第54話 一部性的な表現あり。

 目の前には天井に吊るされ頼りなく揺れる蛍光灯があった。頭がぼんやりとしている。それでも、恭弥は退魔師としての性ですぐに自分が置かれた現状の確認を始めた。


 周囲はコンクリートで固められた一室。窓は無い。自分が寝かせられているパイプベッドは身体を起こせばギシギシと鳴る程度には安物だった。端に置かれた机には水差しとコップがあった。そして何より重要なのは自身の足首に付けられた鉄輪だ。足首から伸びた鎖はパイプベッドの足に巻きつけられていた。


 試しに壊そうと引っ張ってみたがビクともしない。どうやら霊力の流れが絶たれているらしい。普段の半分も力が出なかった。


「霊縛呪か……」


 改めて室内を一望すると、記憶の片隅にこれと同じ光景が存在した。これは、そう、


(北海道破滅ルートの座敷牢じゃねえか……神楽の野郎、やりやがったな……)


 思い出すのは神楽バッドエンド。嫉妬に狂った神楽が主人公の四肢を切断してこの座敷牢に監禁して犯しまくった結果、北海道が妖帝国になるエンドだ。「夜に哭く」の情事シーンは必ず一枚絵だったため、このルートでは何度もこの座敷牢が描写されていた。


 幸いにして原作主人公のように四肢を切断されるような事態には陥っていないが、事は一刻を争う。


(クソ……どれくらい眠らされていた?)


 考えるのは無事に原作主人公の家族が殺されたかどうか、本当に彼女の業界入りを防げたのか、そして、吸血鬼の真祖がすでに顕れているのだとしたら誰が戦っているのか。そして、あの後薫はどうなったのか。


 思考の海に潜っているとガチャリと音を立てて扉が開いた。


「あ、起きたんですね恭弥さん」

「……起きたんですねじゃねえよ。ふざけた真似しやがって。薫はどうした」


「起きて早々他の女の心配ですか。今は私の事だけ見てくださいよ」

「こんな事する奴は嫌いだ」


「……薫さんなら無事ですよ。椎名が責任持って保護しています。天城さんの言う事が本当ならその内正気を取り戻すでしょう」


 ふう、と一息ついたのもつかの間、神楽は唐突に恭弥をベッドに押し倒し馬乗りになった。


「おま、何す――」

 恭弥が言葉を言い切る前に神楽はその口を塞いでしまった。恭弥の頭を抱え込んで情熱的なキスをする。なんとか引き離そうと身体をよじるも、霊力の流れを絶たれた恭弥では困難を極めた。


「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか。霊力絶たれてるんだから今の恭弥さんじゃ私に敵わないんですよ?」


「素直に受け入れるつもりはねえよ。お前今がどんな状況かわかってんのか?」

「そんな事関係ないです。いいじゃないですか、素直になりましょう?」


「嫌だ。いいから俺を解放しろ」

「そんな事言って、身体は正直ですよ」


 神楽は自らの臀部に恭弥の怒張が押し付けられているのを感じていた。口では嫌だ嫌だといいながらも、自身を性的に見てくれている事が嬉しかった。


(ちくしょう俺のバカ野郎。なんだってまたこんなに元気いっぱいなんだ)


 恭弥がなんとかして愚息を鎮めようと苦心している横で、神楽は自らの服をはだけさせていた。豊満でありながらも決して垂れていない、むしろツンと上を向いたお椀型の膨らみが恭弥の前に曝け出される。隠す物のなくなったそれは、余計恭弥の性を刺激した。


「ほーら、恭弥さんの好きなお尻です。すべすべですよ」


 恭弥の右手を臀部に、左手を胸へと導く神楽。すべすべの玉のような肌は、興奮からか僅かに汗ばみ、しっとりと手に馴染んだ。


 見れば見るほど神楽という少女が愛おしく思えてきた。こんなにも自分の事を好いてくれていて、あまつさえその身体を許すとすら言っているのだ。


 年齢に見合わぬ色気を醸し出す神楽の様子に、次第に彼女の事以外を考える事が出来なくなってきた。


「恭弥さん、好きですよ……」

 厭らしく顔面に胸を押し付け、耳元でそう囁く神楽。長い髪がはらけて恭弥のそれと交じる。彼女の甘い匂いが身体中いっぱいに広がった。


「神楽……」

 思考が性的なもので塗りつぶされていくのがわかった。常であればこの程度、意思の力で跳ね返せるというのに……それもこれも彼女が魅力的過ぎるのがいけない。


「ね? いいでしょう、私に犯されてください」


 そう言って神楽は愚息をサラリと撫で上げた。甘い刺激にビクリと反応してしまう。


(ああ、もういいかな。なんかこのまま神楽ルート入っても上手くやれる気が……)


 とろけるような甘い誘惑の果実に手が伸びそうになった瞬間、恭弥の意識は深化した。


「本当にそれでよいのか」

 真っ暗な空間に、まるでスポットライトを浴びたかのように天城の存在だけが映し出されていた。


「天城……」

「刹那の快楽に身を任せて、お前はヒロイン全員を救えるのか」

「……ああ、そうだったな。俺とした事が、神楽の魅力にやられるところだった」


 頭を振って邪念を振り払う。常であればこれしきの誘惑など打ち払えたというのに、今日はどうしたのだろうか。


「ふん、なんという体たらくじゃ。尻の青い小娘の誘惑に引っかかりそうになりおって」

「まったくだ。言い訳のしようがない。すまなかったな、ありがとう天城」


「これに懲りたら少しお前は警戒心というものを持て。ちょろすぎるんじゃ」

「いや俺はちょろくねえよ」


「ちょろいわ。じじいのしょんべんみたいにちょろちょろじゃ。わかったらとっと行かんかい」


「俺は絶対にちょろくない。それだけは言っておく。後、悪いんだけど起きたら鎖切ってくれないか」


「ほんにしょうがない奴じゃの。お前は我がおらんと何も出来んのか。我はお前の母ではないんじゃぞ」


「しょうがないだろ。霊縛呪なんて武器でもないと切れない」

「わかったわかった。いいからとっと行け」

「頼んだぞ」

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