第140話 ※残酷描写あり。

 時は少しだけ遡る。恭弥達が椎名家に着き、話し合いを始めた頃だ。鬼灯家では未だ秘密の会合が行われていた。同じような会話がループするように何度も何度も確認され、薫はいい加減辟易してきていた。


「確か冥道院のところは蟲使いの家系だったな。となれば、火の異能を持った者が望ましい」

 そう言って三成は鞄から自ら見繕ってきたフリーの退魔師の履歴書を複数枚出してきた。


「……どれもこれも火力が足らんな。どうにか椎名の娘並の力を持った者を集められないものか……」


「無茶を言うな。これでも高ランクの者を見繕ってきたのだぞ。これ以上を求めるとなるとどこぞの子飼い以外にない」


「ううむ……戦闘記録が乏しいのも問題だ。そもそも、奴は人間なのか。戦前と変わらない姿をしているように思うが……」


「わからん。全て焼き払ってしまったようだからな、記録らしい記録は残っていない。そんな事はお主とてわかっている事だろう」


「ねえ、私いい加減眠たいんだけど」


「む。もうこんな時間か。わかった。薫は先に寝ていなさい。私達はまだ話す事がある」


「少し娘に甘すぎるのではないか。この様子では事の重大さを理解していないぞ」


「そうは言ってもまだ10代だ。そこまでの責任は――」


(くだらない……)

 二人が言い合いをしている隙に薫はそっと部屋を出た。


 外に出ると、美しい満月が見えた。雲ひとつない星空に目を奪われていると、不意に声が聞こえた。


「やあお嬢さん。こんな月夜に秘密の相談事かい」

 冥道院だった。彼は庭の大木に寝そべっていた。月以外に周囲を照らすものがない暗闇で、煌々と右目に埋め込まれた殺生石の欠片が輝いている。


「っ! お父さん!」


 娘の悲鳴にも似た声にただならぬものを感じた慶一が飛び出してくる。


「こんばんは。今日はいい夜だね」

「いつの間に侵入された……? お前が冥道院か!」


 冥道院は木からふわりと飛び降りると鷹揚に挨拶をして見せた。


「いかにも、僕が冥道院だよ。君達には悪いけど、僕の蟲になってもらう」

「ふざけた事を……! 喝!」


 慶一の双眸が爛々と剥かれた。怪しく金色に光り輝くその眼こそ、彼が鬼灯家である事の証明だった。


 しかと冥道院の双眸を捉えた魅惑の瞳術は、その効果を遺憾なく発揮する。即ち、彼の身体を徐々にあらぬ方向へと捻じ曲げていったのだ。


 腕が捻じれ、骨が飛び出す。足がポキリと折れた。肋骨は皮膚を突き破り外に飛び出た。首は180度回転してしまった。それでも尚、冥道院は薄く笑っていた。


「こんなものかい?」

「化け物が……!」


 二人が対峙している隙に、コソコソと三成はその場から逃げようとしていた。だが、その様子が気に食わなかった冥道院は、いち早く蟲を三成の元へと送っていた。


「ひっ、ひいいいい!」

 ムカデのような姿をした無数の蟲が三成の足元から上っていく。ガブリガブリと肉に食いつき、その毒を注入していく。


「君は稲荷の当主だろう? その程度で悲鳴を上げるなんて、なんて情けないんだ」


 ボキボキと捻じ曲げられた骨を元に戻した冥道院は、蛾のような蟲を生み出すと、痛みにもんどり打って動けずにいる三成を自らの元まで蛾に運ばせた。


 そうして、ムカデに喰われていく三成を愉悦に満ちた表情で眺めながらこう言った。


「焼けるような痛みが走るだろう? 僕の母さんも生きながらにして焼かれて死んでいったんだ。だけどね、僕の母さんは悲鳴一つ上げなかったよ?」


「た、助けてくれ!」


「きっと母さんもそう思っただろうなあ。なのに、誰も助けてくれる人はいなかった。フフフ、君も存分に苦しむといい」


「うわああああああああ!」

 徐々に徐々に三成の身体が溶けて蟲になっていく。その様子を見ながら、慶一は隣で呆然としている薫に耳打ちをする。


「薫、弟を連れて逃げなさい」

「で、でも……!」


 不安がる薫に、慶一は笑顔を見せた。それが精一杯の優しさだった。恐らく自分も三成と同様の最期を辿るだろう。だが、せめて子供だけはという親心だった。


 薫は瞳にいっぱいの涙を溜めながらその場から走り去った。それを見届けた慶一は肌見離さず持っている自身の武器である錫杖を構えた。


「おや、親子ごっこはもう終わったのかい?」

「貴様はここで殺す。殺さねばならん存在だ」


「君に出来るかな?」

「喝!」


 再び慶一の双眸が燦と輝いた。冥道院は抵抗らしい抵抗は見せなかった。それどころか好んで魔の瞳を覗き込んだ。当然、彼の身体は捻じ曲げていく。


 骨が砕け、皮膚を突き破る。ブシュブシュと血が吹き上がるが、冥道院はどこ吹く風だった。だが、そんな事は先の邂逅でわかっていた。慶一は駆け出し、錫杖を胸に突き立てた。


 胸骨を打ち砕き、背中まで貫通した錫杖から緑色の葉が現れる。血生臭い匂いに混ざって、どこかハーブのような香りが広がった。月桂樹だ。


 月桂樹には古くから魔を払う効果があるとされてきた。実際、それに似た効果を持っており、しっかりとした霊水で育てられた月桂樹の葉には、妖の行動を麻痺させる効果があった。


「月桂樹か。うん、いい目の付け所だね。確かにこれなら僕にダメージを与えられる。だけど、それだけだ。殺すまでには至らないよ。どうやら君は弱いようだ」


「時間を稼げればそれでよい!」

「なるほど。じゃあ君に付き合ってあげるとしようか」


 おもちゃを見つけた子供のような笑みを浮かべた冥道院は、手で合図を出すと大ムカデを呼び寄せた。そしてそのムカデに指示を出して慶一の足首に噛みつかせた。


「ぐうっ!」

「噛まれた箇所から少しずつ君の身体は溶けて蟲になっていく。君の命が尽きるのが先か、時間を稼ぐ事に成功するのが先か、勝負だね」


「ゲーム感覚のつもりか……!」

「うん、そのつもりだよ。これでも僕は君に敬意を表しているんだ。いつの世も子を思う親の気持ちは尊いものだからね。君には結果を見る権利がある」


 こうして冥道院と慶一の我慢比べが始まった。慶一が刃物を携帯していなかったのは不幸としか言いようがなかった。噛まれた箇所から変化が起こっているので、足首を切り落とす事が出来ればあるいは重傷で済んだかもしれない。だが、現実は冥道院のペースで終始進んでいる。なんらかの理由で彼が飽きれば時間を稼ぐ事すら困難になるだろう。


(頼む……なんとか無事に逃げていてくれ……!)


 普段神仏になど願ったりしない慶一が願った。だがなんと無情な事だろうか。命を懸けて慶一が稼いでいる時間は、その実まったくもって無駄だった。

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