第232話

 そして迎えた休憩時間。1限と2限の間の中休み、彼女はトイレに立とうとしていた恭弥の前に立ちはだかるとこう言った。

「あんた、あたしと勝負しなさい!」

「は?」


 立派な胸の下で腕を組みながらそう言った彼女だったが、突然現れて突然勝負を挑まれた恭弥としてはそう返すしかなかった。というか、そもそも恭弥は自己紹介を適当に聞き流していたので彼女の名前すら知らない。


「何よその反応」

「いきなり勝負とか言われてもなぁ……というか、君誰?」

「はあ!? さっき自己紹介したでしょ! まさか、聞いてなかったの?」


「まあ、うん。人数多すぎて……」

 そう答えると、彼女は「チッ」とはっきり耳に届くほど大きな舌打ちをした後、


「御三家だかなんだか知らないけど、あまり調子に乗らないでよね! いい? 一回しか言わないからちゃんと耳かっぽじってよく聞きなさい。あたしの名前は高柳栞里しおり。わかったら復唱!」

「高柳……?」


 どこかで聞き覚えのある名字だった。必死に記憶の糸を辿ると、一人の男が浮かび上がってきた。


「ひょっとして、高柳伸一の親戚か何かか?」

「兄を知っているの?」

「やっぱりか! そうかそうか、彼の妹さんだったのか」


 高柳伸一といえば、以前の世界で行われた退魔師能力測定の際に何かと突っかかってきた男だ。彼は冥道院との戦いに巻き込まれ、悲惨な最期を遂げてしまった記憶がある。強烈な最期だったので、ギリギリ記憶に残っていた。


 そうとわかれば、自分に自信満々なところや気の強そうな感じなど兄の面影があるように思える。


「ふふん、やっぱり兄様はすごいのね。御三家にも名前を覚えられているなんて」

伸一を知っていると言った事で、何か彼女の自尊心が満たされたのか、栞里は嬉しそうな顔を見せてそう言った。


「ああでも、面識はないからお兄さんは俺の事を知らないと思うぞ。俺が一方的に知ってるだけだ」

「どっちでもいいわよ。それより、あんた式神を持っているんでしょう? あたしも式神使いだから、あたしの式神と勝負しなさい」


「やだよ」

「なんでよ!」

「する理由がない。せっかくのクラスメイト同士仲良くしたいじゃないか」

「信じられない。御三家がそんな弱気だなんて……いいから! あたしと勝負するの!」

「えぇ……」


「一度くらい付き合ってあげればよいのではないですか」

 どうすれば断れるだろうと思っていると、まさかのところから栞里に援護射撃がなされた。前の席に座って話しを聞いていたらしい桃花からだ。


「なんでだよ」

「実力の差というものを見せれば彼女も納得するでしょう」

 この発言に燃えたのが栞里だった。味方をしてくれたと思っていた相手が、明らかに栞里を格下扱いしたからだ。


「あたしが負けるとでも言いたいの?」

「高柳さん、でしたか、貴方も現役の退魔師なのでしょう? であれば、こうして相対すれば恭弥さんの実力がわかるかと思いますが」


 それは栞里をして理解している事だった。それでもやる前から負けを認めるのは彼女のプライドが許さなかった。


「っ! だからって、やってみないとわからないじゃない!」

「ですから、一度戦ってみればわかるとわたくしは言っているのです」

「バカにして……!」


 なんだかこのままでは栞里対桃花の構図が生み出されそうだったので、恭弥は二人の間に割って入った。


「わかったわかった! 戦ってあげるから、その代わり栞里さんの方で英一郎さんに許可を取ってきてくれ。挑む側なんだから、それくらいはやってくれるだろう?」

「言ったわね? 今から許可取ってくるから首洗って待ってなさい!」

 そう言って栞里はツカツカと去っていった。


 恭弥としてはこんなくだらない理由で訓練場の使用許可など下りないだろうと思っているので、栞里が英一郎に断られて諦めてくれないかなーと思っての提案だったが、あの様子ではなんとしても許可をもぎ取ってきそうだった。


「なぜいつも俺なんだ……」

 大きなため息一つ、恭弥はそう零す。単純に御三家に実力勝負を挑みたいだけならば、何も自分である必要はないはずだ。他にも桃花や薫がいる。だというのに、わざわざ恭弥に狙い定めたように宣戦布告してくるなど、どうかしている。


「そういう星の巡りなのでは?」

「その星打ち砕けねえかな……」

「打ち砕いたとこで、どうせまた似たような星が巡りますよ」

「嫌な星だな……桃花俺の代わりに戦ってくれない?」


「お断りします。それに、彼女の指名は貴方なのですから、諦めなさい」

「俺というか、用があるのはハクみたいだけどな」

「お呼びですか?」


 ポン、とハクが現れそう言った。何が嬉しいのか彼女の尻尾はブンブンと振られている。命令を心待ちにしている忠犬のようだった。


「あー、聞いてたと思うけど、この後ハクに戦ってもらうかもしれないから一応準備だけしといてくれ。用はそれだけだ」

「かしこまりました! それでは」


 言って、ハクは再び隠形の術を使ったようだった。音も姿も消えてしまった。


「改めて見るとすごい隠形だな。どこに行ったのかさっぱり検討がつかない。桃花わかるか?」

「いえ。流石は、といったところでしょうか。これほど見事な隠形の術は見た事がありません」


「こんなんが出来る相手に喧嘩売るかね、普通? 俺なら尻尾巻いて逃げるけどなあ」

「彼女、自尊心が高そうでしたから」

「厄介な事だ。そういや俺、トイレ行こうとしてたんだ。げっ、もう中休み終わりじゃねえか」


 時計を見ると2限のチャイムが鳴る一分前だった。


「あら、そんな事を気にするような人でしたか?」

「流石に入塾初日に無視は不味いだろ。目立ちすぎだ。しゃーない。我慢するか」


 尿意を抱えたまま始まった2限目。本来であればここで自己紹介などが行われるはずだったのだが、英一郎が説明を端折ってしまったために丸々空き時間となっていた。


 その空いた時間に何をするのか説明するらしい英一郎が壇上に立ち注目を集めると、


「あー早速だが、この時間では模擬戦を行う。対戦相手は狭間と高柳だ。二人共現役の退魔師として活躍しているので、皆も参考にしてくれ。という事で、訓練場に移動するぞ」

「嘘だろ……」


 まさか本当に訓練場の使用許可が下りるなど思ってもいなかったので、恭弥は下手人である栞里を恨みがましい目で見つめると、彼女は「ふんっ」と鼻を鳴らしていた。


 ついで、英一郎に視線をやると、彼は彼で「諦めろ」という顔を見せた。


「酷すぎる……」

「見えていた事です」


 などと桃花は言うが、恭弥は有耶無耶になる事を予想していたので、この結果にガックリと肩を落とした。


 とはいえ、決まってしまった事は仕方がないので、恭弥は英一郎の先導に従って訓練場へと移動するのだった。

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