第138話
その頃、鬼灯家では稲荷家当主を呼び極秘の会合を行っていた。参加者は僅かに三名。即ち鬼灯家当主、鬼灯慶一と次期当主薫。そして
三成は常のように狐の面を付けていた。会合が始まって間もないが、慇懃無礼である事を隠そうともしないその態度に、薫はいい加減苛立ちを覚え始めていた。会合の内容が面白くない事もより一層拍車をかけていた。
「要するにお父さん達は恭弥君をスケープゴートにして時間を稼ぐっていうんでしょ? そうまでする必要があるの? いい大人が四方八方走り回ってやる事?」
言葉に険が滲み出てしまうのを薫は抑えられなかった。
「お前はまだ事の重大さを理解していないようだな。これは両家の存続にすら関わる問題なのだ。小僧一人犠牲にする事で時間が稼げるなら儲けものなのだぞ。そんな事で鬼灯の次期当主が務まるとでも思っているのか」
尚も言い足りないといった様子の三成を、慶一は「そこら辺にしてやってくれ」と止める。
「今話し合うべきはそれではないだろう。薫、以前にも話した通り今回の件は我々にとって非常によくない事態だ。過去の一件が白日の下に晒されてしまえば、稲荷はもちろんの事鬼灯家も潰れてしまう。それはわかるね?」
諭すような口調でそう言われてしまえば頷く事しか出来ない。だが、それとこれとは話が別だ。薫が引っかかっているのは何故恭弥なのかという点だ。
目撃者を消す必要があるというのであれば、生き残った桃花にも刺客を送るなりするのが筋というものだ。なのに、この二人は一切そうした事をする様子がない。まるで元々恭弥には消えてもらう予定で、今回都合が良かったからという風に思えた。
「小僧の処刑で稼ぐ時間を利用してなんとしても冥道院の倅を亡き者にする。金に糸目はつけない。協会に所属していないフリーでもなんでも利用して殺すぞ」
そう言った三成の様子はパラノイアにも似ていた。一定以上の格を持った御家が協会に所属していないフリーの退魔師の手すら借りるなど恥も外聞もあったものではない。
「わかっている。差し当たっては失せ物探しの異能を持った退魔師を雇おう。まずは奴の所在を暴く必要がある」
「うむ。そこからは総力戦だな。出せる戦力を一度にぶつける。腐っても一級退魔師を片手間にあしらった相手だ。油断はならない」
「協会に所属していない者で一級退魔師並の力を持つ者となれば数が限られるが……」
「ふん、所詮は死に損ないの亡霊だ。何をそこまで怯える必要がある」
三成は鼻で笑って見せたが、慶一と薫の心中は穏やかではなかった。二人共格でいえば手も足も出ずに冥道院に敗北した桃花と同じ一級である。三成は実戦を知らない科学者なので数こそ全てだと錯覚しているが、実際のところは退魔師や妖は一騎当千がまかり通る世界なのだ。特級退魔師一人に一級退魔師が束になっても勝てないなどざらにある。
(私やっぱりこの人嫌いだな……早く終わってくれないかな)
薫は内心そう思いつつも、ダメ元で恭弥の処遇を変えるつもりはないのか聞いてみた。
「ねえ、恭弥君の処刑は決定なの? バレなければいい訳なんだし、別に殺す必要はないよね?」
薫の言葉に慶一は苦い顔を見せた。一方三成は小馬鹿にしたように再び鼻で笑った。
「何を言うかと思えば、甘いな。どういう繋がりかはわからんが、あの小僧は冥道院の倅と繋がっている。であれば、摘める内に芽は摘んでおくに越した事はない。そうは思わんか?」
三成はそう言って慶一に視線を向けた。
「確かに、客観的に見て彼は怪しい存在だ。御家のためを思えば、ここで処分しておくという判断は間違っていない。薫には悪い事をすると思っている。だが、必要な事なのだ」
「一応私の命の恩人だって事も考慮してほしいな」
「……わかってくれとは言わない。時に稲荷、以前ウチの娘を参加させた食人鬼討伐のお務めの話になるが、水釈様が出たのは知っているな。いい機会だから聞いておくが、あれはお前が仕向けた事か?」
この時になるまで、慶一は英一郎にあの件をずっと探らせていた。内心では稲荷が怪しいとは思いつつも、しかし手掛かりらしい手掛かりが見つからずにいた。一蓮托生の状況となった今であれば、こうして真正面から聞いても嘘をつくような事はないだろう。
「私を疑っているようだな。残念だが、あれは私のやった事ではないぞ。私がやったのは、精々食人鬼に呪印を施した程度の事。水釈様など知らぬ」
「そう、か……稲荷でないとすれば、誰の仕業だ……?」
疑問だった。あの時水釈様の張った結界のせいで、中の様子は伺えなかった。肝心の当の本人に聞いてみても、途中で気絶してしまったので水釈様がどうなったのかはわからないというのだ。誰が、なんのためにあの場に水釈様を呼び寄せたのか。
水釈様といえば、吸血鬼ほどではないにしろ強大な回復力を持つ妖だ。加えて蛇という特性上鬼灯家の瞳術と相性が悪い。薫が早々に戦線離脱するのは見えている。と、なれば、あの場に水釈様を呼び寄せた何者かは恭弥対水釈様の構図を取らせたかったという事になる。
「私があの依頼を出したのは狭間の小僧の力量を計るためだ。お主の娘をペアにしたのはあくまで小僧を呼び寄せるための餌に過ぎない。あの件は完全に無関係だ」
「いや、わかった。それならばいい。話しを次に進めよう」
「うむ。我々と敵対している椎名と北村だ。北村はともかく、椎名は厄介だぞ。何をトチ狂ったのか奴め、普段は大人しい癖に今回ばかりは矢面に立っておる。連中との正面衝突は避けなければならない」
「とはいえ、連中は徹底抗戦の構えを取っている。勝算がなければああはせんだろう。時間が経てば味方してくる御家も出てくるだろう。最早両家の代理戦争の体を成してきている」
「そうなれば我が家は不利だ。その点、椎名と北村は有利だぞ」
「わかっている。資金繰りに困っている御家を取り込む必要がある。資金はそちらが頼むぞ」
尚も会合は続けられた。次期当主だからという理由だけでこの場にある薫にとって、この会合は酷く不毛なものに思えた。彼女にとって、御家の存続などどうでもいいのだ。
(ごめんね、恭弥君。私じゃ止められそうにないや)
伏し目がちに閉じられた瞳に、思わず口からため息を零す様子は、薄幸の美少女を思わせた。恭弥を慕う彼女達から向けられる責めの視線を思うと、やりきれない気持ちだった。
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