第139話
神楽の操る鳥型の式神は、椎名家の広大な庭へと足を下ろした。そして、式を解除した神楽は、恭弥を本邸ではなく離れの一室に案内した。
離れといっても、本邸が立派過ぎるだけであり、離れも一般家庭と比べて広大な敷地を持っている狭間家と同等かそれ以上の広さだった。内装も、高そうな掛け軸や壺が飾ってある。
恭弥が案内された部屋はすでに宿泊の準備が整えられており、布団が敷かれていた。床の間に飾られた掛け軸と生け花が、どこぞの旅館にでもきたかと錯覚させた。
「ここで待っててくださいね」
そう言って神楽がいなくなってからすでに10分が経過していた。いい加減黙って待っているのも暇になってきたので、室内の探索でも行おうと床の間の周辺を漁ってみた。
「からくり屋敷だと掛け軸の裏とかに秘密の出入り口があったりするんだよなー」
などと掛け軸を捲ったりしていると、障子の開く音が聞こえた。
「遅かったな……って秋彦さん?」
振り返ると、秋彦と神楽がいた。秋彦は掛け軸を捲っている恭弥を怪訝な表情で見ていた。
「……何をしているんだ?」
「いやー秘密の出入り口とかないかなーと……あはは」
なんだか恥ずかしくなってポリポリと頬を掻きながら言う。妙なところを見られたものである。
「なんだそれは。我が家にそんなものはないぞ。まあいい、腹が減っているだろう。飯を作らせた。食べながら話しをしよう」
「私もまだ食べてないので一緒に食べましょう」
言いつつ部屋に入ってきた神楽の手には二つの膳があった。
「ありがとうございます。ちょうど腹減ってたんですよ」
神楽が押入れから折りたたみ式のちゃぶ台を出してきてセットすると、三人揃ってその前に座る。そうして、神楽と恭弥は夕飯を、秋彦は酒を飲み始めた。
「しかし、いつか酒を飲む約束はしたが、まさかこんな形になるとはな」
手酌で日本酒をやり始めた秋彦はそう口火を切った。
「本当ですよ。予定ならどっかの居酒屋で飲んだくれるはずだったのに」
「恭弥さんと父様いつの間にそんな約束してたんですか?」
「まあ、前にちょっとな」
「うむ、そういう事だ」
「むー、なんですか、男同士って感じがしますねー。いつの間にそんなに仲良くなったんですか」
箸を咥えて頬を膨らませる神楽に微笑ましいものを感じていると、秋彦がこう空気を変えた。
「状況は良くないぞ」
「みたいですね。ハメられたと言ってもいいでしょう。生き残りが俺と桃花だけというのが問題です」
「確認しておくが、今回の件、私は君の味方だ。惨状は神楽から聞き及んでいる。君がいなければ桃花は死んでいただろう。礼を言わせてくれ」
そう言って秋彦は二回りも下の恭弥にしっかりと頭を下げた。
「ちょ、ちょっと! 頭を上げてくださいよ。俺は当たり前の事をしただけですって」
「いや、だとしてもだ。その上で聞くが、君は何を隠している?」
再び頭を上げた時には、秋彦の瞳にはいかなる嘘をも見逃さないといった力強さが宿っていた。椎名家の当主としての圧を一身に受けた恭弥は、先程までとの落差に驚きながらも、こう語り始めた。
「白面金毛九尾の狐はご存知ですよね?」
「うむ。その名が出たという事は、やはりそういう事か」
「ええ、話しが早くて助かります。運動会に現れた冥道院こそ白面金毛九尾の狐の復活を目論む妖、俺達の敵です。そして恐らく、奴の存在こそ俺が処刑される事になった原因です」
そこから恭弥は冥道院家と鬼灯、稲荷家の過去を二人に話した。そして、その過去を知っている冥道院と因縁があるからこそ、安全のために処刑されるのだろう事を語った。
全てを聞き終えた秋彦は一献傾けると、神妙に頷いた。
「今の話しが本当の事だとすれば辻褄が合う。しかし問題なのは何故君がそのような事を見知っているかという事だ。私の知る限りでは狭間家と両家の繋がりはそこまで深くはないはずだ」
「それは――」
本当に全てを話すべきか迷った。話すにしても何をどこまでどう話せばいいのか、恭弥自身判断出来なかった。というのも、天城や電車の中の狭間恭弥は真実を知っている風だったが、恭弥自身が知っている事は、どこからどこまでが真実なのかわからなかったからだ。
下手に真実ぶって知っている事を話して間違っていたら、取り返しのつかない事態を招いてしまう可能性がある。
情報の取捨選択はこの業界では文字通り命を左右する。下手な事すれば昨日の友が明日の敵になってしまう事態だって考えられるのだ。だから――。
「正直、俺自身わかってないんです。たぶん、異能が暴走してるんだと思います。いろんな情報が入ってくるんですけど、どれが真実なのか判断がつかないんです。けど、今話した事は間違いなく真実だと俺は考えてます」
「君の異能は霊力の物質化だったと記憶しているが?」
「未来の記憶が見える異能も持ってます。ただ、すごい不安定なんです」
半分本音で半分嘘を言った。とはいえ、これそのものも、恭弥自身気付いていないだけで全て本当かもしれないし、全て嘘かもしれない。本当に自分自身判断がつかないのだ。
「……なるほど。そういう事にしておこう。問題なのは辻褄が合うかどうかだ。真贋を判断するのは後でいい。おかげで連中を叩く大義名分は得られた。今はそれでいい」
「ありがとうございます。もう一点、伝えなくちゃいけない重要な事があるんです。桃花の事なんですけど」
「桃花の事? それは――」
その時だった。ドタバタと焦っている様子を隠す事もなく何処から走ってきた女中が障子の前まで来ると、こう言った。
「旦那様、一大事です!」
「なんだ。今重要な話しをしている最中だぞ」
「鬼灯家のお嬢様が血まみれで我が家を訪れました!」
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