第199話

「今、なんて……?」


「安倍千鶴は幽閉されている」


「なんで! あの人が幽閉されるなんておかしいよ!」


 立ち上がりそう叫ぶ恭弥を見て、優司は冷静に「座りなさい」と言った。座らなければ何も話す事はないといった様子の優司に、恭弥は渋々ソファに腰を下ろす。


「少し、先の話をしよう。御三家という言葉は覚えているかい?」


「前に稲荷が言ってた事だよね?」


「そうだ。御三家とは狭間、椎名、鬼灯を指す。この三つの共通点、今の恭弥ならわかるんじゃないかな?」


「前の世界の記憶を持ってる?」


「そうだ。御三家は正確には三つの家を指して言ってるんじゃない。記憶を持った子供達の事を指しているんだ。その昔、蘆屋道満という人がいた。まだ退魔師という言葉すら世に定着していなかった時代の人物だ。御三家とは、蘆屋道満が言った言葉なんだよ」


「やっぱり蘆屋道満は空想の人物じゃなかったのか……」


「うん。彼は決して表舞台には出てこなかったけど、歴史の要所要所で顔を出していた。そんな彼が遺した巻物が三つある。その内の一つが狭間家に伝わっている。僕はこれまで、その巻物に従って恭弥に隠し事をしてきたんだ」


「……残りの二つはどこに?」


「椎名家と安倍家。といっても、今は安倍家が所持しているというだけで、元々は安倍晴明の直系が所持していたらしい。土御門とかね。紆余曲折あって結局傍流の安倍が今所持しているという訳だ」


「それと千鶴さんが幽閉されてる事とどんな関係があるのさ?」


「千鶴ちゃんはその巻物を見てしまったんだよ。その結果、自ら幽閉されにいったんだ。きっと、場が整うまで当事者である自分が口外してしまう事を恐れたんだろうね」


「場が整うっていうのは?」


「それが先の話だ。『巻物に記された人物達が然るべき力を身に着けた時、ここに記された事を明かす』それが当代の狭間家当主の使命だ。たぶん、明彦のところも同じような事が書いてあるんだと思うよ」


「でも、千鶴さんは御三家って訳じゃないんだよね? なのになんで巻物が?」


「そこは僕も疑問に思うところだけど、恐らく千鶴ちゃんも記憶を引き継いでいるんだと思う。彼女の神童ぶりは耳にタコが出来るほど聞いたからね。およそ少女が持っていい力を逸脱した能力を持っていたそうだから」


「世代が違うから除外されたのか……? だとしても……今千鶴さんはどこにいるの?」


「陰陽座の地下深く。彼女はそこでひたすらに己を鍛えているらしい」


 恭弥は以前優司に渡されたカードキーの存在を思い出した。黒を基調に一本の白いラインが入ったそれは、優司いわく陰陽座のどこにでも入れるカードキーらしい。アレがあればひょっとすると千鶴のいる場所にも――。


「恭弥、千鶴ちゃんに会おうとしてるでしょ。前渡したカードキーじゃ入れないよ。彼女のいる場所は最高レベルのセキュリティがかかってる。僕が持ってるクラスのものじゃないと無理だ」


「わかってるなら貸してほしいな」

「会えないって言ったばかりでしょ」


 二人は暫くの間無言で睨み合った。結果、先に折れたのは優司だった。


「やれやれ……言い出したらきかないところなんかは梨沙にそっくりだな」


「じゃあ――」


「ただで、とは言わないよ。欲しければ勝ち取るんだ。模擬戦で僕に勝てば貸してあげよう」


「その勝負、乗った……!」


   ○


 二人は修練場に移動すると、揃って霊装へと着替えた。それはこの模擬戦が実戦を意識したものであるという事の証左だった。これから行われる勝負は命のやり取りに近しい勝負なのだ。


「ハンデとして、僕は右手しか使わない。一撃でも僕に有効打を入れられたら、恭弥の勝ちにしてあげよう」


「それはまた……随分優しいじゃないか。わかってると思うけど、俺は全力でいくからね」


「いいとも。そうでなければ霊装を着た甲斐がない」


 恭弥の両手に霊力で構築された刀が生み出された。ジリジリと距離が詰められていく。


「それじゃ、行くよ!」

「おいで」


 恭弥はバカ正直に真正面から突撃した――と見せかけて、突如としてその方向を変えた。


 優司から見て左方向にその歩みを変えたのだ。こうする事で、左手を自ら封じている優司は身体の向きを変えるしかない。そう考えたのだが、


(余裕そうな面しやがって……驚けちくしょう!)


