第84話

 そうして歩き続ける事数十分、明らかに周囲の空気が変わったのがわかった。


 眼前には石畳の階段が何段もあった。周囲と隔絶した空間の始まりであるそれを登りきると、朱い鳥居があった。


 鳥居をくぐると、小さな祠が見えた。恐らくそこに燧が祀られているのだろう。それにしても、祠の大きさの割に、境内はとても広かった。大型ショッピングモールの駐車場ほどもある。それがまた、この場所の異質さを助長させていた。


 一際大きな風が吹いた。


「どうやら歓迎はされてないみたいだな」

 英一郎は煙草に火をつけながらそう言った。


「え、どういう事ッスか」


 清明の問いに英一郎は煙を吐き出しながら顎をシャクって見せた。その先には、火で構成された人型の守護式の姿があった。


「四体。ちょうどわたくし達の数と同じですね」


「一人一体って訳か……」


「怖気づいたか、弟子」


「そんな事ないッスよ。やる気満々ッス」


「そりゃ結構。土御門も、やれるか?」


「やるしかないじゃないですか。あたしだってやれるってところ見せますよ」


「覚悟は決まりましたか。行きますよ」


 桃花は雷斬を鞘から抜き放ち、駆けた。


 小手調べとばかりに上段から振り下ろされた雷斬を、守護式はいともたやすく右手に持った燧の模倣刀で受け止めた。それどころか、刃が触れたところから炎が侵食してきた。


 燧から生み出された炎は雷斬にまとわりつき、持ち手である桃花の元へと向かった。しかし、炎が身体に触れる前に桃花は後ろに飛んだ。そして、雷斬から雷を放った。


「……やはり模造とはいえ燧。相性が悪い」


 雷斬から放たれた雷は燧が生み出した炎によって吸収対消滅してしまった。それもそのはず、雷斬と燧は対の存在だった。雷は炎によって吸収され、炎は雷によってかき消される。単純な能力のぶつかり合いでは埒が明かなかった。


「あまり技は使いたくないのですが、仕方ありません」


 桃花は燧を鞘に戻した。そして、居合の姿勢を取った。


「椿咲く、桜の身許で見せたるは、雷の如き瞬きの舞」


 雷斬の柄から放電が始まった。バチバチと音を立てて生まれた白電の飛沫はやがて桃花の身体に達し、その身体能力を著しく向上させた。


「――稲妻」


 その名の通り、稲妻が如き加速を見せた桃花は、守護式を腹から真っ二つに切り裂いた。


 いつ抜いたのか、桃花は抜身の雷斬を払うと、ゆっくりと鞘に戻した。チンという音が鳴り、遅れて守護式が地面に倒れる音がした。


一連の流れは、まさに稲妻が如き一瞬の出来事だった。しかし、およそ人体では到底たどり着けぬ速度を生み出した副作用で、桃花の全身に痛みが走った。雷斬が発した微弱な電気を全身に流し、人体の限界を超えたせいだった。


「ふぅ……」


 一息つくと、他の面々の戦いに目をやる余裕が出来た。英一郎が守護式にどう対処するのか興味があったのだが、残念ながら英一郎はすでに守護式を倒し、すっかり弟子二人の観戦ムードだった。呑気に煙草を吹かしながら二人にアドバイスを送っていた。


「流石ですね。どのように倒したのか伺っても?」


「あんなもんワンパンだ。燧の守護式っていうからどんなもんかと身構えたが、大した事なくて拍子抜けだな」


「貴方の弟子はそうでもないようですが」


 桃花と英一郎にとっては苦戦するような相手ではなかったが、清明と小春はそうはいかない。明らかに現時点の二人よりも守護式は格が上だった。倒すにはこの場で成長する他ないだろう。


