてこれるわよ!」

「蛮勇は自らの寿命を早めると知りなさい。今の貴方は、恭弥さんに負けて冷静な判断ができない状態にある。落ち着いて考えれば、わたくし達のチームには相応しくないとわかるはずです」

「うぅー……だいたいそっちの男はどうなのよ! どう考えてもあたしより弱いでしょ!」


 その言葉を受けて、桃花は恭弥の顔を見やった。どうやらバトンタッチの時間のようだ。


「それを言われると弱い。が、健介はこれから強くする。だから問題ない」

「な、何よそれ……そんな理由であたしが納得するとでも?」

「君が納得するしないの問題じゃないんだ。これはチームの総意だ」

「あたしも強くしなさいよ!」


 栞里はチームに入れると言わなければてこでも動かないといった様子だった。


「参ったな……」

 こうなれば発想の転換だ。彼女をチームに入れたとして、どんな役割を任せられるか。それを考えた方が早いかもしれない。


(まず、彼女を戦力としてカウントするのは論外だ。式神使いとして自己を定めた以上、健介のように修練させてどうこうするのも難しいだろう。ここから手癖を直してるような余裕はない。何か他に……)


 うーんうーんと悩む事数分、なんとかして彼女に利用価値を見出そうとした時、不意にある事を思い出した。


 そういえば、彼女の兄である伸一は、運動会の時やたらとこちらの姿を見つけるのが上手かった。失せ物探しの才があるとしか思えないほどに。ひょっとすると、妹である栞里にもその才があるのではないだろうか?


「一つ、テストをさせてくれないか?」

「それをクリアしたらあたしをあんた達のチームに加えてくれるの?」

「約束しよう。ただし、戦力としてはカウントしない。別の才を期待してって感じだ」

「別の才?」

「そうだ。条件付きだけど、どうする?」

「望むところよ」

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