第103話

 船旅を終えた二人は、昼食を取る場所を探すために案内所へと訪れていた。だがそこで、いよいよ頭痛が限界を迎え始めていた恭弥は、「トイレに行く」と言って案内所を後にして、人気のない裏路地へと移動した。頭痛の原因に思い当たる節があったからだ。


「天城、出てこい」

 路地裏で蹲った恭弥はボソリとそう呟く。すぐに、地面に出来た黒いシミから天城が全身を現した。


「辛そうじゃな」


「なんで呼んだかはわかるだろ。この頭痛なんとか出来ないのか」


「出来るか出来ないかで言えば出来ると言おう。お前の頭痛を肩代わりする事くらい朝飯前じゃ」


「じゃあ――」


「じゃが、タダでというのは気に食わん。なんぞ代償を寄越せ」


「ふざけんな。この頭痛はお前のせいなんだろ?」


「それはそうじゃが、だからといってなんで我が無償で肩代わりせんといかんのじゃ。我だって痛いのは嫌じゃ」


「……クソっ、ふざけやがって。代償ってなんだ」


「そうじゃな、お前があの小娘に対して抱いている感情について教えろ。そしたら考えてやる」


「はあ? どういう意味だよ」


「さっきお前はこう思ったな? 文月の心配する顔は見たくないと。なんでそう思った」


「なんでって……普通にデート中の相手が体調崩すとか相手にすげえ悪いじゃん。回避出来そうなら回避するのが普通だろ」


「わからんの。我にはそれが女の前で良い格好をしたいという自尊心からきたものだとしか思えん。違うのか?」


「完全に違うとは言えない。けど、純粋に文月の事を思っているよ」


「思うってなんじゃ。お前はあん小娘を好いとるのか」


「まあ、そりゃあんだけ可愛いし、好き、なんだろうな」


 恭弥の言葉に天城は両手で頭をわちゃわちゃとかきむしった。


「あーやだ! はっきりせん奴じゃのう。なんなんじゃ人間は! どうせ最終的にはすけべするだけなのになんでその過程がこんなに訳わからんのじゃ!」


「俺からしたらお前の方が訳わかんねえよ。急にそんな事言いだしてさ。何が聞きたいんだよ?」


 天城は腰に手を当ててビシっと人差し指を恭弥に向けるとこう言った。

「愛じゃ。お前は愛故にでえとを台無しにしたくないと思ったのか? どうなんじゃ!」


 恭弥の眉間にシワが寄る。天城が聞きたい事はわかったが、なぜそんな事を聞くのかまったくわからなかった。それに、文月を愛しているのかと言われると、答えに窮す。


 好きか嫌いかで問われれば迷いなく好きだと答える。だが、愛しているかと問われると、途端に迷いが生まれる。


 愛の定義は人それぞれだ。人によってはその人のために命を捨てられるなら愛と呼べるという人もいる。その定義に乗っ取るなら、恭弥は文月のために命を捨てる選択は出来ないだろう。少なくとも、そこまでの好意を文月には現状抱いていない。だが、だからといって愛していないのかと言われると、はっきりとノーとも言えなかった。


 つまり、微妙な間柄なのだ。恋愛では一番楽しい時期ともいえるが、天城に言われたようにはっきりと愛しているのかと聞かれると返答に困ってしまう。


 悩んだ末、恭弥は今文月に抱いている気持ちをそのまま話す事にした。


「天城が求めている回答がどうかはわからないけど、きっと今の俺と文月の関係は好意だけで成り立ってるんだと思う。だから、愛って訳じゃないとは思う」


「じゃあやっぱり自尊心なんか?」


「それだけじゃないさ。ここで俺が文月を愛してるって言うのは簡単だけど、それは心からの言葉じゃない。そんなんじゃ、俺を好きでいてくれてる文月に申し訳ない。だから俺は嘘でもそれは言えない。だけど俺、こう思うんだ。お互いを好きでいる時間を育んでいく内に、自然と愛って生まれるんじゃないかって」


 チラリと天城の様子を伺うと、彼女は両腕を組んだ状態で目を閉じていた。そして、首をシャクって続きを促した


「だからきっと、今こうしている時間の延長線上に愛があると思うんだ。そう考えると、文月と過ごす全ての時間が愛へと繋がってると思わないか。これが俺の回答だよ」


 嘘も誤魔化しもなく、素直な気持ちを伝えた。後は天城がどう解釈するかだった。

気になる恭弥の言葉を聞いた天城の反応はといえば、「むむむ」と難しそうな顔をしながら唸っていた。


 しばらく待っていると、判断を下し終えたらしい天城が口を開いた。

「……しょうがない。肩代わりしてやる」


「助かった……正直かなりキツかったからな」


「じゃが、半分だけじゃ。我が肩代わりするのは半分だけじゃからな」


「わかったよ。半分だけでもだいぶマシになる。それで十分だ。でも、なんで急に頭痛がしてきたんだ? 冥道院の奴にも会ってないのに……」


「小娘に問われた時、お前疑問に思ったじゃろ。今話してた過去は誰の記憶だって。それが切っ掛けじゃ」


「勘弁してくれ……100パーお前のせいじゃないか」


 そうこうしている内に頭痛がだいぶ治まってきた。早速天城が肩代わりしてくれたのだろう。これならば普段通りを装う事も苦じゃない。


「……お前が知る日も近いのかもな」


「ん? なんだって?」


「なんでもないわ。我は寝る。せいぜいでえとを楽しめ」


 言うが早いか天城は黒いシミの中へと消えていった。


「言われんでもそうするさ」


 立ち上がり、パンパンと尻の汚れを払った恭弥は小走りで文月の待つ場所へと向かった。

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