「時間もありませんし、加勢しましょう」


「いや、後ちょっとだけ待ってくれ。たぶんあの二人ならやれるはずなんだ。五分経ってもダメなら加勢する」


「……まあ、よいでしょう。その間わたくしは連絡を取ります」


 下手に食い下がるよりも、大人しく五分待った方が禍根を残さないという判断だった。それに、千鶴の首尾も気になる。五分程度ならば彼女に連絡している間に過ぎる時間だ。


「悪いな。今度埋め合わせはする」


「構いませんよ」


 桃花はそう言って奥へと姿を隠した。英一郎相手には公然の秘密とはいえ、千鶴が生存している事は一応隠さなければならないからだ。


 そうして桃花が連絡を取りに行ったのを確認した英一郎は、二人にアドバイスを送る。


「ちゃんと相手の動きを見ろー。そいつらは今のお前らより少しだけ強い。だから、今この場で成長すれば倒せる相手だ」


「そ、んな事言ったって! 触れたら燃える相手とどう戦えってんだ!」


 清明は正宗を燧のレプリカに打ち付けるも、すぐに炎がまとわりついてきた事を確認すると慌てて距離を取った。それは小春も同様で、人斬り包丁を上段から振り落ろすも、やはり燧のレプリカに受け止められ、炎が迫りくる。


「こんなのししょーはどうやって倒したんですかー!」


「普通にワンパン。お前らも出来る出来る」


「出来る訳ないでしょう! くっそー! ししょーのアドバイスなんて当てにしない!」


 小春のまとう雰囲気が変わった。明らかに集中の質が上がった。それを受けて、守護式も燧のレプリカを正眼に構えた。小春の一撃を真正面から受け止めるつもりらしい。


(ししょーは身体を硬く出来るから正面から打ち砕けるけど、あたしにそんな能力はない。なら、あたしはあたしなりの方法でアレを倒す!)


 小細工を弄さず正面から打ち砕く英一郎とは違い、小春の戦闘スタイルはその小柄な体系を活かして相手の攻撃を回避し、僅かな隙を狙って一撃を入れるタイプだ。


 相手は呼吸をしない無機物。呼吸の寸隙を狙う事は出来ない。ならば――。


(フェイントをかける!)


 小春は駆けた。人斬り包丁を逆手に持ち、守護式の足に狙いを定めすくい上げる。守護式は簡単にそれを受け止めてしまったが、それこそが小春の狙いだった。


 燧のレプリカが下段に固定されている今こそが好機! 小春は守護式に足払いをかけて体制を崩させると、そのまま心臓めがけて人斬り包丁を突き刺した。


「やった!」


「よーし、よくやった。後はお前だけだぞ、芦屋」


 焦りばかりが募る。小春とは同じ修行を同じだけこなした。小春に出来て自分に出来ないはずがない。そうした思いが焦る気持ちを更に加速させた。


 焦りは太刀筋にも現れ、当初は基本に忠実な太刀筋であったのに、今や素人が乱雑に刀を振り回すかのようになっていた。


 当然、そんな様子では倒せるものも倒せない。いつしか清明は守護式に押され始めていた。全てが後手に回り、今や防戦一方だった。


「情けない奴だな……おじさんの手伝いが必要かー?」


 清明は英一郎の声に反応する余裕すらなかった。ただひたすらに切りかかってくる守護式の攻撃を捌くのに手一杯だった。


 その後も、英一郎は清明の戦いを見ていたが、どうやらタイムリミットらしかった。電話を終えた桃花が戻ってきた。


「まだ終わっていなかったのですか」


「残念ながらな。約束だ。おじさんが終わらせてくる」


 英一郎は煙草を吹かしながら立ち上がると右手を硬質化させた。そして、のそのそとダルそうに守護式に近づいていくと顔面に痛烈な一撃を与えてその頭を破裂させた。


「な、なんで!」


「時間かけ過ぎだ、アホ」


 思わず反論しそうになったが、清明は自分がここに何をしに来たのかを思い出し、口をついて出そうになった言葉をグッとこらえた。


「……すいません」


「帰ったら特別メニューな。嫌だって言っても修行だ」


「……はい」


「油断してるようだが、土御門もだぞ」


「え、なんであたしまで。ちゃんと一人で倒したじゃないですか!」


「修行に終わりはないんだよ。諦めろ」


「うぇえ」


「返事」


「はーい」


 英一郎達が師匠と弟子をしている傍ら、桃花は一人祭壇へと近づいていた。眼前に鞘に収められた燧があるが、どうにも引っかかるものがあった。


(あまりに容易過ぎる。雷斬の試練はもっと厳しかった。対となる燧も相応なものであるはず。なぜ? 正規の手段を踏んでいないから? いえ、そんなはずはない)


 疑問は尽きなかったが、立ち止まる訳にもいかない。桃花は祭壇に祀られている燧を手に取った。瞬間、世界が白に染まった。

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