第105話

 昼食を終えた二人は中心街にほど近い場所にあるダーツバーへと入店し、1時間飲み投げ放題のコースを選択した。


 案内された席はライブダーツの最新機種だった。投げたダーツの軌道がわかるようになっている他、多種多様なバラエティモードが搭載されている。


 最初の肩慣らしという事で、カウントアップを選択した恭弥は貸し出されたダーツを3本ほど手にすると最初の二投をブル、最後の一投を20のトリプルへと命中させた。完璧なロウ・トンだった。


「流石ですね。お見事です」


「おう。久しぶりにダーツやったけど、やっぱ狙ったところに入ると気持ちいいな」


「では私も。負けませんよ」

 そう言って文月は慣れない様子でラインの前へと立った。そして、一投、二投、三投と投げていく。果たしてその結果は――。


「……マジかよ」


 三投共ブルのど真ん中。ハット・トリックだった。20のトリプルを決めたため、点数こそ恭弥の方が高いが、実際には文月の方が技術的に難しい事をやっている。二本程度ならダーツのフライトにそこまで邪魔される事はないが、三本共同じ場所に命中させるとなると的確に的を射抜く技術と、投げたダーツの絶妙な速さが必要なのだ。


「やったっ! ハット・トリックです」


「なんだよ、めちゃくちゃダーツ上手いじゃないか。人並みだなんて言って油断させるなんて文月も人が悪いな」


「ふふっ、恭弥様にびっくりしてもらおうかと思ったんです。実は天上院家にいた頃、護身術の一貫でダーツに似た事を習っていたのですが、思ったよりも上手く出来て。ダーツをするのは初めてだったのですがひょっとしたら、って思ったんです」


「ダーツに似たやつで天上院家っていうと、苦無巫術くないふじゅつか?」


 ゲーム内では一度も使用された事はなかったが、設定資料集など天上院家が使用していると記載があったのを思い出した。確か苦無に精霊が込められた札を貼り付けて相手に突き刺す事で弱体化させる、というものだったはずだ。


 と、そこで再び頭痛が酷くなってきた。それと同時に脳内に天城の声が響く。


(バカもん! せっかく肩代わりしてやってるのに自分から頭痛くするやつがあるか! これ以上は知らんからな!)


 言葉とは裏腹に天城は再び酷くなった頭痛も肩代わりしてくれたようだった。頭痛が和らいでいくのがわかる。心の中で天城に謝りながら、恭弥は頭痛が起こるトリガーがなんとなくわかってきた。


(たぶん、『狭間恭弥』以外の記憶を呼び起こそうとすると頭痛が発生するんだ。気をつけないと……)


「名称までは教えていただけませんでしたが、おそらくそれかと。苦無を投げる練習をしていたので」


「へえ、こりゃ本気でやらないとマズそうだな……燃えてきた。勝負しようか」


「では、勝った方が負けた方の言う事を一つ聞くというのはどうですか?」


「そりゃますます負けられないな。じゃあ、真剣勝負という事で一つ」


 恭弥の戦法はこうだった。一投目、二投目とブルを決めて、三投目にリスクの高い20のトリプルを狙うというものだ。この戦法ならば理論上1280点を取れるので、あくまでブル一点狙いらしい文月が仮に全投ミスなくやったとしても1200点しか取れないので80点差で勝利する事が出来る。


 二ラウンド、三ラウンドとお互いにミスをする事なく狙った場所に決めていく。勝負が動いたのは四ラウンドだった。このままでは負けてしまうと思ったらしい文月が、一投目をブルに、続く二投目、三投目を20のトリプルに命中させたのだ。これによって点差は僅かに恭弥が20点リードするだけの形になった。


「追いすがってくるじゃないか」


「負けられません」


 次も文月が同様に170点を取ったとしても、まだリードは10点ある。リスクを取る場面ではないと判断した恭弥は再びブルを二回、20のトリプルを一回取る。


 それを受けて文月は先程と同じようにブルを一回、20のトリプルを二回取った。これで点差は僅かに十点。だがまだ勝負を仕掛ける時ではないと考えた恭弥は、戦法を変える事なく160点を取った。


 一方の文月は完全に逆転を狙っているのか、170点を取って恭弥の点数に並んだ。6ラウンド目にして互いに点差は無し。完全に0からのスタートだった。


「ちょっと信じられないくらい強いじゃないか、文月」


「恭弥様こそ、少しは手加減していただいてもいいんですよ?」


 この頃になってくると、二人の周りにはギャラリーが湧いていた。皆ドリンク片手に勝負の行方を見守っている。


「言うじゃないか。じゃあ、次の三投は全部ブルに決めるよ」


「私はトリプルを狙っても構いませんか?」


「いいよ。女の子の特権ってやつだ」


「後悔しませんか?」


「しないさ」


 宣言通り恭弥は7ラウンド目を全てブルに当てて150点で終了した。文月はブル二本の20トリプル一本の160点。10点差で文月がリードする形で最終ラウンドを迎えた。


「こうなると、俺は全部トリプルを決めないとキツそうだな……」


 一投目、二投目と20のトリプルを決める恭弥。


このままでは三投共にトリプルに入ってしまう、そう考えた文月は構えを取る恭弥の側まで寄っていき、耳元で『ある事』を囁いた。


 結果、動揺した恭弥はトリプルどころか矢がすっぽ抜けてしまい、隣の1点に突き刺さってしまった。


「……文月、そりゃないぜ」


 文月は恭弥に、耳元で色っぽく吐息多めに「天上院家で学んだ房中術をこの後試してみませんか?」と言っていた。すっぽんに媚薬という完全に身体が出来上がっている状態でそんな事を囁かれてしまっては集中力が霧散してしまうのもしょうがない。


 非難がましい目で文月を見ると、彼女はいたずらっぽく微笑みながらこう言った。


「ごめんなさい、どうしても負けたくなかったので」


 こうなってしまえばもう文月の負けはない。落ち着いた様子で三投共にブルを決めた文月の勝利をダーツマシンが祝う。


「くっそー。負けちまった。約束通り言う事一つ聞こうじゃないか」


「いいんですか? 私、少々ズルをしてしまいましたが」


「約束は約束だからな。それに、俺は文月を信じてるよ。酷い事はお願いしないってな」


「酷い事をお願いするつもりはありませんが……ありがとうございます。混んできましたし、マシンを譲りましょうか」


「そうだな。真剣にやってたからちょっと休憩したかったし」


 その後、ドリンクコーナーで喉を潤した二人は、01ゲームやクリケットを楽しんでダーツバーを後にした。


 ちなみに、文月の囁きのせいでムラムラしていた恭弥は集中力に欠いて、どれだけ頑張っても文月には勝てなかった。

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