第88話

 そんな一幕から一夜明け、恭弥は今日も今日とてお務めを行っていた。


 今夜は大量に発生した「いきすだま」の討伐だった。いきすだまは、古くは源氏物語にその姿を見られ、いきすだまという名の通り生きた人間の霊の事を指す。いきすだまは主に誰かを強く呪った際に生まれ、対象の人物を呪い殺す特徴がある。


 源氏物語では、光源氏の正妻である葵の上に嫉妬心を抱いた六条御息所の思いによっていきすだまが生まれ、葵の上を呪い殺していた。


 そんないきすだまが、どういう訳か各地に大量に発生しているらしく、ここ最近はもっぱらいきすだまの討伐の令が多かった。


「こうも大量発生してると嫌でも神楽の時を思い出すな……」


「不吉な事を言うのはよしてください。あのような事、出来得るなら人生で一度として経験したくもありません」


 いきすだま自体は大した力もないので、時間をかければ恭弥一人でもこなせるお務めだった。しかし、あまりに続いて面倒だったので、今夜は気分転換がてら桃花をパートナーに呼んでいた。ここ最近は忙しさにかまけてあまり学園でも会話が出来ていなかったというのも理由の一つだ。


「俺だってだよ。そういや神楽のやつはどんな感じだ?」


「それは貴方が一番知っている事でしょう」


「まあ……一応聞いてみただけだよ。あいつあれ以降暇さえあれば連絡入れてくるからな。ラインもすぐに既読つけないとすげー怒って教室まで来るし……」


 完全に束縛系ヤンデレが出来上がっていた。元からその傾向はあったが決め手は間違いなく神楽と過ごしたログハウスでの日々だ。神楽いわく、常に一緒にいる事が当たり前となってしまって離れていると寂しい、だそうだ。


「よいではないですか。以前チラリとやんでれが好きだと言っていましたし。今の神楽はまさにそれでしょう」


「確かにヤンデレは好きだが実際にやられると中々キツイものがあるぞ。先駆者達がヤンデレはヤバいと言っていた意味がわかった気がする」


「わたくしもやんでれとやらになりましょうか」


「勘弁してくれ。桃花は毒舌クールビューティーを貫いてくれ。じゃなきゃ身体が保たん」


「それは貴方の行い次第ですね」


「俺は何もやってない!」


 苛立ちをぶつけるようにゆらゆらと漂ういきすだまを切り裂いていく。一太刀入れるだけでパッと霧散するので楽だが、切っても切っても終わりが見えない。


「やっているではありませんか。神楽に千鶴さん、文月さんは微妙ですが、次々と手を出している」


「……なんで知ってるんだよ」


「女の勘です」


「ほんとに勘弁してください。許してくださいごめんなさい」


「別に怒ってはいませんよ。ただ、手を出すのはよいですが、強くなってもらわなければ困るのです。肉体的にも、精神的にも。特に、貴方は精神面が脆すぎる。あのように情けない姿を晒すのは最後にしてください」


「それは、俺も痛感してる。俺がもっと強ければあんな事にはなってなかった」


「意志が薄弱過ぎるのです。そのような事では、わたくしの相手としてふさわしくありません」


「……ちょっと待て。そりゃお前遠回しに告白してないか?」


「ええ、していますよ」


「そんなサラリと……」


「貴方とて、心根ではわかっていたはずですよ。わたくしが恭弥さんに惹かれている事を」


「まあ、薄っすらとは……確証持てなかったけど」


「とはいえ、今の貴方ではダメなのです。もっと強くなりなさい。誰もが弱い男をヒモにする事を好んでいる訳ではないのですよ」


「……俺ってそんなヒモに見える?」


「見えますね」


「マジかよ……普通にショックなんだけど」


「今までやってきた事を振り返りなさい。情けない姿が多すぎます」


 言われて、恭弥は逆に自分自身やりきったと思うところを振り返ってみた。すると、どうした事か桃花を牛鬼から救ったところと、神楽を竜牙石家の三男から奪い取った事しか出て来なかった。千鶴も結局は桃花に発破をかけられて成功したようなものだし、文月もなあなあで救っただけだ。薫の一件も天城がいなければお陀仏だった。


