第96話

「いや、いい。忘れてくれ。俺の戦う理由だったな。今のところ、俺の戦う理由は俺の好きな人を守るため、だな」


「いいじゃないですか、好きな人を守るために戦うってかっこいいですよ!」


「守られてばっかりだし、情けない姿ばっかり見せてるんだけどな。口だけ番長もいいところだ。理想はいつだって遠い」


「完璧な人間なんていないですよ。いっぱい失敗して、ちょっとずつ成長する。それが普通だと思います」


「前向きなのは小春のいいところだな。俺を見習わないとな」


「いっぱい見習ってください!」


 そう言って小春は胸を張った。小さな膨らみが一生懸命自己主張していた。いや、比較対象がおかしいだけで小春が特段小さいという事はない。普段神楽や千鶴を見ているからそう感じるだけであって、小春は同年代の平均程度はあるだろう。などという事を考えていたら、視線に気付いた小春が胡乱げな目を恭弥に向けた。


「……どこ見てるんですか」


「いや、すまん。胸を張るもんだからつい見てしまった」


「えっちですよ」


「本当に申し訳無い。こう、男の本能的にな?」


「そんなんだから情けないとか言われるんじゃないですか?」


「ぐうの音も出ない。そういえば、晴明君とはどうなんだ?」


 少々強引過ぎる話題転換だったが、小春もこれ以上この話を広げるつもりはないようで乗ってきた。


「どうって言われても普通ですよ。一緒に修行して一緒にお務めに出てって感じです」


「なんだ、てっきりいい感じになってるものだとばかり」


「ないない、ないですよ。だって情けないですもん。晴明君未だに刀も抜けないんですよ?」


「そこまで全力で否定されるとは、晴明君も可哀想に。しかし、刀を抜けていないというのは聞き捨てならないな。彼にはもっと頑張ってもらわないと困るなあ」


「前も思ったんですけど、狭間さんって妙にあたし達に期待してますよね? なんかあるんですか?」


「んーその辺は俺の口からはなんとも。英一郎さんの指導方針もあるだろうし。ただ、君達は俺と違って努力すればするほど強くなるはずだから、ぜひとも頑張っていただきたい」


「そうなんですか? 全然実感ないですけど」


「その内わかるさ。俺なんてあっという間に抜かせるはずだ。いつだってこの業界は人手不足だからな。早いところ一人前になって楽をさせてくれ」


「ふふ、同じような事英一郎さんも言ってました。ところで、狭間さんの強さってどのくらいなんですか?」


「どのくらいだと思う?」


「椎名先輩と同じくらい?」


「どっちの椎名を言ってるのか知らんが、どちらにせよ比較にもならんくらいあいつらの方が強いよ。というか、対妖に限っていえば俺は能力の関係上かなり弱い」


「そうなんですか?」


「対妖はな。俺の能力は対人に限っていえばかなり強いんだけど、妖はほとんど人の形をしてないから相性が悪いんだ。従って、業界の見方では俺は弱い事になる」


「なんだかその辺よくわかんないです。あたしからしてみれば先輩達はそれこそ皆妖みたいに強く映りますし。狭間さんだって空飛んだりしてたじゃないですか」


「上の連中は似たような事を皆出来るぞ。あの人達は人間やめてるからな」


「ひえー。あたしもその内出来るようになるんですかね」


「なるさ。でも、その前に異能が芽生えるんじゃないかな」


「そういえばあたしも晴明君も異能ないですもんね。そういうものかと思ってたんですけど、やっぱり異能が芽生えるものなんですか?」


「大多数の人は芽生える。心配しなくても小春にも強力な異能が芽生えるさ」


(俺の知識が確かならな)


 とは心の内にしまっておく。冥道院のせいで、現在「夜に哭く」の知識の信頼度が著しく下がってしまっている。何を信用していいのかさっぱりわからない。


(それもこれも冥道院のクソ野郎のせいだ。あいつ原作でも主人公に嫌がらせしまくる癖に、何も俺に対しても嫌がらせしないでもいいだろうに。あいつのせいで胸にモヤモヤとしたものが消えない。本当に腹立つ野郎だ)


