第211話
後日聞かされたところによると、篁達の目的は恭弥の確保であって桃花と神楽はその場に居合わせたため一緒に拐われただけだったらしい。なので、恭弥が篁と話していた間ずっと別室で拘束されていたらしい。
彼らは恭弥が思っているよりも高潔な考えの元に行動しているようで、身代金の要求などは最初から考えていなかったらしい。
そんな事を聞いて三日、今日ようやく優司と明彦の都合がついたので狭間家で当事者である桃花と神楽も交えた話し合いの場が開かれた。尚、関係者であるという事でこの場には千鶴の姿もある。
「さて、どこから話したものか……」
そう言った優司は、やはり話しづらいのだろう、すでに煙草に火をつけていた。
「夜会の事から話そう。子供達は知らないはずだ」
明彦もまた、話しづらそうにため息混じりだった。
「そうだね。代々退魔師が所属する組織には夜会という暗部組織があるんだ。組織の名前が変わってからも、夜会はその名前を残し続けてきた。夜会は暗殺だとか影の仕事を行ってきた。誘拐だとかも彼らの仕事の一つだ」
「そして、お前達を拐った夜光という人間は夜会の頭領のみが名乗る事を許される名だ。夜光という名もまた、歴代の頭領に受け継がれているものだ」
そこまで聞いて、桃花は得心がいったという顔をした。
「道理で夜光という名に聞き覚えがあった訳です。詳しくは知りませんでしたが、以前の世界で夜会の名はどこかで耳にしていました」
「姉様がもうちょっと思い出すのが早ければ逃げれてたって事ですね」
「……随分棘のある言い方ですね」
「いえ、含みなんてないですよ?」
バチバチとやり合い始めた二人を止めようとしたところで、明彦が頭を下げた。
「すまなかったな。私達がもっとしっかりしていればこんな事にはならなかった」
父親のそんな姿を見て冷静さを取り戻した二人にホッとしたところで、恭弥は気になっていた事を尋ねる事にした。
「俺は篁という男と話しをしました。あいつはどういう存在なんですか? 以前の世界を含めても会った事がありません」
「篁は夜会という組織を束ねている男だ。滅多な事では表に出て来ないからな、君が知らないのも無理はない」
「今回の一件は、ある種篁が仕組んだ陰陽座に対するクーデターと言ってもいい。夜会の人間はほぼ全員彼の思想に賛同しているみたいだ。近く宣戦布告があるかもしれない」
優司の口から発せられた宣戦布告という言葉は、室内の空気を一段と重くした。
協会が陰陽座という組織に変わり、こういったいざこざがなくなっていたと思っていたからこそ、より一層ダメージが大きかった。
「篁は政府が退魔師の活動を縮小させようとしてるって言ってた。父さんは当然その事を知っていたんだよね?」
「僕に限らずある程度の立場の人間は知っていた事だよ。以前陰陽座の会議に恭弥を連れて行ったのは覚えているかい? あの時の議題がまさにそれに関係していた。僕達はなんとかして資金繰りを良くしようとしていた。それもこれも、政府が助成金を減らしたからだ」
「じゃあやっぱり、篁の言っていた事は本当だったんだ」
「そうだね。僕らもなんとかしようと動いている最中だった。けど、篁は待てなかったみたいだ」
篁の発言が本当の事であるのはわかっていた事だが、こうして口に出されるとあの時とは別種の衝撃とやるせなさが襲ってきた。
「そういえば、篁は俺を神輿にしようとしていた。なんでも、退魔師の開祖の生まれ変わりだって。それはどういう意味なの?」
そう問いかけると、優司は明彦と顔を見合わせて互いに答えあぐねていた。すると、
「それに関しては私の口から説明しましょう」
それまで黙って話しを聞いていた千鶴が口を開いた。
「退魔師の開祖と呼ばれる人間は二人います。一人はご存知安倍晴明、そしてもう一人が蘆屋道満。恭弥、あなたの事です」
「俺?」
「千鶴ちゃん、それは――」
「わかっています。しかし、話せる範囲で話さなければならない段にきています」
きっと本来であれば恭弥達が知ってはいけない内容の話なのだろう。優司が止めようとするが、千鶴は理解した上で話そうとしていた。
暫し二人は見つめ合った後、やがて根負けしたらしい優司が続きを促した。
「過去に戻った狭間恭弥は蘆屋道満と名を変えて幾年も戦っていたようです。そして彼は安倍晴明と出会い、退魔師という職を確立させたのです。これらの情報は蘆屋道満が後世に遺した巻物に記されていた事です」
