第73話

 それから数週間が経ち、清明と小春は広陵学園へと転学してきた。一回生の同じクラスに配属された二人は、持ち前の明るさでもってすぐにクラスと打ち解け、中心人物となるのに時間はかからなかった。


 中でも小春には特に仲の良い友人がいた。小陽こはるという少女だった。自身と同じ名を持つ彼女とは転学初日からの付き合いだった。


 小春は厳しい修行の合間を縫って小陽と街へ出かけて、交友を深めていった。今日も、小陽が楽しみにしているインディーズバンドのライブがあるという事で、英一郎に無理を言って休みを貰っていた。


「すごい熱気だったね。あたしライブハウスっていうの? ああいうところ初めて入ったからびっくりしちゃった」


 ライブハウスを離れ、近場のカフェについた小春は、先程まで感じていた熱気をそのままにそう言った。


「確かに最初はびっくりするかもね~。でも格好いいバンドだったでしょ~?」


 ウェーブのかかった栗毛に垂れ目という、いかにもおっとりとした見た目相応に間延びした声音だった。小春は小陽から放たれる癒やしのオーラが好きだった。


「うん。あたしボーカルのショーヤさんが好きかも。小陽は誰が好きなの?」


「私はドラムのタクミさんが好き~」


「えー! あのツンツン頭の?」


「あ、ひど~い。タクミさんだっていつもあのヘアスタイルじゃないんだよ~。SNSにオフショットがあるから見てみてよ~」


 そう言って小陽が差し出したスマホには、タクミのオフショットが映されていた。長い金髪をゴムで結って後ろでひとまとめにしているおかげで、端正な顔立ちがはっきりと見えた。なるほど、これならば小陽が惹かれるのも納得だ。


「へーほーふーん。小陽はこういう人がタイプなんだ?」


「う~ん。タイプと言うより憧れかなあ。夢に向かって頑張ってる人って応援したくならない?」


「あたしは一緒に夢に向かって走ってくれる人の方が好きだなあ」


「それもいいかも~。お互いに切磋琢磨し合って一つの夢に向かうのも格好いいよね~」


「そうそう。あ、そろそろ映画始まっちゃう。急がなきゃ」


「そんな急がないでよ~」


 ぐいっと紅茶を飲み干した小春に対して小陽はもそもそとケーキを食していた。彼女の常の姿を知らない人から見れば酷く緩慢に感じるが、小陽なりに急いでいる事を知っている小春は急かす事なく食べ終えるのを待った。


 その頃恭弥は、自宅の居間で自身の番付を見て考え込んでいた。精を出すほどではないにしろ、そこそこお務めは行っていたはずだった。にもかかわらず、恭弥の番付はなかなかに下の方に位置していた。


「なーんか陰謀臭いものを感じるのは気のせいだろうか」


 ズズッとちゃぶ台に置かれていたお茶をすすりながら言う。横目でソファに寝転んでいる千鶴に同意を求めるも、どうやら彼女は別の意見を持っているようだった。


「そうでしょうか。番付など日々移り変わるものなのですから、あまり気にしてもしょうがないですよ。それに、そんなに頻繁に陰謀になど巻き込まれませんよ」


「そりゃ千鶴さんみたいに常時番付上位陣だった人にはわからんでしょうけど、我々小市民は日々の小さな上下に気をもむものなんですよ。しかも俺はその陰謀で死にかけてるんです。気にもしますって」


「ならばお務めを行えばよいだけの話です。番付が上がれば発言権も増えますし、上がって悪い事はありませんからね」


「上がり過ぎて目をつけられても困りますけどね」


 恭弥は座椅子に背中を預けて力いっぱい上体をそらした。背骨がゴキゴキと鳴ったが、それが妙に気持ちよくて今度は上体をそらしながら左右に身体を動かした。


 軽いストレッチは気分のリフレッシュ効果をもたらした。再びお茶をすすると、気のせいか先程よりも緑茶が美味しく感じられた。


「ちょっくらお務めをこなすとするかあ」


 そうと決まれば即断即決。恭弥はスマホをいじって協会が作成した退魔師専用のサイトにアクセスしてお務め一覧のページを開いた。その中からなるべく楽そうなものを選別してエントリーする。パートナーを希望出来るようだったので、少しでも楽が出来るように希望欄にチェックを入れる。


 然程難しい依頼の内容でもないので、パートナーが来るとしても面識のない番付下位の人間だろう。


「……そう思っていたんだけどな」


 いざ現場に向かうと、パートナーとしていたのは神楽だった。今回の依頼は間違っても番付の上位に位置する神楽が出張るようなものではない。確実に恭弥がエントリーしているのを見て決めたのだろう。


「こんばんはです。奇遇ですね。まさかパートナーが恭弥さんだったとは」


「嘘つけ。俺がエントリーしたって見て決めただろ」


「そうとも言います」


 てへぺろ。そんな擬音が聞こえてきそうなほどにぶりっ子な態度で神楽は言った。


「まったく、そうとしか言わんだろうに……」


 戦う前から気疲れしている恭弥とは裏腹に、神楽はウキウキといった様子だった。


「今日の相手は人面じんめんちゅうでしたっけ? 大したことない相手ですし、さっさと片付けてデートしましょうよ。デート」


「無事何事もなければな。油断してると足をすくわれるぞ」


「わかってますって。ちょうど見たい映画があったんです。ユナイテッドシネマ行きましょうね」


 恭弥は返事もそこそこにため息をついた。定山渓の旅行以来、神楽はずっとこの調子だった。学園でも以前にも増してベタベタと人目をはばからずひっついてきて、眉間に皺を寄せた桃花にたしなめられるのが日常の風景と化していた。


「いい加減頭お花畑過ぎるぞ。少しは気合入れろ。人面蟲は群れでくるんだ。ちゃんと頼むぞ?」


「はいはい。いざとなったら私が全部燃やし尽くしますから安心してください」


「ったく、ほんとにわかってんのか……? まあいいや、やっこさんが来たぞ」


 恭弥の言葉通り、どこに隠れていたのか森の中からうじゃうじゃと人の顔を持ったムカデのような蟲が大量に湧き出てきた。


 太ましい胴体に加えて毒の滴る鋭い尻尾。二メートル近い長さを誇る妖が群れで迫ってくるその姿に嫌悪感はピークに達した。


「うわあ……気持ち悪い。私あんまり虫とかダメな方なんですよね」


「あれを虫と言い張るお前に驚きだよ。でもま、ここは人もいないし存分に異能を振るってくれ。くれぐれも誤射だけは勘弁な」

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