第209話

 一方その頃、明彦はいつまで経っても連絡がない事を心配に思い、お付きとしてパートナーにさせた高橋に連絡を入れていた。しかし、待てど暮せど高橋が電話を取る気配がなかった。


 不審に思い、彼の待機場所に人をやると、そこには霊縛呪でガチガチに拘束された高橋の姿があった。その知らせを受けた明彦はすぐさま優司に連絡を入れた。


「優司! 最悪の事態だ」

「そんなに声を荒らげてどうしたんだい?」


「呑気な事を言ってる場合じゃないぞ。高橋が拘束されていた。成り代わりだ!」


「……恭弥達は?」

 優司は執務のために手にしていたペンを机に置いた。そして、懐から煙草を取り出して火をつけた。


「連絡がつかない。恐らく、拐われたんだろう」

「僕のところには脅迫の類は届いていない。君のところは?」


「俺のところもまだだ。だがたぶん、下手人はあいつらだろう」


 優司は煙草を持っていない手で頭をポリポリと掻くと、「いやはやなんとも、これは参ったね」と呟いた。次いで、


「完全にしてやられた形になった訳だ。こんな事ならもっと過激にやるべきだった」


「過ぎた事を悔いてもしょうがない。心当たりはないか?」


「ない……事もないけど、まさかって感じかな」

「というと?」


夜会やかいだよ。僕達にバレずにこんな事が出来るとなればあそこしかない」


 そう言うと、明彦は「そんな……いやしかし……」と呟いた。


「あの件の関係者も少なくない数夜会から出てたはずだ」

「……だとすれば、相当根の深い問題だぞ」


「協会の膿が出きってなかった証拠だ。とにかく、あちらからアクションがない以上、今僕達に出来るのは人をやって恭弥達を探す事だけだ。万一の事態に備えて僕と千鶴ちゃんは出る準備をしておく。明彦は陰陽座に怪しい動きがないか探ってくれ」


「わかった……すまない、俺の人選ミスだ」

「いや、僕でも高橋さんを選んでいた。君のせいじゃない」


「……すまん。何かわかればすぐに連絡する」

「うん。情報の共有は密に行おう」


 電話を切った優司はすぐに千鶴を呼び出し、事態を共有した。そして、使える人間を総動員して恭弥達の捜索にあたらせた。


   ○


 目覚めると、何もないコンクリート壁に囲まれた部屋にいた。両手足には霊縛呪で作られた鎖が付けられている。鎖の根本はコンクリートの床深くに埋められており、簡単には拘束を解けそうになかった。


「……なんか前の世界でもこんな事があったような気がするな」


 ボソリと呟くも、当然独り言に答えてくれる相手などいなかった。


(なんて、言ってる場合じゃないよな……)


 試しに天城に話しかけてみるも、やはり返事はなかった。先程は焦りで気付かなかったが、どうも天城と繋がっているチャンネルのようなものに蓋がされている感覚があった。


 四肢を縛る鎖をガチャガチャと引っ張った後、異能を発動させてみたが、やはり霊縛呪の効果で霊力が霧散してしまった。暴れるだけ体力の無駄のようだ。


「参ったね、こりゃ……どうしたもんかな」


 恐らく異変に気付いた優司達が捜索を出しているだろうが、そもそも囚われている場所がわからないのでこちらから何かアクションを起こす事が出来ない。


 何かないかと室内を見回すと、部屋の隅に監視カメラが一台設置されている事に気付いた。


 少し悩んだが、黙っていても事態は好転しないので恭弥はカメラに向かって手を振ってみた。すると、少しもしない後に扉が開けられた。中に入ってきたのは前の世界と合わせても見た事のない妙齢の女だった。


 女は興奮した様子でショートカットの髪を振り乱しながらこちらに近寄ってくると、恭弥の頬を手で包んでこう言った。


「ああ、教祖様……」

(なんだこいつ……目が完全にイッてるぞ)


 恭弥は本能的な恐怖を抱いた。ともすれば今からこの女にレイプでもされかねない。そんな感覚を抱くほどに女は狂熱的な想いを抱いているのが見て取れた。


 若い女性がエレベーターで男と二人きりになるのを嫌がるという話はよく聞くが、今ならその気持ちがよくわかった。


「……あなたは誰ですか?」


 そう問いかけると、女は身を捩りながら腰を震わせた。絶頂でもしているのかもしれない。


「私は教祖様の手足です。教祖様の目……感覚……髪、声!  私は貴方様です!」


 喋りながら勝手に気分を高揚させていく女を見ながら、反対に恭弥はどんどんと冷静になっていった。いや、あまりの気持ち悪さから気が冷めていった。


 これ以上この女と会話しても得るものはないだろう。そう思いながらも、他に手段がないので恭弥は続けて問いかける。


「何が目的で俺を拐ったんですか」


「拐っただなんて誤解です! 私達はただより良い世界のために……!


「より良い世界?」


「そうです! 今の世界は間違っているんです! 人々を救う退魔師の権利はどんどんとなくなっています。今こそ退魔師の権利を戻すべきなんです!」


「それで? その目的と俺になんの関係が?」


「貴方様は開祖の生まれ変わりなのです。貴方こそ全ての退魔師の始まり! 私達は貴方様の手足になりたいのです!」


(ようは俺を担ぎ上げてなんかしたいって事か……桃花達が心配だけど、たぶん言わない方がいいんだろうな……)


 この女は狂っている。そんな女の前で別の人間の名前を出すのはリスクでしかない。とはいえ、都合の良い事にどうやら女は恭弥を信奉しているようだ。であれば、


「この拘束解いてくれませんか」


 そう言うと、女は二つ返事でポケットから鍵を出して鎖を外した。


 恭弥は四肢を拘束していた霊縛呪がなくなると同時に女を気絶させて鍵を奪って部屋から脱出した。


 あれだけ対策がなされていたというのにあまりに呆気なかった。その理由は、部屋を出てすぐにわかった。


 階段を上り、広場に出ると、大量の退魔師達が待ち受けていたのだ。その中には夜光の姿もある。有象無象というにはあまりに実力者が揃いすぎていた。


「あの娘にも困ったものだな。どうしてもというから会わせてやれば……よもや簡単に拘束を外すなど」

 退魔師達を割って出てきた壮年の男が言った。


「随分な歓迎じゃないか。俺はこんな事をされるような覚えはないんだけど?」


「君が君であるというだけで理由があるのだよ、狭間恭弥君。君は自分の価値を理解していないようだ。ああ、戦おうなどと思うなよ。いくら君でもこの数の退魔師相手では厳しいだろう?」


「……どうかな?」


 とは言ったものの、厳しいなどというものではないだろう。夜光一人でも手に余るというのに、パッと見ただけで夜光に近しい実力を持った者が何人かいるのがわかる。これでは正面から戦って脱出は不可能だろう。


「まあ、かけたまえ」


 男はそう言って恭弥に一人がけソファに座るよう促す。また、自身も対面のソファに腰掛けた。


「どうした、座らないのか?」


 男はここでのルールは自分自身だとでも言わんばかりの純粋な疑問をぶつける。悩んだが、座る以外の選択肢がなかったので、恭弥は言われるまま腰を下ろした。すぐに恭弥を囲むように退魔師達が背後に回る。これで、話しをする以外の事が出来なくなった。

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