第48話
椎名家の奥の奥、更にその地下の隠された場所に桃花と神楽はいた。この場所は椎名の人間でも極限られた人間しかない。もっと言えば、その中でもこの区画は最近新たに作られた場所であり、その存在を知っているのは桃花と神楽だけだった。
鉄格子で区切られた向こう側には、六畳ほどのコンクリート製の部屋があった。その壁に薫は鎖で磔にされていた。うつむいているため、その表情は伺い知れなかった。
「三日目ですよ。もういい加減水だけの生活も辛くなってきた頃じゃないですか?」
煽るように加虐的な表情を浮かべて神楽はそう言った。
「……はっ。誰が辛いって?」
「存外頑張りますね」 関心したように言う桃花だったが、二言目には希望を潰すような発言をした。「ですが、耐え忍んでいたところで助けは来ませんよ」
「頼みの綱のお父さんはあなたがここにいるの知らないですしね。大人しく降伏したらどうですか?」
「バカにしやがって……! あんた達なんか瞳術さえ使えれば……」
薫を縛っている鎖は霊縛呪の石が練り込まれた特別製だった。霊気の循環をシャットダウンさせられた事で、今の薫は瞳術どころか霊力を使用するが出来なかった。年齢相応見た目相応の力しか出せないため鎖を引きちぎる事は出来ない。
「何もわたくし達とて、貴方が憎くてやっている訳ではないのです。ただ一言、恭弥さんから手を退くと言えば済む話です。無闇な殺生は好みません」
「こんな真似しといてよく言うよ……」
薫はあくまでも二人の言いなりになるつもりはないようだった。もはやここまでくると恭弥云々というよりも意地の問題だった。
「しょうがありませんね。貴方の意思が堅いというのならば、こちらもやり方を変えましょう。神楽」
「はい姉様」
桃花も神楽も薫が素直に頷くなどとは微塵も考えていなかった。だから、程よく薫を弱らせて、ある物を使おうと考えていた。
神楽が一度奥に消え、戻ってきた時手には古めかしい一つの香立てが握られていた。中には黒い木の棒の欠片のような物が入っている。
「……何するつもりさ」
「これは心滅の香です。心を滅し、術者の意のままに操る効能があります。手に入れるのに苦労しましたが、効果は折り紙付きです。今からこれを貴方に使います」
「あなたが素直にならないからこんな物を使わないといけないんですよー。大して好きでもないのに私達に対する対抗心だけで恭弥さんにちょっかいを出すから。自業自得です」
「ちょっと……冗談でしょ?」
「私達の辞書に冗談はないですよ。明日から精々私達の手足として頑張ってくださいね。壊れないように気を付けますけど、壊れても知らないのであしからず」
「話しはここまでです。次会う時まで、ごきげんよう」
シュッとマッチを擦り、香に火を付ける。煙が立ち始めると、桃花と神楽はその煙を吸わないように服の袖で手を覆って地下室を後にした。
その頃、情事を終えた恭弥と千鶴は仲良く一緒に入浴した後、もうすぐ帰ってくるだろう文月に感づかれないように部屋に消臭スプレーを撒いていた。
「いやあ、これで私も大人の女性ですねえ。世界が変わった気がします」
「そんな童貞捨てた高校生男子みたいな事言わないでください。情緒もへったくれもない」
「だってずっとコンプレックスだったんですもの。周りのお友達は結婚したり子供を産んだりしている中で、私はずっと年齢イコールだったので。それはもう心中穏やかではなかった訳です。しかしこれで、そんな事を思う必要がなくなりました」
「そうですか。間違っても俺と致したって吹聴しないでくださいよ。冗談じゃなく神楽辺りに刺される」
「わかっていますよ。そこまで子供のつもりはありません。それにしても、恭弥は随分と慣れた様子でしたけど、経験豊富なのですか」
「いや、本番は千鶴さんが初めてですよ。文月の時はそこまでしなかったので」
(前世を合わせれば本当は何回か経験しているけど、今の身体じゃ初めてだから嘘は言っていない、という事にしておこう)
「ほう! じゃあ初めて同士だった訳ですね。えへへ、恭弥の初めて……ちょっと計画は崩れちゃいましたが結果オーライです」
「だから、師匠の口からそんな事を聞かされる俺の身になってくださいっての」
「いいじゃないですか。私に弟子入りをお願いに来た時の恭弥も可愛い顔をしていましたが、最近は可愛さの中にも男らしさがあっていいなと思っていたのです」
「おい、あんたまさか俺の弟子入り許可したのって顔採用かよ」
「……なんの事でしょうか。私はしっかりと素養を見てですね」
「絶対嘘だね! あーあ今俺の中で師匠の株がめっちゃ下がりましたよ。あり得ない。やっぱり千鶴さんただのショタコンじゃねえか」
「いいですもんねー。ショタコンだろうとなんだろうと今は相手がいますもの。それに私の事をショタコンショタコン言いますけどね、厳密に言うと私はショタコンではないのですよ。年端もいかない子には流石に欲情しません。中学生くらいの子が好きなだけです」
「変わんねえよ! ただの変態だよ! 信じてた師匠に裏切られた気持ちだ……」
「気にしない気にしない。恭弥、好きですよ」
そう言って千鶴は恭弥に抱きついた。そして、猫がするように恭弥の頬に自身の頬を擦り付けた。どこからどう見てもマーキングだった。
「あんたキャラ変わり過ぎだろ……。そんな人だったっけ?」
「なんですかなんですか。肌を重ねた相手に随分冷たい反応ですね。さっきはあんなに優しくしてくれたのに」
「態度変わり過ぎて若干引いてます」
「酷い! じゃあ……もう一回しますか?」
「何がじゃあなのかわからないしそろそろ文月が帰ってくるからダメです」
噂をすれば、ではないが文月が帰ってきたのがわかった。千鶴が張った結界のおかげで家に侵入者があればすぐにわかるようになっているのだ。
慌てて千鶴は恭弥から身体を離して自分の身なりを整えた。そしてウキウキで恭弥の部屋から出ていった。その後ろ姿を見た恭弥はため息をついた。
「うーん……今更ながらやっちまった感があるな。千鶴さん最初はマズったかな?」
階下では千鶴と文月が何事か話しているのだろう。千鶴がボロを出さないためにも恭弥も居間に向かった。
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