 優司は後一歩近づけば手が触れるという距離にまで恭弥が肉薄して尚、不敵な笑みを浮かべたまま棒立ちの姿勢を崩さなかった。


 その隙を逃すつもりはなかった。余裕を見せている今が好機……恭弥は全身を回転させて両手の刀をぶつけた。が、次の瞬間恭弥の身体は修練場の端まで吹き飛んでいた。


「ガッハ……!」


 相当に加減されたのだろう、見た目ほどのダメージは無かったが肺の中の空気が全て吐き出されてしまった。恭弥は慌てて立ち上がり、息吹で呼吸を整えた。


「決まったと思ったでしょう? 甘々だよ」

「……参考程度に何をしたのか教えてほしいな」


「それは出来ないな。自分の目で見て確認するんだ。恭弥ならそれが出来るはずだよ」


 優司は先程の位置から一歩も動いていない。普通に考えて、身体を使ってここまでの衝撃を与えるとなると相応に足を踏ん張る必要がある。だがあの瞬間、確実に優司は動いていなかった。となると、何らかの異能を使用したと見て間違いないだろう。


(これが実戦じゃなくて本当に良かった……殺されないとわかってるだけ何度も挑める!)


 恭弥は再び駆け出した。今度は先程のように搦め手を使用する事なく愚直に真正面から挑んだ。また吹き飛ばされてしまうだろうが、それでいい。


「ゴホ……!」

「どうだい? 何かわかったかい?」

「……おかげ様で」


 正面から挑んだおかげで種がわかった。優司は恭弥が肉薄した瞬間に円柱状に構築した霊力の塊で恭弥の腹を押しただけだった。


 考えてみれば当たり前の事だった。異能は遺伝する。ならば、恭弥の父である優司もまた霊力を物質化する能力を持っているはずなのだ。使い方が恭弥と全く違ったせいで一度目の斬り結びでわからなかっただけだ。


(やる事に変わりはない……右手しか使わないんだから左側を狙えばいいだけだ)


 恭弥は再び正面から突き進んだ。意識を集中させる。円柱状の霊力の塊は右手から発せられるはず。目で見て、避けて攻撃する。


(来た! そこだ……!)


 伸び切った円柱状の塊を足場にして、空中で姿勢を変えた恭弥はがら空きの横腹に蹴りを入れ――ようとした。だが、次の瞬間恭弥は再び吹き飛ばされていた。


「……っ!?」


「何をされたかわかっていない顔だね。一つ良い事を教えてあげよう。狭間の異能は恭弥が思っている以上に融通が利くものだ。物質化が及ぶ範囲は何も手の内だけじゃない。知覚出来る範囲であればどんな使い方だって出来るんだよ。例えば、こんな風に――」


 そう言うと、優司は全身に先程恭弥を吹き飛ばした円柱を生み出して見せた。


「……ようするにハリネズミって事じゃないか。何がハンデだよ。とんだペテン師だ」


「頭を柔らかくする事だ。僕はここから一歩も動かずに恭弥を制圧出来る。裏を返せば、恭弥にも同じ事が出来るんだよ。それとも、異能も縛った方がいいかな?」


「冗談。そこまで手加減されて勝っても嬉しくないよ」


「それでこそだ。さあ、次はどんな手で来るかな?」


 ニコリと微笑む優司に対して恭弥は苦渋に満ちた表情だった。


(どうしたもんかな……こういう時、石下灰燼流ならガードごとぶち壊すんだろうけど、生憎今の俺の身体じゃそれに耐えられないだろうしなあ……一か八か鬼の力を使ってみるか……?)


