第99話
ならばと今度は殴りかかったが、それすらも冥道院は避けなかった。しっかりと恭弥の拳を顔面で受け止めた彼はあろうことか薄く笑って見せた。それがまた恭弥を激高させた。
「お前さえ! お前さえいなければぁ!」
「ほうら、その感情はどこからくるものなんだい? 僕は君にはまだ何もしていないんだよ?」
「黙れ!」
尚も殴りかかろうとする恭弥の間に割って入る形で薫が錫杖を振るう。
「恭弥君、落ち着いて! 急にどうしたの? らしくないよ!」
「おっと、せっかく場が盛り上がってきたのにそれはないよ。君の相手は別にいる。おいで、ハク」
「きゃあっ!」
どこからともなくダダダっっと駆けてきたハクが薫に飛びかかった。そのままもみくちゃになる形で二人は実験場の外へとはじき出されていった。
「……これで二人きりだ。天城を出したっていいんだよ?」
「クソ野郎が……目覚めろ、鬼の力……!」
恭弥の皮膚が漆黒に染まっていく。それと同時に全身に蒼のオーラが纏わり付いた。右手には伝説の名刀、童子切安綱の霊刀が生み出される。本体を持たないそれは、恭弥の精神状況を反映するように情けなく薄ぼんやりと輝くだけで、見る者を恐怖させる威圧感はなかった。
「へえ……初めて見たけど、なるほど……うん、それなり以上に強大な力だね。君がジョーカーと呼ぶだけの事はある。捕食なんかよりよっぽど強そうだ。だけど――」
瞬間移動もかくやという速度で恭弥に肉薄した冥道院はおもむろに童子切安綱の刀身を握った。そして、グッと力を込めると粉々に砕いて見せた。
「なっ……!?」
「どうやら君の意思によって左右されるみたいだ。ちょっと残念かな。期待外れだ。今の君じゃ逆立ちしても僕には勝てない。まあ、そうなるように仕向けたんだけどね」
唯一拠り所としていた鬼の力の開放、その中核を成す童子切安綱をあっさりと砕かれてしまった事で放心状態となってしまった恭弥は、力を維持する事が出来なくなってしまった。蒼のオーラは消え去り、漆黒だった皮膚も元に戻ってしまった。
「嘘だろ……天城!」
恭弥の影から天城が出てきた。初めての事態に天城の身に何かあるのではと思ったが、見たところ普段と変わった様子はなかった。ただ、強烈に不機嫌そうな顔をしていた。
「簡単にやられおって、腑抜けがっ」
「すまん、大丈夫か?」
「この程度ではなんもならんよ」
「そうか、よかった……」
「ふふ、役者が揃ったね。流石の君も空亡を有している僕を相手にするのは分が悪いだろう? お喋りに付き合ってもらうよ」
チラリと天城を見やると、彼の言う通りなのか悔しそうに歯噛みしていた。天城で無理ならば手の打ちようがない。恭弥は諦めて会話に付き合う事にした。
「狭間恭弥、君はこの世界をどういう風に認識している?」
「どう、ってゲームだろう。お前だって転生者ならわかりきってる事だろ」
「なるほどね。一つ聞きたいんだけど、そのゲームに主人公はいたかい?」
「晴明だろ?」
晴明の名を聞いた途端、冥道院は考え込む素振りを見せた。
「それがどうした」
「疑問に思った事はないかい。なぜ僕達のような存在がこの世界にいるのかって」
「何が言いたい」
「誰が、なんのために、どうなってほしくて僕達をこの世界に配置したのかって話さ。僕には7つの記憶がある。君風に言うと各ヒロインルートの記憶、かな? だけど変なんだよね、僕の記憶ではそれぞれのルートでヒロインと結ばれていたのは芦屋晴明ではない。それじゃあ君が言っていた主人公が芦屋晴明だという話と矛盾してしまう」
「な……じゃあ一体誰が――」
「そこまでじゃ」
そう言い放った天城は、今までに見たことがないほどに冷徹な表情で敵意を冥道院に向けていた。
「そんなに怖い顔をしないでよ。核心を突く話題だったのかな? 彼の記憶の封印処置に関係しているのかい」
「それ以上口を開いてみろ。喉笛噛みちぎってやるぞ」
「吠えるじゃないか。空亡を有している僕に勝てるとでも?」
「いらぬ事をべらべらと喋ってくれておったおかげで準備が出来た。今なら二度と減らず口を叩けんよう根源ごと抹消してやる」
「……どうやらハッタリという訳でもなさそうだ。しょうがない。ここは退くとしよう。だけど、僕はこの疑問に必ず答えを出すからね」
冥道院の身体が青い蝶に包まれていく。
『また会う日を楽しみにしてるよ、狭間恭弥』
蝶が散ったその後には、冥道院の姿はすでになかった。
「空間転移か……天城、どういう事なんだよ」
「今は知る時ではない」
「俺の記憶が封印されてるっての、本当なのか」
「……必要な処置じゃ。時が来れば思い出すじゃろう」
「信じていいのか」
「我ではなく自分を信じろ」
そう言って天城は影の中に消えていった。
「自分を信じろ、ねえ……」
その後、擦り傷だらけの薫が実験室に戻ってきた。冥道院同様、戦闘の途中で青い蝶に包まれて消えてしまったらしい。依頼内容がハクの確保であった事を考えると、完敗も完敗。何も得る事なく、二人は完全に依頼を失敗してしまった。
重たい空気の中、帰りの車中で恭弥の頭では冥道院の言葉が繰り返されていた。ずっとゲームの世界だと思っていたこの世界は、ひょっとすると――。
確実に巻き起こるだろう波乱の予感に、二人の重たいため息が重なった。気がつけば「夜に哭く」本編がスタートしようとしていた。
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