第127話

 夕食を終え、昼間に作成したハンモックで睡眠を取っていると、人の気配を感じて目が覚めた。まだ距離は離れているようだが、確実にこちらに視線をやっているのがわかる。


(夜襲か……?)


 起き上がり、伸びをして身体をいざという時のために目覚めさせる。


 隣を見ると、桃花も同様に気配を感じたようで、身を起こして雷斬を手にしていた。


 相手に気づかれないよう、声は出さずに身振り手振りとアイコンタクトで意思の疎通を図る。


(俺が見てくる。桃花は寝床の確保を頼む)

(わかりました。気をつけて)


 刀と脇差を手に生み出した恭弥は気配のある方へとゆっくりと歩みを進める。相手も恭弥が接近してきている事には気付いているはずだが、なんらかのアクションが起こす様子はなかった。


(どこのバカだ? こっちはまだ霊札集めてないってのに。点数稼ぎでラスボスにちょっかい出しにでも来たのか?)


 一級退魔師である薫が参加していない現状、参加者で最も強いのは神楽で、時点で桃花となっている。その二人と戦って生き延びる事が出来れば十分過ぎるほどに査定にはプラスとなる。二級以上で昇級を狙っている人物からすれば、この二人との戦闘は避けては通れない道である。


 気配が一人ではないという点も気がかりだった。二級以上の退魔師が徒党を組んで挑まれてしまえば恭弥一人では対処出来ない。面倒な事になったものだ、そう思った瞬間だった。


「――っ!」


 突然木々の間から槍が飛んできた。恭弥は既の所でそれを受け止めると、油断なく槍が飛んできた方向を睨みつける。


「誰だ!」


 確実にそこにいるのはわかっているのに暗くて誰なのかがわからなかった。月明かりが唯一の光源である今、木々の合間に隠れられてしまうと、葉っぱが光を遮って見えない。


「ちっ! クソ、見えねえ……!」


 次々と飛んでくる槍を跳ねて避ける。このままでは埒が明かない。そう思った恭弥はあえて敵対者と距離を取って砂浜へと移動した。相手が敵意を持っているのならば、槍の射程圏外に来てしまえば姿を現すだろうという考えだった。


 果たしてその考えは的中した。ヌッと木々の合間から姿を現したのは、昼間飛行機の中で神楽に気絶させられた高柳伸一とその取り巻きだった。


「……なんだよ、お前達か。警戒して損した」


「なんだとはなんだ! 昼間の出来事忘れたとは言わせんぞ!」


「ああ、それでやり返そうと夜襲してきたって訳ね。なるほど。でも狙う相手が違うんじゃないか? 神楽ならあっちでスヤスヤ寝てるぞ」


 本能的に自分の敵にならないと理解しているのか、神楽ならば絶対に伸一の気配に気付いているはずなのに彼女はぐっすりと眠っていた。


「いや、その……まさか本当に椎名の令嬢だとは思わなかったからな……」


「おいおいビビってるのか? 勝てそうにないからって俺を狙うのはお門違いだろ」


「う、うるさい! そもそも同じ三級なのになんでお前みたいな奴があんなすごい奴と一緒の席に座ってるんだ!」


「まー色々あるんだよ。気にするな。それより、やるならさっさとやろう。睡眠時間を削るのは好ましくない」


 明らかに格下に対して取るだろう態度に伸一は憤慨した。自身と同じ三級なのになぜそこまで余裕ぶっているのか、理由はわからなかったが、一つだけはっきりしている事がある。それは、恭弥が伸一を舐めている事。


 伸一とて三級なりに修羅場をくぐってきた自負がある。こんな末席の、同じ級の優男に負ける訳にはいかなかった。


 伸一は取り巻きから長槍を二本受け取った。それを腰だめに構えて眼前の恭弥を睨む。


「後で吠え面かくんじゃねえぞ……!」

「いーからさっさと来いって。こっちは眠たいんだから」


 伸一が槍を構えて突撃してくる。彼なりに一生懸命やっているのだろうが、普段戦っている相手と比べてあくびが出るほどにその動きはトロくさく映った。勢いも、パワーも、何もかもが足りない。


 恭弥は生み出していた両手の刀を霧散させると、無手になって迫りくる槍の持ち手を握りしめた。そして、そのまま槍ごと伸一を持ち上げて砂浜に叩きつけた。


 すかさず伸一の背中に乗り、動きを阻害すると、頸動脈を掴んで気絶させる。


「いっちょ上がりっと。おーい、お前らのボスの負けだ」


 自分達のボスが勝つと信じて疑わなかったらしい伸一の取り巻き達は、伸一があっさりと負けてしまった事に呆けていた。


 いつまでもそうされていては困るので、恭弥は伸一を肩に担いで取り巻き達の前に放り投げると、再びこう声をかけた。


「霊札持ってたらそれ置いて、ボスと一緒にどっかへ行け」


 伸一は取り巻き達を大切に扱っていたようだ。三人いる取り巻き一人ひとりに霊札を一枚ずつ持たせていた。集めた霊札を自分一人の物とすれば査定に有利に働いただろうに、彼はそうしなかったらしい。


