第56話 ※残酷描写あり。
土御門小春。恭弥がヒロイン側の主人公と評した彼女に回避されたはずの悲劇が襲っていた。それは世界の強制力とでも言うべきものだった。ヒロインはヒロインで在るべしという強い意思だった。
狸小路で家族と食事をしていた彼女は、唐突に現れた妖によって家族を惨殺された。
子の目の前で親が殺され、あまつさえその死体の腹を裂かれ、臓物を引きずり出され喰われるのだ。美味そうにむしゃむしゃと親だった何かを貪る吸血鬼の眷属である熊のその姿は脳裏にこびりついて離れない。
大人も子供関係なかった。アイツは目に付くもの全てを殺して貪っていた。自分が生き乗ったのは奇跡だった。たまたまお手洗いに出ている時に店内に侵入してきたソレにいち早く気付いた小春の両親は、小春に逃げるよう言った。
お父さんとお母さんも一緒に――。
その言葉が両親に届くよりも先に二人の首は床に落ちていた。
(酷い酷すぎる。あたしが何をしたっていうの……)
逃げても逃げても、妖はどこまでもついて回った。行く先々で人を殺して食べている。
(あれが妖。テレビで報道されていたけれど、実際に見る事になるなんて……!)
逃げ場などどこにもなかった。もはや札幌は吸血鬼の餌場と化していた。
たどり着いたすすきの駅では、更に多くの人が食われていた。
「人が人を食べてる……?」
信じられない。いつから現実は映画になったのだろうか。B級映画さながらのその光景は、まさしくゾンビパニックものだった。食われ、一度生を終えた人々が吸血鬼のなりそこないとして復活していた。誰が本当の人間で誰が妖なのか見た目にはわからなかった。
首筋に噛みつき、鮮血が飛び散る。地面に倒れ伏した人に妖が群がってその肉を貪る。そうして暫くすると、ところどころ白い物が見え隠れしている屍人が生まれる。
あまりの出来事に脳が処理しきれなかった。パニック寸前になって立ち尽くしていると、気付けば小春の周囲に四体の屍人共がいた。
「う、うそ……! やだ……死にたくない……!」
「死なせるかっての!」
瞬きする間に四体の屍人の首が刈り取られていた。それを行った恭弥は周囲を油断なく警戒心しつつも、目の前の少女が自身の知る者であるか確認する。
「土御門小春だな?」
「は、はい」
「よし、神楽、悪いけどここは頼んだ。俺はこの子を守らないといけない」
「また女の子ですか……いいですけど、後でちゃんと説明してくださいよ?」
「もう嘘はつかないよ。それじゃ、頼んだぞ」
恭弥は状況を把握しきれていない小春を背負うと空中に足場を作って颯爽とその場を後にした。
「もうっ、損な役回りですね。『生きてる人は全力で走って建物の中に逃げなさい』でないと死んじゃいますよー」
言霊を使って生者と亡者を分ける。この場にいる何割を生存させる事が出来るかはわからないが、任された以上仕事はするつもりだった。
「んー、もう逃げ遅れた人はいないという事にしましょうか。面倒ですしね」
神楽は燧を鞘から抜き放った。三日月を描くように刀を振ると、焔の軌跡が追従する。
「薙ぎ払え!
燧から一際大きな焔が上がった。やがてそれは形を取り、いつしか真っ赤に燃え盛る大鎚となった。神楽はそれをバットでも振るかのように思い切りフルスイングした。
焔に包まれた屍人共は一瞬にして水分を蒸発させ、その身を炭化させた。ボロボロと崩れ去り、すすきのの街を死の灰が舞った。
「熱っ! 神楽の野郎加減ってものを知らねえのか。すすきのが火の海になったらどうするつもりだよ!」
空中を移動していた恭弥の元にも熱波が届いていた。熱は上に向かって放出されるというが、肉袋を一瞬にして炭化させるような熱だ、霊装を着ている恭弥はともかく後ろの小春が心配だった。
「大丈夫か。火傷してないか」
「服が焦げちゃいました!」
「そりゃ結構。ちんたらしてたら第二波が来ちまう。飛ばすぞ、しっかり掴まっとけ!」
小春を背に乗せた恭弥はぐんぐんと札幌の夜空を駆ける。落ちれば死んでしまうような高度であるにも関わらず、ここに至るまで小春は一切泣き言を言わなかった。流石は「夜に哭く」のヒロインに選ばれるだけある。胆力がそこらの少女とは違った。
そうして駆ける事十数分、目的地である若草公園までたどり着くと、恭弥は小春をベンチに座らせた。そして、スマホを手に取り千鶴に電話をした。
「もしもし、千鶴さんですか?」
『恭弥! 無事だったのですね。分け身が消されたので何があったのかと思いました』
「まあ色々あったっちゃあったんですけど、今は省きます。そっちの様子はどうですか?」
『光輝さんも無事担当地域の掃討を終えました』
「了解です。なら、そのまま光輝さんの護衛は続けてもらうとして、新しく分け身出してください。俺今若草公園にいるんですけど保護した女の子が重要人物なんで護衛頼みます」
『わかりました』
「後、神楽のアホがやりすぎないよう監視しててください。あいつあの勢いだとすすきの崩壊させかねないんで」
『注文が多いですねえ。恭弥はこれからどうするのですか』
「俺はこれから大通り公園に戻ります。ちょっち野暮用があるんで」
『分け身を持たせた式神を送りますので、それまで派手な事はしないように』
「それは吸血鬼に言ってください。俺達はいつだって巻き込まれる側だ」
『それもそうですね。しかし、可能な限り戦闘は避けるのですよ』
「わかってますよ。それじゃ」
通話を切り、スマホを懐に戻すと煙草に火をつける。色々と立て続けに起こったせいで頭を整理させたかった。
「あの!」
煙をくゆらせていると、小春が意を決したように口を開いた。
「ああ、すまん。放置するつもりはなかったんだが忘れてた」
「あなた何なんですか? なんで私だけこんなところに」
「俺は狭間恭弥、退魔師だ」
「退魔師? 私と同じくらいの歳ですよね?」
「退魔師に年齢は関係ないよ。それから、君を助けた理由だけど、それは君が土御門小春だからだ」
「はい?」
「辛い事を聞くかもしれないけど、君の両親はどうなった?」
恭弥の問いに小春は答える事はなかった。ただ悲しそうな顔をしてうつむいた。その反応だけで彼女の両親がどうなったのかがわかった。先程までの気丈な態度は様々な出来事が立て続けに起こったせいで一時的に両親の死という現実から離れていたからだろう。ひとまずの安全が確保された今、堰を切ったように悲しみが襲っているに違いない。
「すまない。今はまだ何も考えられないだろうけど、君には退魔師としての才能があるんだ。俺の連絡先を渡すから、興味があれば連絡してくれ。俺が話せる事ならなんでも話すから」
そうは言ったものの、小春の両親が殺されてしまった以上、彼女の業界入りは既定路線となってしまっただろう。ならば、少しでも便宜を図ってやるのが人情というものだ。
「それじゃあ、俺は行くけど、、もう少ししたら綺麗なお姉さんが来るからその人の言う事を聞いてくれ。そうすれば少なくとも安全は約束される」
「あっ! ちょっと!」
小春が顔を上げた時にはすでに恭弥は夜の空へと消えていた。
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