第53話

「また正史に無いイベントかよ……。おいお前、どこの誰さんだ」


 問いかける恭弥に少女は答える事なく飛び跳ねその錫杖を振り下ろした。


「ちぃ! 問答無用かよ!」


 右手に刀を生み出し、鍔迫り合いの形を取る。


「無駄にデケえ乳しやがって……俺は女は相手したくないんだっつの!」


 ドカっと威力を抑え、吹き飛ばす事に注力した蹴りを腹に打ち込む。


 声も上げずに吹き飛んだ少女の戦意は未だ衰えた様子は微塵もなく、今にも襲いかからんとする気迫に満ちていた。


 と、そこで木の上から恭弥の背後に飛び降りてきた者がいた。神楽だ。


「ごめんなさい! 獲物逃しちゃって」


「神楽の相手だったのか。なんなんだあいつ、狐の面なんか被りやがって。稲荷か?」


「だと思います。ちょこまかと動くので戦いづらくて」


「なるほどな。共闘するぞ。とっとと終わらせよう」


「はい!」


 前に出て戦う事を好む神楽の特性を理解している恭弥は、始めサポートに回ろうと考えた。しかし、いつまで経っても神楽が前に出る様子はなかった。しょうがなく恭弥が前に出ると、それに追従する形で神楽も動き始めた。どうやら今日は前に出る気はないらしい。


 錫杖による突きを最小限の動きで回避し、刀を振り下ろす。しかし、相手が小柄な事が災いし空振ってしまった。そうして生まれた隙を神楽が埋めるように割って入る。火を纏わせた燧を振りかざす。それを見た少女は機敏な動作で横に避けた。そして、後ろに跳ねて距離を取った。


「クソ、マジでちょこまかと鬱陶しいな」


「私が隙を作ります。恭弥さんが一撃入れてください」


「了解。タイミングはそっちに任せる」


「はい。ワンツースリーのタイミングで行きましょう」


「はいよ」


「ワン」


「ツー」


「スリー! 霞焔!」


 神楽の放った霞焔。球状の炎の塊が少女の足元で爆発した。その熱と衝撃にたたらを踏んでいる少女に向かって恭弥は突撃する。


 右手に脇差を作り、それを逆手に持って下から切り上げる。


「ちっ! 浅い!」


 少女は咄嗟に上体を反らした。そのせいで狐の面を真っ二つに割るに留まってしまった。しかし、その瞬間恭弥は致命的なまでの隙を晒す事になった。仮面の下に隠された素顔は彼が見慣れたもの、つまりは薫のものだった。


「な、薫……? グハっ!」


 薫はその隙を逃さず錫杖を恭弥に向かって突き出した。完全に気の抜けたタイミングでのその一撃は薫からしてみれば気持ちよく入った一撃だった。


 したたかに鳩尾を錫杖で突かれた恭弥はその場に膝をついた。相手が薫という事もあり、まさかという気持ちでいっぱいだった。戦意が極限まで削がれてしまった。しかし、恭弥の都合などお構いなしに薫は追撃を敢行する。それを遮ったのは神楽だ。燧で生み出した炎を撒き散らし、薫との距離を取った。


「恭弥さん! ボサッとしないでください!」


「ちくしょう、なんの冗談だよ。なんで薫が……」


「大方操られているんでしょう。こうなってしまっては殺すしかありません」


「ダメだ! 薫を殺すなんて真似は出来ない。何か方法を考えるんだ」


「っ! そんな事言ったってあっちはヤル気満々ですよ!」


 完全に戦意喪失した恭弥に反して薫はあくまでも敵意をぶつけている。今も、神楽が割って入らなければ錫杖による一撃が恭弥を襲っていた。


「クソ! とりあえず動きを止めるぞ。援護してくれ」


「わかりました」


 恭弥は薫を傷つけないよう無手になり、ファイティングポーズを取った。先程から薫は瞳術を使っていない。錫杖での攻撃のみだ。瞳術が使えないなんらかの理由があるのだろう。ならば身体能力で優る恭弥が負ける道理などない。


 冷静に、突き出された錫杖を避ける。後ろに控えた神楽がそれを跳ね上げると、薫は両手を上げて胴を晒す格好になった。すかさず恭弥はタックルをぶつけて薫に馬乗りになる。


「薫! 目を覚ませ! 俺は敵じゃない!」


 恭弥の呼びかけに薫は一切答える事はなかった。代わりに身体をよじってマウンティングから解放されようともがいている。


「薫!」


「無理ですよ、恭弥さん。薫さんだって退魔師なんです、いつ死んでもいい覚悟は出来てるはずです。これ以上醜態を晒す前に終わらせてあげましょう」


「黙ってろ! そんな事出来る訳ないだろ! 天城、なんとか出来ないか!」


 ヌッと黒い影から天城が顕れる。天城はペチペチと薫の頬を叩いたり触ったりした後、何かに気付いたのかすんすんと形の良い小鼻を鳴らすとこう言った。


「心滅の香じゃな。何者かに操られとる」


「心滅の香? なんだそれは?」


「その名の通り心を滅して操る香じゃ」


「元に戻せるのか?」


「効果が切れれば元に戻る。ま、ふん縛ってその辺に投げとけばいいじゃろ」


「一体誰がこんな事を……」


「稲荷じゃないですか?」


「ちくしょう……あいつらか……!」


「じゃ、そういう事で」


 チクリと、恭弥の首に針が刺された。その瞬間、ぐらりと力が入らなくなった。

振り向けば、神楽が満面の笑みでこちらを見ていた。


「かぐ、ら……?」


「おやすみなさい。恭弥さん」


 神楽はドサリと力を失って倒れた恭弥を下敷きになっていた薫から引き離した。そうして、優しく地面に寝かせると無表情に薫の横腹を蹴り上げた。


「ほんと使えない人ですね。なんで身バレしちゃうかな」


「なんじゃ、これはお前の企みか。とんだ茶番じゃな」


「天城さんダメですよ。心滅の香使ったのわかっちゃったら私が疑われるじゃないですか」


「こいつもまたとんだおなごに好かれとるのお。占い師にでも見せたら女難の相が出とると言われるの間違いなしじゃ」


「恭弥さんには黙っててくださいね」


「さて、どうしようかの。黙ってるかどうかはお前の態度次第じゃ」


「何をしたら黙っててくれます?」


「こいつが強くなるのに協力してやれ」


「願ってもない事ですけど、本当にそんな事でいいんですか?」


「うむ。早いところこいつには強くなってもらわんと我もおちおち眠っておれんからな」


「わかりました。それじゃ、薫さんを操っていたのは稲荷って事で、どうか一つ。恭弥さんも天城さんが言う事なら信用するでしょうし」


「ふん。つまらん事に我を利用しおって。約束を違えばわかっておるじゃろうな」


「わかってますよ。私は恭弥さんを手に入れられるならなんでもいいので」


 話す事は終わったとばかりに天城は返事もせずに黒いシミの中に消えていった。


「さてさてお楽しみタイムの始まりですね」


 ウキウキ顔の神楽は自家用車に運び込み、例の地下室へと向かった。


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