「クソ! 考えるのはやめだ! やってやる!」


 恭弥は身の丈の何倍もある大太刀を生み出すと、グルグルと回転して優司に向かって放り投げた。と同時に、鬼の力を解放して爆発的な速度で優司に接近を試みた。


「……そうきたか。面白い。避けるのは簡単だけど、付き合ってあげるよ」


 優司は迫りくる大太刀を霊力で生み出した壁で受け止めた。その隙に接近していた恭弥が貫き手を放つ。が、優司はそれすらも手首を掴む事で阻止した。


「こんなものかい?」

「……今だっ!」

「ッ!」


 優司の背後から一本の苦無が飛んできた。流石の優司もそれは予想していなかったようで、慌てて振り返って「左手」で苦無を受け止めた。


 恭弥は自身をも囮として、大太刀を放り投げると同時に生み出していた本命の苦無を当てるつもりだったのだが防がれてしまった。


 これが実戦であったならば恭弥の完敗だが、これはルールありの模擬戦だ。優司は右手以外を使用してしまったのでルール違反となる。つまり、


「俺の勝ち、だね?」


「……そうだね。僕の負けだよ。試合に勝って勝負に負けたってやつだね。いやはや、教えてすぐに実践出来るとは流石は僕の息子だ」


「でもまさか、父さんがこんなに強いとは思わなかったよ。父さんって何級なの?」


「僕かい? 僕は特級だよ」

「は、マジで?」


「うん。恭弥こそ、僕の知らない力を使用したみたいだけど、なんの力だい?」


「俺鬼と契約してるからその力を借りたんだ。まだ身体が出来上がってないから一か八かだったけど、短時間だったから筋肉痛程度で済みそうで良かったよ」


「ええ! そういうのは先に教えてよ。ズルいじゃないか」


「そんな事言って、どうせ巻物に書いてあるんじゃないの?」


「あ、バレてた? 実は知ってました。だから天城ちゃんだっけ? の事も隠さないで大丈夫だよ」


 優司がそう言うと、地面に黒いシミが現れてそこから天城が出てきた。


「なんじゃ、お主我の事を知っとったんか」


「うん。いつ紹介してくれるのかなーと思ってずっと待ってたんだけど、いつまで経っても紹介してくれないんだもん。いい機会だから自己紹介してよ」


「鬼じゃ」


 相も変わらず「鬼じゃ」としか言わない天城を上から下までじっくりと眺めた優司は「うーん」と言って腕を組んだ。


「さては君、相当高名な鬼だね。ヒトガタを作れるところもそうだけど、こうして相対しても普通の子供にしか見えない。どうしてそんなに霊力を封じ込めているんだい?」


「さて、な」

「天城の事は巻物にも書いてないの?」


「うん。契約している鬼がいるというのは知っていたけど、その鬼が何者かまでは書いてなかった。でも、さっきの力といい彼女が相当強いのは疑いようがないね」


「ふうん。まあ確かに、前なんて頭潰されても生き返ったしなあ」


「誰が?」

「俺」


「ええ! そんな事があったのかい? 頼むよ恭弥、もっと自分を大事にしてくれ」


「いや前の世界での話だから。それに今は、前ほどの回復力ないみたいだし」


「だからって……」


 心配そうにする優司をよそに、のそのそと黒いシミから身体を出した天城は優司に向かって「おいお前」と言った。


「我は暇を持て余しておる。お前金持ちなんじゃろ。我に美味いものを食わせて暇つぶしの本を用意しろ」


「鬼なのにご飯食べるのかい?」


「お前だって吸う必要もないのに煙草を吸うじゃろ。それと同じじゃ」


「なるほど確かに。ようは嗜好品って事だ。いいよ、その代わり恭弥を守ってあげてくれ」


「言われんでもそうするわい。こやつが死ねば我はまた寝床を探す必要があるからの。それは面倒じゃ」


「それじゃ今晩から夕食に参加するといい。ステーキでも用意させよう」


「うむ。我は寝る」

 言いたい事を言い終わった天城は再び黒いシミへと消えていった。


「なかなか面白い子じゃないか」

「わがまま放題の天の邪鬼野郎だよ」


 そう言うと、黒いシミからにゅっと手が伸びてきて恭弥を転ばせた。


「テメエ何しやがる!」

「我を天の邪鬼などと一緒にするな」


「なるほど天の邪鬼も鬼の一種だもんね。彼女ほど高位の鬼なら一緒にされたらムッとくるだろうね」


「怒るとこそこかよ!」


 言い返すも、用が済んだ天城はとっくの昔に黒いシミに消えていた。


「ったく……ほんとに面倒くさいやつだ」


「可愛いじゃないか。ま、お話しはこれくらいにして行こうか」


「父さんもついてくるの?」


「僕のカードキーを僕以外が使えば問題になるからね」


「それもそうか。じゃあ急いで行こう」

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