第47話 ※一部性的な表現あり。

 しとしとと雨が降り続く中、恭弥は傘もささずにトボトボと歩いていく。時折うつむく恭弥の表情を覗き込む者もいたが、家が近づくとそんな人もやがていなくなった。


 鍵を開けて家に入る。ずぶ濡れで前髪からポタポタと水滴が垂れていた。


「おや誰かと思えば恭弥じゃありませんか。そんな濡れ鼠になってどうしたのですか」


「薫が行方不明になりました」

「薫さんが? 何かあったのですか」


「まだはっきりとはしてないんですけど、どうも桃花と神楽がなんかやったらしくて」

「桃花さんと神楽さんが……」


「俺もうどうしたらいいかわかんなくなりました。俺なりにあいつらが少しでも仲良くやれるようにって、頑張ってたつもりなんですけど、結果として俺が原因でいがみ合っちゃって。終いにゃこんな事になっちゃって。薫が生きてるかどうかもわかんないんです」


 不意に、甘い香りが恭弥を包んだ。千鶴は自身が濡れる事もいとわずにずぶ濡れの恭弥をその胸で抱きしめた。慈愛に満ちた表情で頭を抱え込み、優しく問いかける。


「辛いですか」

「正直みっともなく泣きたいくらいには。俺自分なりにすげえ頑張って皆が幸せになれるよう頑張ってたつもりなんです。なのに、俺のせいで薫が……」

「恭弥のせいではありませんよ」


「俺、調子に乗ってたんだと思います。主人公にでもなったつもりになって、本当の主人公は別にいるのに俺だってやれば出来るんだって勝手に張り合って」

「男の子ですもの、たまには張り合うくらいの気概は大切ですよ」


「俺、どうしたらいいんだろう。わかんないです」

「どうしたらいいかではありません。恭弥がどうしたいかが大事なのです。きっと今恭弥の頭にはこうなっているはずだという悪い考えばかりが浮かんでいる事でしょう。ですが、こうあってほしいという考えを持つのです。そして、そのためには何が必要か、それを考えれば自ずと自分が何をしたいのかが出てくるはずですよ」


「こうあってほしい……」

(俺はそもそもどうしてこの世界に来る事を望んだんだ? 元の世界にいるのが辛くて、どうしようもなく夜に哭くが好きで、だけどヒロインが死んじゃうのが嫌で)


「……だから俺はここに来たんだ」

「見えてきましたか?」


 恭弥の雰囲気が変わったのを察したのか、千鶴は優しく恭弥を解放した。


「はい。やっぱり俺は、皆が笑顔でいるのを見たいです」

「そうですか。恭弥は落ち込んでいる姿は似合いませんからね、元気になったようで何よりです」


「すいません、千鶴さん。濡れちゃいましたね」

 気恥ずかしさと申し訳無さからポリポリと頬をかきながら言う。


「言ったはずですよ? 私は恭弥の味方だと。これしきどうという事はありません」

「ありがとうございます。でも、濡らしちゃったんでシャワー入ってください」


「私よりも恭弥が先です。やる事があるのに風邪を引いてはいけないでしょう」

「……それもそうですね。じゃあ、すいませんけど先に入らせてもらいます」


 恭弥はサッとシャワーを浴びて自室のベッドに寝転がった。考える事は一つ。どうすればヒロイン全員を笑顔で生存させる事が出来るか。


「俺一人で一個一個潰していくのはやっぱ無理だよな。そうなると味方が必要だけど……」


 今の所最有力候補である千鶴は残念ながら身バレしてはいけないために自由に行動出来ないという致命的な欠点がある。となれば次点で事情を把握していて、かつある程度仲が良い者となれば椎名姉妹という事になる。だが、彼女達は性格に問題がある。原作でもそうだったが、簡単にヤンデレ化してしまうので制御が困難なのだ。しかし他に同年代で名ありの人間など光輝くらいしかいない。だが彼では力不足だ。


(やっぱり俺が手綱を握れるくらい強くなるしかないのか……)


「実力的にも……精神的にも……だな」


 そのためには天城の力は必須だろう。退魔師としての異能の限界はとっくの昔に見えている。それ以外で強くなるとなれば鬼の力を使うしかない。


「妖を喰らえ、か」


 すでに白髪になって久しいが、このまま妖を喰らい続け、鬼の力を行使していったとして、他にどんな変化が起こるのか怖かった。


 ――強くなるには人を捨てなければいけないのか。


(いや、それ以上に俺が強くなればいいだけの話だ。鬼をも喰らうほど強く)


 コンコンとノックの音が聞こえた。


「恭弥、入りますよ」

「千鶴さん?」


 千鶴はいそいそと恭弥が寝転がっているベッドまで近づいていくと、ベッドの縁にちょこんと腰掛けた。起き上がろうとする恭弥を手で制した。それだけに留まらず、母親が寝付けない子にするように優しく胸をとんとんと叩き始めた。


「もう気持ちは落ち着きましたか?」

「おかげさまで。やっぱりなんだかんだ言っても千鶴さんは師匠なんだなって痛感しましたよ」


「そうですよ。今更思い出したんですか」

「忘れてたつもりはないんですけど普段の生活っぷりを見ていると、ねえ?」

「ま、まあそれは否定しませんが」


 それきり会話が途切れてしまった。いつの間にか一定のリズムで胸を叩いていたその手は止まり、今やただ胸の上に置かれているだけになった。

 明らかに千鶴はソワソワした様子だった。


「……どうかしたんですか?」

「い、いえ何も?」


 そっぽを向いて今にも口笛を吹きそうなくらいに無理がある誤魔化し方だった。しかし、事ここに至っても頑なに恭弥の胸に置いた手を動かす素振りはなく。それどころか投げ出された恭弥の手に向かってもぞもぞともう片方の手を動かす素振りすらあった。


 流石にここまでされれば恭弥も千鶴が何を求めているのかはわかった。強引に千鶴をベッドに寝かせると、その唇に口づけをした。


「いいんですね?」

「は、はい」


 再び口づけを重ねると、恭弥は千鶴の口内に舌を突き入れた。


 千鶴の口内を貪るだけ貪って息も絶え絶えになったところで唇を離すと、二人の間に銀色の糸が繋がった。ゆっくりと千鶴のパーカーのチャックを下げると、彼女は下にブラ以外何もつけていなかった。


「完全にその気で来たんですね」

「い、良い機会かなあと思って」

「人の弱みにつけ込むとは酷い師匠もいたものだ」


 何かを言い返そうとする千鶴の口を唇で塞ぐと、完全にパーカーを脱がせた。そして、手を後ろに回してホックを外すと、恥ずかしそうに千鶴は腕で胸を隠した。


「そ、その……」

「なんです、今更やっぱナシはやめてくださいよ」

「いえ、そうではなくて。は、初めてなので優しくしてほしいなーと……」


「え、千鶴さんマジでその歳で初めてなの? 冗談だと思ってた」

「だ、だって相手がいなかった……」


 ショタコンの悲しい姿を見た気がした。とはいえ、せっかく良いムードになっているのだからそれをぶち壊すような発言はしない。


「いや、むしろ俺が初めての相手でいいんですか?」

「はい。恭弥がいいんです」


「じゃあ、もし痛かったら言ってくださいね」

「わかりました。お、お願いします……」


 再び二人の姿が重なる。

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