 化け物でも見るかのようにビビり倒した様子の取り巻きから差し出される霊札を受け取っていると、彼らには少し悪い事をした気になった。だが、よくよく考えてみれば戦いを挑んできたのは伸一側なので、考え直して当然の権利だと思う事にした。


 その後、取り巻き達が伸一を抱えて去っていくのを確認した恭弥は、眠り直そうと寝床へと戻った。


「ん?」

 明かりが見えると思ったら、桃花が起きて火を焚いてくれていたらしい。近くで寝床を築いた神楽と小春は、結構な音を立てたというのに未だ夢の世界にいるらしい。起きてくる気配がなかった。


「終わったのですか」


「終わったよ。昼間の連中だった。神楽にやられた逆恨みだよ。まったく、襲ってくるなら昼間にしてほしいもんだね」


「そうですね。ですが、霊札を巻き上げたのでしょう?」


「巻き上げたってのは酷い言い草だな。四枚ほど『いただいて』きたんだよ」


 そう強調して言うと、桃花はクスリと笑ってこう言った。


「どの口が言うのだか。貴方がやれば、彼らからしたらカツアゲみたいなものでしょう」


「そんな事はないさ。同じ三級同士、正々堂々戦った結果だ」


「遠目に見ていましたが、やはり三級程度では相手にならないようですね」


 話しながら、桃花はコップにお茶を入れて渡してくれた。自身の分も用意している辺り、先程の戦闘で目が冴えてしまった恭弥が再び眠くなるまで付き合ってくれるようだった。


「まあなあ、普段お前らに付き合ってヤバい連中ばかり相手にしてるからさもありなんだ」


「いくら二級と三級の幅が広いとはいえ、明らかに恭弥さんが三級というのは無理があります。今まで余程手を抜いていたとしか考えられません」


「俺は能力が地味だからな、積極的に格上に喧嘩売らないと評価されにくいってのはあるかもな。今までは運動会に単独で参加してたし、そもそもやる気もなかったし」


「貴方が本気を出せば、特級は無理でも一級ならば取れるのでは?」


「無理無理。能力的に俺は二級が限界だろうさ。俺は桃花達みたいな強力な異能を持ってないし、陰陽術の方も、とても才能があるとはいえない。千鶴さんに師事してるのに伸びない時点でお察しだよ」


 恭弥の言葉を聞いた桃花は残念そうにため息をついた。


「いつまでそうやって卑屈でいるつもりですか。貴方は出来るはずなのに出来ないと決めつけている。何が貴方をそうさせているのですか?」


「それは桃花の買いかぶり過ぎだよ。俺は本当に凡人なんだ。俺には桃花が見ている景色を見る事は出来ない」


「凡人の割には、人様に話せない秘密を幾つもお持ちのようですが」


「こらこら、揚げ足を取るんじゃない。大体、桃花が俺に強くあってほしいのって、俺が椎名に婿入りした時になんも言われないためのはずだろ? 桃花は家を継ぐ気なくなったんじゃないのか?」


「そうですね。ですが、それとこれとは話が別です。伴侶となる人間が自分より弱いというのはわたくしとしても認めがたいものがあるのです」


「姉妹揃ってそれかよ……。お前らより強いやつなんてそうそういないんだから諦めろよ」


「貴方にそうなってほしいというアピールですよ」

「うへえ……」


 苦々しい顔をした恭弥に対し、桃花は嗜虐的な笑みを浮かべた。


「可愛らしい女性からのアピールです。嬉しいでしょう?」


「お前それ、パワハラだからな? 退魔師としてはお前のが格上なんだから」


「では上司として命令しましょう。強くおなりなさい」


 普段にも増してやり取りが軽妙なのは、きっとこの雰囲気のせいだろう。人の気配が極限まで薄い夜の砂浜で、光源となるのは眼前の焚き火と月明かりのみ。規則的に聞こえてくる波の音も心地よい。だからだろうか、桃花がこんな事を聞いてきたのは。


「恭弥さんは……わたくしの事を好いているのでしょうか」


 細く消え入りそうな声で呟かれたそれは、独白のようでいて、しかし確かに恭弥に対して問いかけたものだった。


「そりゃあ……好きに決まってるさ」

「それは友人としてですか? それとも……女性として?」


 桃花がどういう答えを望んでいるのかは考えずともわかった。不安げに震えた潤んだ瞳で見上げる彼女からは、常の自信に満ち溢れた様子は伺えない。あるのはただ、思春期の少女、等身大のそれだった。だからこそ、簡単には答えられなかった。


 きっとボートでの出来事がなければこんな事を言ってくる事はなかっただろう。死を目前に感じているからこそ、答えを急いでいるのだ。


 押せ押せの神楽や、自分の領分を理解している文月が言うのとは違う。桃花は、しっかり自身に課せられた使命、運命を理解した上で恭弥に問いかけている。答えの先延ばしや、その場しのぎの言い逃れは許されない。しっかりと考えて、答えを出さなければならない。


「お、俺は……」

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