第210話

「俺達を拐った目的を言え」


 恭弥は開口一番そう尋ねた。すると、男はそうくるとわかっていたのか、用意していた答えを話すかのようにスラスラと喋り出した。


「近年、退魔師の権利は著しく低下している。それもこれも群衆が退魔師特権を認めないからだ。おかしいとは思わないか? 誰が人々を守っていると思う? なぜ我々ばかりが血を流し、命を落とさねばならない?」


「あんたの言う退魔師特権が何を指しているのかは知らんが、今だってお務めに必要だったら割り込みが認められているだろう」


「そんなものは当然の権利だ。病人を乗せた救急車が信号を守るかね?」

「それは……」


「無知で蒙昧な愚民どもは誰に守られているか知っているのに、口に出すのは不平不満ばかりだ。我々はなんのために戦っているのだ。隣人を守るために戦っていたのではないのか? その隣人に糾弾されるとはどういう事だ」


「だからって、どうしたいんだ」


 男は一息つくと、周りに立っている者達に言い聞かせるかのようにこう宣言した。


「世界を変える」


「はっ! 何を言うかと思えば突拍子もない事を言うじゃあないか。あんたいい歳して夢見過ぎなんじゃないか?」


「突拍子もないと思うかね。だが考えても見給え、陰陽省に始まり、協会、陰陽庁、そして陰陽座と我々が所属する組織は変わっている。その度、我々は不利益を被っている」


「どうせ不利益って言ったって金だろ? あんた達の考えそうな事だ」


 男は「そう思うかね?」と言った後、背後に立っている退魔師から紙束を受け取った。そして、それを恭弥に差し出した。


 表紙も何もないそれには、近年の退魔師の活動規模の縮小についてが書かれていた。特に恭弥の目を引いたのは、退魔師の能力を科学的に分析して一般人でも妖と戦えるようにする政府主導のプロジェクトについてだった。


「な、何をバカな――」


「と思うだろう? しかし連中は我々の圧倒的な力を恐れているんだ。一般に軍事力というのは、コントロール出来る事が第一の要因だ。代替不能な個人にそれを委ねるのはあり得ない事なんだよ。何かに当てはまると思わないか?」


その問いは考えずともすぐに思い至った。つまり、


「今の退魔師の関係だ……」


「そうだ。妖に対抗するには退魔師という個人の力が必要だ。しかし退魔師は個人だ。反逆の恐れがある。そうなった時、首輪をつけたいと考えるが、我々にはつけられる首輪がない」


「じゃあ、活動費用の縮小は……」


「連中は退魔師という存在そのものを邪魔に思っているんだよ。活動費用の縮小などそれの一貫に過ぎん。誰でも妖に対抗出来て、尚且つ量産が容易な、いわば公務員のような存在を求めているのだよ」


「そんな事、出来るはずがない!」


「それは我々の側の考えだ。連中は真剣に可能だと思っているのだよ。そんな事が許されるはずがないと思わないかね?」


「それは……けど……」


「君は退魔師の開祖の生まれ変わりだと聞いている。単刀直入に言う。我々の神輿となって、共に政府の腐敗と戦って欲しい」


 恭弥は知らずの内前のめりで男の会話を聞いていた事に気付いた。それほどまでに、男の話す内容は衝撃的だった。


「……戦うと言ったって具体的にどうするつもりなんだ?」


「まずは退魔師をまとめ上げ、妖と戦う事をやめる。そして退魔師が活動出来なくなった理由は政府のせいであると公表する。そうすれば世論は我々の味方をするだろうさ」


「……そうやってなし崩しに権利を得るつもりか。俺達が戦わない間に傷つく人達についてはどう思ってるんだ」


 男は苦渋の表情を浮かべて「必要な犠牲だ」と言った。その表情がどこか演技臭くて恭弥は気に入らなかった。そんな感情を読み取ったのだろう、男はこう続ける。


「勘違いしないでほしいんだが、私とて無辜の民をいたずらに傷つけたい訳ではない。しかし、犠牲無くして革命は起こり得ないんだ。わかるだろう?」


「確かにね。鼻っ柱を折ろうっていうのに痛みなしってのは虫がいい話だ。けど、そのために不必要な人まで巻き込むのは見過ごせない」


「代案があるのなら私とてそうする。だが、これ以外に方法はない。それは君とて――」


 突如として爆発音が響き渡った。まるで怒りに身を任せるかのように霊力を辺り一帯にぶちまけている。この霊気には覚えがある。優司のものだ。


「……どうやらここまでのようだな。恭弥君、我々と共に来てはくれないかね」


 男はジッと恭弥の目を見て手を差し出した。だが、恭弥がその手を握る事はなかった。


「そうか……残念だよ。だが、私は諦めの悪い男でね。何度でも誘わせてもらうよ。私の名はたかむらだ。篁楓かえで。いずれ君の同士となる男の名だ、覚えておいてくれ」


 どうやらこの場で恭弥をどうこうするつもりはないらしい。篁は退魔師達を引き連れて足早に去っていった。


 それからすぐに、入り口を半壊させて優司と千鶴が現れた。


「恭弥!」

「父さん……」


 恭弥は助けが来た事を嬉しく思いながらも、それを素直に表に出す気分にはなれなかった。それというのも、全ては篁が語った事のせいだ。


 篁の話を100%信じる訳ではないが、それでも部分的には真実が含まれているはずだ。そうでなければ、あれだけの数の退魔師が彼の味方をするはずがない。


 そう考えると、あの場で彼の手を握らないという選択を取ったのは正解だったのかとどうしても考えてしまう。


 そんな様子を見たからだろう、優司と千鶴は何かされたのかと心配そうにこちらに寄ってきた。


「いや、ただ拘束されていただけだよ。俺は大丈夫だから、桃花達を探してあげて」


 助けに来たのはこの二人だけではないようで、彼らの後ろからゾロゾロと人が施設に押し寄せてきた。優司は彼らに桃花と神楽を探すよう命じると、未だ椅子に座ったままの恭弥の対面に腰を下ろした。


「誰と何を話したんだい?」


 そう問いかけた優司は、恭弥が誰かに何かを吹き込まれたのを見透かしているようだった。その上で、今すぐに話しを聞かなければいけないと思っているようだった。


「篁って人に政府が退魔師の活動を縮小しようとしてるって言われた。本当の事なの?」


 そう言うと、優司は小さくため息をついた後煙草に火をつけた。皮肉にもその反応で篁の言っていた事が嘘やデタラメではない事がわかってしまった。


「……本当の事なんだね」


「その話をするには場所が悪い。然るべき場所で、きちんと話すと約束する。今は桃花ちゃん達を見つけるのが先だ」


「そうだね。父さんは篁って人を知ってるんだよね?」


「知ってるよ……彼が現状に不満を持っていた事も僕は知っていた……」

 そう言って優司は大きく煙を吐き出した。

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