第78話

 自重の全てが首で支えられる。頸動脈がキュッと締まって息苦しさの前に視界がブラックアウトしそうだった。


 これならば、思ったよりも楽に死ねそうだ。


「何やってんだ神楽ぁ!」


 一瞬浮遊感が身体を襲ったかと思えば、次の瞬間強かに身体が地面に打ち付けられた。


「……なんで来ちゃうんですか……恭弥さん」


「バカ野郎! せっかく助けたのに自分から死のうとする奴があるか!」


「だって! こうでもしないと恭弥さんが!」


「俺なんてどうでもいいんだよ! 頼むから死のうとなんてしないでくれ……!」


「どうでもよくないですよ! 私が死ねば恭弥さんだって元の生活に戻れるんです!」


「なんでそんな風に考えるんだ! まだ元に戻れるかもしれないだろ!」


「無理ですよ! 千鶴さんでもわからないんです! いい加減諦めてください! なんで本人より諦めが悪いんですか!」


「当たり前だろ! 好きな相手が死ぬのを黙って見てられるか!」


「……恭弥さん」


「あ、いや、今のは言葉の綾というか……」


 恭弥はポリポリと頬を掻いた。突然の告白に、神楽もあっけにとられている。


「……ひょっとして初めてじゃないですか。私の事好きって言ってくれたの……」


「……まあ、なんだ。こんな事になって好きだったんだなって自覚した面はある。あの時普通の頭してたら処刑を止めようなんて思わなかっただろうし……」


 恭弥は前世の常識的な思考は消え去り、最近では完全に退魔師的思考に支配されていた。にもかかわらず、あの時は考えるより先に身体が動いていた。


「なんで……なんでもっと早く言ってくれなかったんですか……! 遅いですよ……」


「すまん……だからって訳じゃないけど、卑怯な事を言ってる自覚はある。死ぬって選択だけはやめてくれ」


「でも私、こんな身体になっちゃったんですよ? もうセックスだって出来ません」


「おい、こんな時にふざけんなよ」


「私は真面目に言ってます。いくら私の事が好きだっていっても、こんな芋虫女とヤろうだなんて思わないでしょう。今は興奮してるからいくらでも取り繕う事が出来るでしょうけど、明日になったら絶対後悔してます」


「……後悔なんてしないさ。俺は一貫性のないクソ野郎だけど、これだけは言える。俺は、神楽に笑っていてほしいんだ。そのためならちょっとくらいの困難なんでもない」


「……見てくださいよ。あんなに傷だらけだったのに、もう全部治ってるんですよ。私は妖そのものです。それでもまだ私の事好きだなんて言えますか」


「俺の気持ちは変わらない。ちょっと見た目が他の子と違うけど、それだけだ。俺は神楽が好きなんだ」

 恭弥は神楽の目を見て真剣にそう言った。


「……本当に後悔しませんか?」


「しない」


「後になって姉様の方が好きだとかナシですよ?」


「…………約束する」


「……なんで間があったんですか」


「いや、その……すまん。だって皆可愛いから……」


「はぁ……しょうがないですね。光源氏も真っ青のだらしなさです。今は断言して私を安心させる場面でしょう」


「いや、ほんとすまん……一瞬桃花に言い寄られてるの想像して揺らいでしまった」


「もう! いいですよ、元々側室もアリって言ったのは私ですし」


「面目ない……」


「あーあ、もうどうにでもなれです。なんだかバカらしくなってきちゃいました」


「じゃ、じゃあもう自殺とかしないか?」


「しませんよ。腹をくくりました。こうなったら行けるところまで行きましょう。椎名の追手が来るのは時間の問題でしょうけど、それまで楽しみましょう」


「はぁー、マジで頼むぞ。こんだけ言ってまた自殺とかはナシだからな?」


「しませんって。寒いですしもう帰りましょう。風邪引いちゃいます」


「そうだな。俺も寝間着で慌てて来たから、実はすげー寒いんだ」


「まったくもう、ほんとに締まらないですね。まあ、それがいいところでもあるんですけどね。じゃあ、帰りましょうか。手、繋いでください」


「わかったよ」


 二人は手を繋いでログハウスへと帰った。そして、冷えた身体を温めるために沸かし直した風呂に順番で入った。


 風呂上がりの艷やかな白銀の髪を、タオルで水気を取っている神楽の姿を見ていると、定山渓での記憶が蘇った。あの時は暇さえあれば絞り取られていた。若干精子臭い記憶ではあるが、芋虫になってしまった神楽を見てもその記憶は色褪せない。気が付けば恭弥の視線は神楽に吸い込まれていた。


「ん? そんなに見つめてどうしたんですか。まさか見惚れてました? 流石にこんな身体に欲情なんてしないで――」


 そこまで言って神楽は恭弥の視線が自身の胸に注がれている事に気付いた。


「まさか本当に欲情してます?」


「……気のせいだな、うん」


「ええ……恭弥さん芋虫に欲情出来るんですか……」


「いやだって、上は神楽だし……」


「んー、一応ここ使えない事はないと思いますけど、ヤりますか?」

 神楽は自身の下腹部を指してそう言った。


「えーと……うーん、試してみる、かあ?」


「恭弥さん人の事性欲強いみたいに言いますけど、恭弥さんも大概ですね」


「今ばっかりは何も言い返せない……」


 神楽はもぞもぞと足をくねらせて恭弥に近づいた。そして、両手で恭弥の頭を抱えると口付けをした。


「……変態」

 神楽は自身のお腹に当てられた固い物に気付いた。


「なのかもしれない……自分が情けないよ、俺は……」


「でも、嬉しいです。こんなになっても愛してくれるなんて」


「どんな姿になっても神楽は神楽だよ」


 二人は再び口付けを交わした。

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