「千鶴さんはその巻物を見たんですよね? だからその事を知っている。それはわかります。だけど、なんでそれを篁達が知っていたんですか?」
「そこが問題です。安倍家に遺されていた巻物は私が地下に行っている間に紛失したようなのです」
「紛失した?」
「ええ。私も地上に戻ってきてから知ったのです。優司さんの手も借りて捜索をしていたのですが、この分だと安倍家の巻物は篁達の手に渡っていると考えて間違いないでしょう」
「だから俺が狙われたのか……」
これで彼らが天城の事を知っていた事にも納得がいった。恐らく彼らは巻物の情報から対処法を編み出したのだろう。だから、あの場で天城との繋がりが断たれていたのだ。
「そういう事でしょうね。退魔師の復権を考える彼らにとって、開祖の生まれ変わりである恭弥は神輿とするには魅力的に過ぎます。おまけに当の本人は何も知らないときている。あれやこれやと吹き込むにも最適です」
「……退魔師の活動規模縮小について、父さんはどう思ってるの?」
「どう、と言われてもね。その点は篁と同じだよ。いたずらに犠牲を増やすだけだと思ってるよ。ただ僕らは、話し合いでなんとかしようとしている」
「篁達はそれが出来ないと思ったから強硬策に出たって訳ね。なるほど、なんとなく見えてきた」
「しかし、問題はそれを知った上で今後どうするかという事だ。拠点の一つを潰したとて人員の大半は残っている」
情報の共有がなされた段になって明彦が今後の事について話し始める。
「恭弥は彼らの計画を聞いてるんだよね? 皆にどんなものだったのかもう一度話してくれ」
「えっと、妖と戦う事をやめて、被害が拡大したところにそれが政府のせいであると公表するみたいです。それで、世論を味方につけて権利を回復させるって感じかな?」
「篁の考えそうな事だな。しかし、実に効果的でもある」
明彦に同調するように、千鶴がこう続ける。
「頭の痛い事に、今世論は私達の多額の活動費を批難する流れにありますからね。私達を邪魔に考える政府としては追い風でしょう」
そして、優司も二人に同調してこう続けた。
「その流れを作ってるのもまた、政府なんだけどねえ。メディアへの介入は正直僕としても目に余るものがあるくらいだ。だからこそ、一概に篁を否定出来ないっていうのがある」
「でもそれって結局、一般の人が俺達の活動をよく知らないからだよね? なりたい職業ランキングとかでは上位な訳だし、やりようによっては世論を変えられるんじゃない?」
「もうちょっと待てばテレビは力を失ってSNSが力をつけますし、広報に力を入れるのはどうですか?」
神楽の意見は未来を知っているからこその発言だった。しかし、優司と明彦の反応は芳しくなかった。というのも、
「そのもうちょっとの間に奴らは事を起こすだろうさ。それでは遅いんだ」
優司もまた明彦の言葉に同意らしく、苦々しい顔をして紫煙を吐き出した。
「むう……いい案だと思ったんですけねえ」
「いや、待てよ。篁達だって世論を味方につけるには少なからず広報を行うはずだ。そしてその手段はメディアなはずだ。なら俺達が先んじてメディアを掌握すれば……」
「うーん、同時並行で政府内に味方をつければ成立しそうではあるけど、幾ら袖の下を渡せばいいのか検討がつかないなあ。いくら僕達でもお金には限界があるからね。現実的とはいえないかもしれない」
議論が煮詰まりそうになった時、桃花がボソリとこんな事を言った。
「彼らの真似をしてみるのはどうでしょうか」
「というと?」
「お偉い様の依頼だけ蹴るのです。そうすれば、彼らもわたくし達の重要性を理解するでしょう。そうなれば、そうそう邪険には出来ないはず」
一見突拍子もない考えのようにも思えるが、その実篁達の案が効果的であるように桃花の案もまた効果的であるのは間違いなかった。
「発想の逆転だね。でも、完全に蹴るのは心象を悪くしかねない。だから、ちょっとしたピンチを演出するっていうのはどうだろう?」
優司の言っている事はつまりこうだ。従来のように妖に襲われる前に討伐するのではなく、襲われて命の危機にある状況で助けに入る。そうすれば退魔師の「おかげで」助かったと認識する。
「雑な作戦だけど、ヒーローは遅れてやってくるって言うぐらいだしね。いいと思う」
「よし、それじゃ当面はその作戦でいこう。同時並行で篁達の戦力を削ぐ。他に意見は?」
ざっと見回して意見がない事を確認した優司は、話し合いを終えた。
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