第104話

 恭弥を待っている間に候補地を決めていた文月の案内で、昼は海鮮が目玉のレストランで行う事になった。


 柔らかく恭弥の腕を抱き道案内をする文月は、密かに「今日こそは」と決意していた。鞄の中に潜ませた天上院家秘伝の媚薬。以前は失敗したが、今日は誰の邪魔も入らない。今日こそ恭弥と結ばれるのだ。


 文月がそんな事を考えているとはつゆ知らず、恭弥は頭痛がマシになった事で気兼ねなくデートを楽しめる事を喜んでいた。


「俺カニさん食べちゃおうかなー。文月は何食べる?」


「私はお鍋が食べたいです」


 液状の媚薬を入れた時にバレにくいという理由からの希望だったが、恭弥の頭は海鮮でいっぱいだったので、「カニの出汁が出た雑炊とか美味いよなあ」と言っていた。


 純粋に食事を楽しみにしている恭弥には悪いと思いつつも、こんな時でもなければ自分の順番は回ってこないのだと自分を納得させた文月は、恭弥により身体を密着させた。


「楽しみですね」


「そうだなー。お、ここじゃないか?」


 二人は「海鮮の遊園地」と書かれたレストランの前で立ち止まった。看板にはカニやマグロなどの海鮮が遊園地の遊具に乗っている姿が描かれていた。なんともファンシーな看板だったが、見た目に反してお値段はそこそこなようだった。


 店内に入ると、完全個室に案内された。お座敷になっているそこは、掘りごたつになっており、掛け軸や壺が置かれていて和のテイストを大事にしているのがわかった。


「すごいな、名前の割に高級店だ。これは味に期待出来そうだな」


「あの、選んだ私が言うのもなんですが、お財布は大丈夫ですか? ここまで高いとは思わなかったもので……すみません」

 メニューをペラペラとめくってその値段に驚いた文月が言った。


「大丈夫大丈夫。こう見えてもそれなりに稼いでるし。それに、今日はデートなんだから金額は気にしないでいこうぜ。俺が全部払うからさ」


 実際、普段貧乏貧乏と言っている恭弥だが、それは退魔師全体で見た時の話であり、稼ぎ自体は相当にある。この程度の高級店であれば何度行っても破産する事などない。


「すみません、ごちそうになります」


「おう、好きなの頼みな。俺はカニさんと刺し身の盛り合わせにしようかな。お、舟盛りなんてのがあるのか……寿司も美味そうだな。文月はどうする?」


「ではすっぽん鍋をお願いします」


「す、すっぽん? い、意外なところをチョイスしたな。でも、何も小樽まで来てすっぽん食べなくても……」


「いえ、すっぽんを食べましょう。疲労回復、お肌にも良いですし、疲れ気味の恭弥様にはぴったりの食べ物ですよ?」


「そりゃそうだけど……」


「あ、すっぽんの生き血なんてものもあるんですね。すっぽんの生き血は精力増強に良いと聞きます。それも頼みましょう」


 ここにきて流石の恭弥も文月が何を考えているのか察し始めた。


(マジかよ……確かに文月には手を出してないけど、ここまで露骨にやってくるか)


「あー、流石に生き血はいらないんじゃないか……?」


「いえ、ぜひ生き血も頼みましょう。恭弥様には元気になっていただかないと」


「……そうですか」


(なんで普段ものすごくお淑やかなのにこんな時だけ強気なんだ……結局こういう爛れたコースに進むのかよお。女の子って皆こうなのか……?)


 結局文月に押し切られた恭弥はすっぽんを注文した。諦め気味に先に届いたカニと刺し身を食べながら待っていると、芳しい香りが漂ってきた。すぐに「失礼します」という声が聞こえたかと思うと、店員がグツグツと煮えたぎった鍋を運んできた。


「マジかよ、めっちゃ美味そうじゃん」


 早速文月によそってもらい、口に運ぶ。途端、口の中が爆発したのではないかと思うほどの旨味と風味が広がった。


「美味しいですね。私、すっぽんって初めて食べました」


「実は俺も。こんな美味いならもっと食べときゃよかった。シメの雑炊とかもあるんだよね? 今から楽しみだ」


 美味しい物を食べている時、人はなぜか無言になりがちだ。すっぽん鍋が届いてから二人はしばしの間無言で箸を進めていた。その間も、文月はいつ媚薬を仕込むか虎視眈々とその時を伺っていた。そして、その時が訪れた。恭弥がトイレに行くため席を立ったのだ。おまけに直前にすっぽんの生き血が届くという、鴨が葱を背負って来た展開だった。


 元々無味無臭の液状媚薬だが、退魔師である恭弥であれば何かの拍子に気づかないとも限らない。文月は匂いのキツイすっぽんの生き血に媚薬を入れようとした。だが、手元が狂って適量の倍入ってしまった。


「……どうしましょう」


 悩んだところで後の祭りだった。退魔師は常人よりも身体が頑丈だからきっと大丈夫。例えこの薬が退魔師用に調合された物だったとしても大丈夫。そう自分を納得させた文月は知らんぷりをする事にした。


 それからすぐに恭弥が戻ってきた。そして、喉が渇いていたのかすっぽんの生き血が入ったグラスの中身を全て飲み干してしまった。


「あっ……」


「ん? どうした?」


「……その、どうですか? 大丈夫ですか?」


「すげー苦いけど、身体に良いと思えば飲めない事はないかな。でも二杯目は勘弁。悪いんだけど、水注文してもらえる? 口の中の血流したい」


「あ、はい。わかりました」


 遅効性の媚薬を選んで持ってきたとはいえ、倍の量を飲んでしまったのだからなんらかの異常が発生してもおかしくなさそうだが、見た感じ平気そうな様子に文月はホッとした。


「いやーしかし、すっぽん食べたからかな? すごい身体が温まってきたよ」


「でしたら、この後はダーツなんていかがですか?」


「いいね。文月はダーツ得意なのか?」


「人並みだと思います。恭弥様はお上手そうですね」


「まあ苦無とか投げたりするからなあ。プロほどじゃないにしろ、そこそこかな?」


「それでは、格好良いところを見せていただかないと、ですね?」


「プレッシャーかけてくるじゃないか。じゃあ、雑炊を食べちゃってダーツに行くか」


「そうしましょう」

 クスリと笑いながら文月はそう言った。

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