「狭間さん?」


「ん? ああすまん、ちょっと考え事してた。なんだ?」


「異能が芽生える予兆とかってないんですか?」


「予兆、予兆ねえ……ない、ようなあるような」


「なんですかそれ、はっきりしてくださいよ」


「いや、こればっかりは個人差が大きいから一概に言えないんだよ。俺は使おうと思った時にはすでに使えてたから参考にならないだろうし」


「えー! 本当になんかないんですか?」


「強いていうなら精神統一をして自分と向き合えとしか……」


「……まさか禅とか言わないですよね」


「まあ、精神統一なら禅が一番だろうな」


「ええ……あたし禅が一番苦手なんですよね。足痺れるし、退屈だから」


「わからんでもないが、慣れろとしか言えないな。っと、そろそろ神楽が限界みたいだ」


 視線を感じて神楽の方を見やると、頬を膨らませた神楽がこちらをガン見していた。その横では未だ何事か質問している小陽に桃花が涼しい顔をして返していた。


「……なんか、あたし今日一日で神楽先輩に嫌われた気がします」


「大丈夫だ。その辺は俺が上手い事フォローしておく」


「頼みますよ? こんな事で先輩に嫌われたらたまったものじゃないです」


 そう言って小春は小陽の側に行き、何事か話しかけた。すると、慌てた様子で時計を見た小陽は話を聞かせてもらった礼を言って小春と共に去っていった。


 表面上笑顔で別れた恭弥達であったが、休憩のためにカフェを訪れたはずなのに気疲れを感じていた。特に、直接対応をしていた桃花と神楽は目に見えて疲れていた。


「とんでもない子でした! せっかくのデートなのに~」


「まあそう言うな。彼女に悪気はない」


「恭弥さんは早々に離脱したからそんな事が言えるんです! あの子の質問攻めすごかったんですからね」


「見てたから知ってるよ。桃花が押されている場面なんて初めてみた」


「……不思議な押しの強さがある方でした。わたくしとした事が、やられました」


「とにかく、まだ時間はあるんだ。今度こそまったりしょう」


 そう言った途端、恭弥のスマホに連絡が入った。確認すると、差出人は薫だった。

 内容を確認した恭弥の顔が徐々に苦渋に満ちたものになっていく。


「何かあったんですか?」


「……お務め。しかもすごい面倒そうなやつ」


「えー! 今日はオフって言ってたじゃないですかー!」


「断れないのですか」


「断ると後が面倒そうだ。見ろ、鬼灯と稲荷の連名だぞ。絶対面倒事だ」


 そう言って恭弥が見せたスマホには、確かに鬼灯と稲荷の連名で依頼が来ていた。内容は移送中に行方不明となった研究対象の捜索と奪還。依頼料も普段こなしている依頼と桁が一つ違う。それだけ重要でリスクが高いという事だろう。


「妙ですね。鬼灯はともかく稲荷が恭弥さんに依頼してくるなど」


「また罠なんじゃないですか?」


「だとして今の状況で俺を罠にかける意味がわからない。情報収集に余念のないあの連中だぞ? そろそろ千鶴さんの事に勘付いていてもおかしくない。刺激して出てこられて困るのはあいつらだ」


「んー、確かに、鬼灯からはあのちんまいのが出るみたいですしね。この依頼が罠だったとして、ちんまいのに何かあれば鬼灯と稲荷に決定的なヒビが入っちゃいますもんね」


「……ここで考えててもしょうがない。とりあえず依頼を承諾するよ。俺に何かあったら後は頼む」


「何事もないように動きなさい」

 恭弥の言葉に桃花はピシャリと言い放った。


「手厳しいな」


「間違っても、天城さんを呼ぶような事態に陥ってはいけませんよ」


「俺としてもそう願うところだ」


   ◯


 書類整理をしていた慶一に一本の電話が入ってきた。相手は稲荷家当主からだった。


「もしもし」


『アレが行方不明になった』


「なんだと?」


『研究所へ移送中に何者かに襲われたようだ』


「冗談では済まされないぞ。この事竜牙石殿は?」


『まだ耳には入っていない様子。事が公になる前になんとしても我々の手で片を付ける必要がある』


「どうするつもりだ」


『下手人から今しがた連絡があってな。黒森峰で待っている、だそうだ。なんの事か私にはわかりかねるが、お主にはわかるか?』


「黒森峰……いや、聞き覚えはないな」


『そうか。やはり業腹だが奴に頼るしかないようだな……』


「奴とは?」


『狭間恭弥だ。下手人は狭間恭弥を指定してきている』


「狭間のせがれを? どういう事だ。アレとは無関係なはずだ」


『私に聞かれても知らん。だが、こうなってしまえばしょうがない。我々と鬼灯の連名で依頼を出すぞ。そちらはお主が出ろ』


「連名は構わんが私は無理だ。今夜のお務めに穴を空ける訳にはいかない」


『なんとかならんのか』


「無理だな。私抜きでは戦力が足りない。それに、竜牙石殿に隠れて行うのであれば意味もなく予定を変えるのは不味いだろう」


『口惜しいが、致し方ないか。お主のところの娘はどうか』


「恐らく出せるだろうが、アレについての説明はしていない」


『ちょうどよいではないか。そろそろ鬼灯の成り立ちを知るべき年頃だ。理解させた後、狭間と共に行かせろ』


「……他に策はない、か。遺憾だが、承知した」


『決まりだな。依頼料はこちらが全額負担する。詳細は追って知らせる。では』


 慶一は通話が途切れたスマホをテーブルに置くと、深いため息をついた。


「あの子には背負わせたくなかったのだがな……」

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