第30話

 二日明けた今日、恭弥は憂鬱な気持ちでいつもの通学路を歩いていた。両隣を見れば桃花と神楽が、その後ろに文月がピッタリと張り付いている。見る人が見れば両手に花どころか手からこぼれ落ちているが、当の本人はといえばげっそりとした顔をしていた。


 目が覚めるような美人とはよく言ったものである。タイプの異なる三人の美女が固まって歩くその様に、待ち行く人々は足を止めて視線を固定する。そうして通り過ぎた後になってその中心にいるパッとしない恭弥の姿を確認して訝しげな視線を向けるのだ。


 これでどうして落ち着けるだろうか。慣れでどうこうなるものではない。この上、学園でもこの状況が続くのだ。恭弥の日常は完全に崩壊したと言って差し支えない。


 そんな誰もが視線を向けつつも、声をかける事が出来ないでいる中、それを物ともしない者がいた。


「おい、恭弥。こりゃ一体どーいう事だよ」

「健介……助けてくれ……」


「氷の女王に深窓の令嬢、ドスケベウルフの三人と登校たあいい度胸してるじゃねえか。おまけになんだ、髪まで染めやがって学園デビューかあ?」


「深窓の令嬢とは私の事でしょうか……?」

「なんか私だけ酷いあだ名付けられてません?」

「貴方の身なりを見ればそうも言いたくなるでしょう」


 桃花と文月がしっかりと膝丈までスカートを伸ばしているのに対し、神楽はともすれば下着が見えてしまいそうなほどにスカートを短くし、肉付きのいい健康的な太ももを惜しげもなく曝け出している。おまけにセーラー服の上は豊かな胸に押し上げられている。


 昔ながらの黒のセーラー服が本来持っている人を大人しく見せる効果は何処かへ消え去り、代わりに怪しいエロチシズム感じさせている。


「そうですかね? そんなにスカート伸ばしてたら動く時煩わしくないですか?」

「だから貴方には不名誉なあだ名が付けられるのです」


 椎名姉妹が服装談義をしている横で、健介は恭弥の肩を抱いて状況の説明を求める。


「どういう訳か! 説明しろ!」

「説明も何も好きな人と登校するのに理由が必要なんですか?」

「バっ! 神楽、余計な事言うな!」

「好きな! 人と? 残りの二人もそうなんですか……?」


 信じられないとばかりにすがるように問いかける健介に桃花と文月は明確な否定をしなかった。それはつまり、問いに対して肯定している事に他ならなかった。


「信じない……俺は信じないぞ! 一体どんな手を使ったってんだ!」

 ガクガクと恭弥の肩を掴み揺さぶりながら言う健介。


「俺は何もしていないいいいい」

「相変わらず煩い人ですね。通学の邪魔です。どきなさい」


 ピシャリと冷たく言い放った桃花に、キーッとどこから取り出したのかハンカチを噛みながら涙を流して恭弥達を見送る健介。この時恭弥の頭の中ではドナドナが流れていた。


 子牛、もとい恭弥が学園に出荷され、席に着くと同時に珍しく薫が朝一番に声をかけてきた。


「狭間家の恭弥さんや」

「なんだい鬼灯家の薫さんや」

「お世継ぎに興味はありませんかね」

「ブルタース、お前もか」


「いや、なんか上の方で私を使って狭間家と懇意にさせるっていう話が出てるみたいでさ。なんかやったの?」

「俺は何もやっていない」

「犯罪者はみなそう言う」


「いや、マジな話俺は巻き込まれただけだ。というか現在進行系だけど」


「ふーん。でもさ、私達の世代って比較的仲いいじゃん。これ以上ってなるとやっぱり勘ぐっちゃうよね。次のお務め、私とのペアで内定してるみたいだし」


「何? 聞いてないぞ」

「それは御家の格ってやつじゃない?」


 鬼灯家は椎名に次ぐ御家の格を持っている。元々、どちらかの跡継ぎが男子ならば許嫁とする話しすらあったほどだ。この二つの家の間に生まれた子供は相当強力な異能を持って生まれるだろう事は見えていた。だからこそ、跡継ぎが全員女だった際の老人達の落胆ぶりは相当なものだった。


「ちなみに討伐対象は?」

「まだわからないみたいだけど、若い女性ばかり拐って食べてる妖みたいだよ」


 十中八九人間ミンチだ。本来であればこのお務めは光輝と薫がペアで討伐するはずのイベントだ。代わりに恭弥が入るとなると、どんどん光輝が本来積むはずだった経験が無くなっていってしまう。このままでは赤い月で死んでしまう可能性すら出てくる。


「ちなみにその依頼、蹴れそうか?」

「うーん、難しいと思うよ。結構上の方が決めた事みたいだから、私が断る事は出来るだろうけど、それじゃたぶん本末転倒だから依頼そのものが別の人にいくと思う」


 恭弥は迷っていた。正直人間ミンチは積極的に関わる必要のないイベントだ。あくまで光輝が成長するために必要なイベントというだけであって、それ以外に成長出来る場を用意する事が出来れば片手間に解決出来るイベントだ。だが問題は成長出来る場を作れるかという事だ。


 いくら天上院相手とはいえ、狭間家の格では天上院にお務めを依頼する事は難しい。その上、どこでどの程度の妖が現れるかなど人間ミンチを除けば後は赤い月以外に知らない。資料集などでも描かれていないのだ。


 どんどん光輝が乗り越えなければならないハードルが上がっていく。いっそのこと恭弥自身が主人公の悪友ポジションに収まるかとも思ったが、それをするにはヒロイン達との交流があり過ぎるし、お務めの面においても光輝よりも強すぎる。そして何より、ヒロインを庇って死ぬつもりなど毛頭ない。となれば、


「わかった。適当にやってさっさと帰ろう。いつ頃討伐の令は出されそうなんだ?」


「早ければ今夜にでも出ると思う。なんかこの間死にかけたらしいけど、もう身体は大丈夫なの?」


「まだ本調子とはいかないけど、足を引っ張るつもりはない」

「そっか。お互い死なないといいね」

「この歳で死んでたまるかよ」


 果たして薫の言った通り、放課後家でまったりとしている時に討伐の令は出された。やはり相手は人間ミンチを行う妖、食人鬼だった。人の身でありながら人を喰らい、妖へと化生した人ならざる者。


「もしもし薫か?」

『はいはい。どうしたのー?』

「先に現場に向かってる。現地で合流しよう」

『わかったよ。それじゃ、気を付けてね』


 恭弥の予想が正しければ今頃女を拐った食人鬼はハンバーグを作るための準備をしているはずだ。原作小説では間に合わなかったが、急げば間に合う可能性は十分にある。


 今回のお務めは協会からの援助として高級車での送り迎えがあったが、行きの車を断った恭弥は空中に霊力で作った足場を利用して、空を移動する。電柱に取っ手を作ってターザンもどきの空中ブランコを演出し、夜の街を駆け抜ける。


 三次元的な動きが要求されるので相当体力を消耗するし、ミスったら大怪我をしてしまうが、それで意味もなく殺される犠牲者が一人救えるのなら安いものである。それに、こんな事で怪我をするような温い鍛え方をしているつもりもない。


 そうしてたどり着いた廃工場では、すでに犠牲者となるはずだった女性の両足が根本から切断されていた。


「間に合わなかったか……」


 一応生きてはいたが、この状況を無事だったとは口が裂けても言えない。とはいえ、このままでは確実に死んでしまうので、恭弥は念の為持ってきていた救急キットで応急処置を施していく。そうして止血を施したら、食人鬼がいるだろう場所へと向かう。

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