 逆説的に、あれだけ多くのイベントをこなしてきたというのに男らしく格好良く決められたのはたった二つだけだったという事がいえる。これでは桃花の言う通り情けないヒモ男という謗りは免れない。


「……俺ってなんて情けない男なんだろう」


「自覚を持ったようで結構。ですがまだ足りません。もっと精進なさい。あの時わたくしに見せたように格好の良い姿を見せてみなさい」


「はいすみません頑張ります」


「わかればよいのです。ところで、恭弥さんが気にしていた我が家の当主争いですが、再び綺麗に二分されそうです」


「へえ、そりゃまたなんで」


「燧の完全開放を成した神楽の実力は今やわたくしを遥かに凌ぎます。実力という観点から見れば椎名家の当主として申し分ないものを持っています。しかし、性格がアレですので、当主としてはわたくしの方が優れていると見る者も多い。ですから、二分しているのです」


「あー、まああの性格は当主には向かんわな。でも、二人共家を継ぐ気はないんだろ? 椎名パパはどうするつもりなんだ」


「知り得ません。いざとなればどこぞから養子を拾ってくるのではないですか」


「……ずいぶん、親父さんの事毛嫌いしてるんだな」


「当然です。あの一件で、わたくしは父をほとほと見下げ果てました。あのような男の血を引いていると考えるだけでおぞましい」


「あの人はあれで、純粋なだけだよ。きっと桃花にもわかる日が来るはずだ」


「なぜ恭弥さんが父の肩を持つのかは知りませんが、どのような理由があれど父は子を見捨てたのです。捨てられた子が好意を持つなど、あり得ません」


「そりゃそうだけど……」


 恭弥としては秋彦の過去を知っている関係で一概に彼が悪だとは言えなかった。彼は美智留さんの今際の際の言葉である椎名家を頼むというお願いを守ろうとしているだけだ。それはどこまでも純粋な愛の形であり、それを否定するという事は愛の存在そのものを否定する事になりかねないからだ。


 愛の形は人の数だけ存在する。秋彦のように自分の子供を捨ててまで亡き妻との約束を守ろうとするのもまた彼なりの愛なのだ。他人がそれを否定する権利はない。


「まあ、よその親子関係にはあまり突っ込む気はないけど、なんかあれば相談してくれよ?」


「ええ。その時がくれば。さて、あれで最後ですね」


 桃花は雷斬から雷を生み出しいきすだまを蒸発させた。これで、今夜のお務めは終了だ。


「そんじゃ、帰るとしますか。協会への報告は俺がやっておくよ」


「頼みます。それはそうと、恭弥さんはまだタクシーを利用しているのですか」


「貧乏人はタクシーと徒歩がお似合いだからな」


「そうは言っても、父君の遺産とここ最近のお務めでお金はあるでしょう。そろそろお付きの運転手を雇ってもよいのではないですか」


「んー、まあ正直金は余ってるんだけど信用出来ないからな。ウチは突っつかれて困る情報しかないし。万が一千鶴さんの事や俺の捕食がバレたら面倒極まりないし」


「傍使いに免許を取らせるという考えはないのですか」


「……その手があったか」


「第一に思いつく考えでしょう。傍使いは身の回りの全てを任せるのですから、本来送迎も業務の一つです」


「文月に負担がないようにってばかり考えてたからその発想はなかった。帰ったら文月に頼んでみるかな。いやでもなあ、俺が言ったら考えなしにかしこまりましたとか言いそうなんだよな……」


「一つの考え程度です。頭の片隅にでも置いておきなさい。今日はわたくしの車で送ります」


「サンキュ。ありがたく送ってもらうよ」


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